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第22話 帰国

「ビエント王国所属、近衛大隊隊長のマルス・クレストだ」


 グリフォンから飛び降り、駆けつけた立入検査隊に挨拶をするダークエルフの騎士。 20代後半でありながらも若々しさと力強い肉体を見せるその姿は同性であっても好感を抱かせる。


「兄さん、まさかあなたが来るなんて」


 言葉が通じず、その場で待たされることになったマルスに声をかける者がいた。


「フィリアか、死んだと思っていたが生きてたとはな。 しかも変わった服を着やがって」

「兄さんこそ、何で帝国軍の兵士を連れてきているんですか?」

「軍事同盟を結んでいる手前、この国にはもう外交権なんて存在しないんだよ」


 再会の叶ったフィリアを前にしてマルスは吐き捨てるかのように上空を旋回するドラゴンに視線を移す。


「奴ら、俺を先に向かわせて無事を確認してから降りるつもりでやがる」


 その言葉と同時に飛行甲板の空いたスペースに向かって一頭のドラゴンが降り立とうとする。

 既にグリフォンが着艦していたために飛行甲板に余裕がなかったのだが、そのドラゴンは嫌がるグリフォンを唸り声とともに強引に奥へと押し込めて飛行甲板を占拠する。


「我が名は帝国軍第3竜騎士隊に所属するアーロン・ガンテ大尉である!!」


 ドラゴンに跨り、赤と黒のストライプ柄のシャツの上に鎧を身につけ、腰には銃を差して赤い羽根飾りをつけた兜を被るこの男。 一見すると19世紀末に登場した騎兵のようにも見えるその服装は隊員達からにすれば奇抜なシロモノであった。

 周囲に集まる隊員達を尻目にアーロンは騎乗したままフィリアを睨みつける。


「皇帝陛下の后となるレジーナ王女に何が起こったのかは知らんが無事で何よりだ。 今すぐここに連れて参れ」

「我が主はこの国の王女である。 一介の将兵である貴様ごときが呼びつけるべき相手ではない!!」


 あまりにも横柄な態度をするアーロンを前にしてフィリアは怒りをあらわにする。

 産業革命中とはいえ、未だに軍の士官クラスの大半が貴族出身であったため、連合王国の人々に横柄な態度を見せる者が多いが、奴はその中でも飛び抜けていた。


「何を言う!! 我がガンテ家は帝国内において数々の大臣を選出された名家、叛徒どもである貴様らごときに言われる筋合いはない」

「所詮は親の七光りってやつね?」

「何を!!」


 アーロンは突然かけられた言葉に怒りをあらわにし、フィリアの背後にいる男に視線を移す。


「貴様、誰に向かって物を言う!!」

「あーあーもうちょっとゆっくり喋ってくれ、慣れない言葉で聞きづらいんでね」


 護衛のため、立入検査隊の服装で傍にいた広澤は悪びれることなくフィリアの隣に移動するとともに口を開く。 彼はフィリアと交流を深める傍らで、彼女が日本語を話せるようになっただけでなく、自身もそれなりに異世界の言葉を理解出来るようになっていたのである。


「親が貴族でもオタクは出迎えの兵士でしょ? そんなのに乗って偉そうにしないで降りてきな」

「言わせておけば勝手なことを......」


 怒りをあらわにしたアーロンはドラゴンから飛び降り広澤と正対するも、その姿を見た周囲の隊員達は思わず吹き出しそうになる。


「ぷ、小さい」

「何あれ?」

「北の将軍様みたくハイヒール履いてやがるぜ」


 アーロンの身長は低く、155センチ程しかないため少しでも身長を上げようと厚底のブーツを履いていたが、それでも170センチ程しかないためか、180センチ超えの大柄な体格をしている広澤の前では圧倒的に見劣りする。


「我を愚弄してただで済むと思うな」

「愚弄なんてしていない、俺は軍人としての常識を口にしたまでだ」


 フィリアをかばうかの如く前に出た広澤に対し、アーロンは声を震わせながらも腰にあるホイールロック銃を抜き出して銃口を向ける。


「銃口を向けるってなら撃たれることも覚悟してるんだろうな?」

「何だと......」


 銃口を向けられても物怖じせずに睨みつける広澤を前にしてアーロンは怖気付く。

 彼の気迫を感じただけでなく、周囲にいる立入検査隊員達から銃口を向けられており、広澤を撃てば間違いなく自身の命が散ることは間違いない。

 エリートと知られる竜騎士隊に親のコネで入隊した手前、命をかけた決闘を行う度胸がアーロンには無いことが伺える。


「お止めください、他国の兵士ですぞ!!」


 危機感を感じ、二人の間をマルスが割って入る。 アーロンの言うとおり、ガンテ家は帝国でも指折りの有力貴族であり、アーロン自身は大した権力を持ち合わせてなかったが外交上においては頭が上がらない存在であった。


「あなた様のような方がこのような下賎な兵士とかかわり合いを持つ必要はありません」 

「き、貴様はこの男をかばうというのか?」

「滅相もございません、所詮は未熟な我が妹が犯した失態。 姫様は私めがお呼びしますのでどうぞお待ちになってください」

「兄さん......」


 アーロンに頭を下げる兄のみすぼらしい姿を前にし、フィリアは言葉を失ってしまう。

 ダークエルフ族の中で誇り高く有望な戦士として知られ、若くして近衛大隊の隊長に任命された程の人望を持つマルスをフィリアは誰よりも誇りに思い、理想の兄と見てきた。

 その兄が帝国の小童軍人に頭を下げるなど信じがたいことであった。


「そこまでよマルス、私がお相手しますから下がりなさい」

「姫様!?」


 マルスが振り返ると両脇に緒方と森村を連れたレジーナの姿があり、久しく会ってなかった影響からかその瞳には鋭さを感じさせてくる。


「おお、これはこれはレジーナ王女、ご無事で何よりです。 我が皇帝陛下も大層お喜びになるでしょう」


 アーロンは先程の臆病さを隠すがごとく馴れ馴れしくレジーナの傍に近づき、片膝をついてしゃがみ込む。  


「王国には先日来られたばかりの我がモーヴェ教の司祭であるヴァリエ様がお待ちになられております。 お帰りになられましたら是非ともお目通りをお願いしたいのですが」

「モーヴェ教の司祭は精霊信仰を続ける私のことをよく思ってないのでは?」

「ヴァリエ様はそのような考えの方にも理解を示す素晴らしいお方です。 国王陛下と共に姫様とお会いするのを楽しみにしております」


 アーロンの言葉を介するならば要はレジーナに拒否権は無いというわけだ。

 マルスの態度から考えるに同盟締結によってビエント王国は最早相手が小童であるアーロンであっても頭を下げねばならない状況に追い込まれていることが伺える。

 

「予想以上に状況は悪化してるみたいだな」

「たった1ヶ月程でここまで変わってるなんて」


 アーロンに聞かれないようにするため、広澤とフィリアは日本語で言葉を交わす。

 二人の目の前ではマルスが機嫌をとりながらも会話を仲介する姿があり、フィリアから見てその姿はみすぼらしいものであった。


「どうやら入国は認めてくれるようだね」

「艦の武装を封印することが条件ですが」


 守の通訳を介し、森村はビエント王国領海への立ち入りが認められたことを実感する。 

 お互いが国交を結んでいない手前、見ず知らずの国に入港することには大きな危険を孕んでいたが、クルスリー王妃の仲介が生かされたことによって穏便に進みそうであった。


「あなたはこのままマルスと過ごしなさい」

「姫様!?」

「護衛なら大丈夫です、兄弟同士積もる話もあるでしょう」 

「さすが姫様、下僕であってもお優しい。 ではこのまま私めがパラディまでご案内しましょう」


 フィリアをその場に待機させ、レジーナはアーロンを艦橋にまで案内する。

 一同が過ぎ去ったあと、腸の煮えくり返ったフィリアは兄に対し疑問を口にする。


「兄さん、これはどういうことですか?」

「陛下の命令だから仕方がない。 海軍が壊滅した手前、海を制した帝国軍によって沿岸部の町が火の海になるのを避けるためだ」

「ホンタン王国では帝国軍の手によって虐殺が行われたんですよ」

「あの国は帝国と同盟を結んだ我が国を敵視してたから仕方がない」


 マルス自身、本心では帝国の行いを認めたくはなかったが一介の軍人として政治に口を出すわけには行かず、国王の命令に従うしかなかった。 その挙句アーロンのような人間まで丁重に相手をせねばならなくなった現実に不満はあれど他の者に委ねれば代わりの者が苦しむことになる。


「お互い勤め人だから大変だな」

「...彼は誰だ?」

「広澤裕吾、漂流していた私達を救ってくれた恩人です」

 

 アーロンに声をかけて怒らせた張本人である広澤を前にし、マルスは顎に手を当てて考え込む。


「お前、この男に惚れてるな」

「い、いきなり何を!?」


 マルスの口から突然出た言葉にフィリアは顔を赤くしてしまう。 


「だってそうだろ? 今までお前はオシャレどころか化粧すらしていないはずだったろ」


 マルスの言うとおり、兄に憧れて軍人の道に進んだフィリアは剣の鍛錬に熱心になるあまり、オシャレとは無縁の生活を続けていた。

 しかしながら今は広澤と体を交えるようになり、彼の気を引きたいがために覚えたばかりの秘技「おねだり」を駆使し、通販サイトから購入した化粧品を愛用するようになっている。

 

「さっきの件といいお前の男を見る目は間違えていないみたいだな」


 誰にも媚びへつらうことなく自身の考えを述べる反面、誰よりも仲間を大切にするが故にフィリアを庇ってアーロンの前に立ちはだかった広澤の態度はマルスから見ても好感が持てる相手であった。

 

「フィリアとは真剣なお付き合いをさせていただいてます」

「お前は人間だが妹が愛する相手なら信用できる、兄弟として迎え入れよう」


 兵士としてお互いに通じるところがあったためか、簡単な言葉を交わした後に広澤とマルスは固く握手を交わす。

 しかし、その後に出た広澤の言葉によってその場の空気が一瞬で凍りつくことになる。


「失礼ですがお幾つですか」

「28だが?」

「一応私は30ですが......」

「......兄になるのか?」

「そうなりますよね?」


 流れで言うならばマルスを兄と呼ぶべきであろうが、どう見ても広澤の方が年代が上である手前違和感を感じてしまう。


「あ、兄として受け入れよう......」

「よ、よろしくお願いします」

「ふふふ、何やってるの二人共」


 二人の奇妙な会話を前にし、フィリアは思わず吹き出してしまう。

 その姿を見て、自然とマルスの口からも笑顔が溢れてしまう。


「戦争が終わってから一切の笑みを見せなかった妹が再び笑顔を見せるとはな」

「彼女の過去は知っています」

「ああ、姫様からどんな仕打ちを受けているか心配してたがもう大丈夫だな。 妹を支えて頂き感謝する」



 フィリアがマルスと再会を喜び合って言葉を交わす一方で、艦橋内では自身のために用意された椅子に座り、ティアラから飲み物を受け取り上機嫌に口を開くアーロンの姿があった。


「貴国の船は無骨ですがなかなか快適ですなあ」


 日差しが強かったためか飛行甲板での一件と違い、冷房の効いた艦橋内でティアラから受け取った飲み物で喉を潤したことにより機嫌を良くする。

 奴が来る直前、ジル達の手によって即席ながらも艦橋内にアーロン専用スペースが確保されていることに居場所を制限された乗員達は不満を隠せていなかったが、いざ本人を目の前にしてそれが間違いでなかったことを実感してしまう。

 偉そうに威張り散らしてばかりだが、奴は名門貴族出身で腐っても50騎もの竜騎士隊を率いる隊長でもある。

 ここで機嫌を悪くされれば外交上の汚点を残すだけでなく、50騎ものドラゴンに襲撃される危険性もあるため、ジル達メイドチームは細心の注意を払ってもてなしを行っている。


「先程の連中にしてもどうも我が帝国以外の軍人は無骨で礼儀知らずでたまらん」

「あまりお気を悪くしないで下さい。 彼に悪気はないのですから」

「分かっておる、あの尻軽女に良いように操られておるだけだろう? これだから蛮族は信用ならん」

   

 守の通訳を介して緒方と会話をするアーロンであったが、今時珍しい健気な恋愛をするフィリアを知る手前、周囲の乗員達はアーロンに敵意を抱き始める。 

 フィリアを姉のように慕っているジルもまた下唇を噛んで怒りをにじませるも綾里に遮られてしまう。


「あなた達が不満を抱くのは分かるけど今は我慢よ」


 言葉が通じないものの、綾里の態度はかつて自分達を教育してくれたメイド長と姿を重ね合わせ、感情を押し殺すことに成功する。 


「あの島こそビエント王国内において我が帝国海軍最大の拠点となっているレークス島だ。 かつては本土決戦用の要塞として整備されていたのを艦隊の駐留拠点として利用させてもらっている」


 かつて首都バラディを守護する要塞として整備された沖合に浮かぶ島。

 大した大きさでないものの、豊富な地下水が噴出することから漁師達の拠点として利用され、漁村が存在していた過去もある。

 帝国とまだ戦っていた半世紀前、時の国王の手によって10年の歳月をかけて艦隊の駐留拠点兼本土防衛用の要塞として整備され、多くの魔法使い達が配属されていた。

 30年前に生起した帝国軍の首都奇襲においては複数の魔法使いによって生み出された津波によって狭い入り江に入り込んだ帝国艦隊を殲滅し、多くの国民から崇められた過去を持っていたが今は帝国軍の一大拠点としてビエント王国を実行支配する象徴に成り下がっている。


「かつての首都の守り神が国民に砲門を向けるとはね」


 要塞の上には帝国軍によって設置された複数の大砲の姿も見え、多くが海にではなく首都であるバラディに砲門を向けている。 帝国に逆らうことがあればその砲門が一斉に火を噴くことが明らかな光景であった。


「おお、我が司祭を始め多くの人々が姫様の帰国を歓迎しておりますぞ!!」


 アーロンのわざとらしい言葉とともに指さされた先には多くの帝国軍の軍船が停泊しつつも色とりどりの服装を着てこちらに向けて手を振る人々の姿があったが、その多くが帝国軍の兵士や王国内で商売をしている帝国商人の類であり、エルフの人々の姿はまばらであった。


「あんまり歓迎されてないみたいだね」

「ひどいものね」


 守とレジーナはアーロンに聞こえないように小声で言葉を交わす。 クルスリー王妃から知らされた祖国の惨状を目の前にした手前、この「ゆきかぜ」でさえビエント王国の人々にとっては侵略者の一員と思われてるのかもしれない。

 事実、この艦の目的は帝国支配からの開放ではないことからして歓迎される云われはないだろう。

 

「分かってる? 私が合図をしたら口裏を合わせるのよ」

「ああ、君のためならやってやるさ」


 既に守は彼女の立てたある計画に協力することを決意している。  

 それは日本政府に対する裏切り行為であったが、広澤と同じように彼もまた愛する人の全てを受け入れ、自身の信じる道へと突き進もうとしていた。

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