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第21話 帰国前の一時

 ホンタン王国のクルスリー王妃と緒方の会談を終えた翌日、王妃とユルゲンは帝国軍の捕虜と共に迎えに来たボートに乗って「ゆきかぜ」から離れていく。

 森村をはじめとした多くの乗員達が見送る中、艦橋上部では遠ざかっていくボートを眺める安藤の姿があった。 


「昨夜、王女達は何を話してましたか?」


 隣にいる緒方の言葉に対し、彼はほぞを噛みながら口を開く。


「こちらが仕掛けた盗聴器は全て何者かの手によって撤去されていました」

「そうですか......」

「ご丁寧にも今朝方、プレゼント箱にくるまれて私の部屋の前に置かれてましたよ」


 補足するならその箱の上に手紙が差し込まれていた。

 

『こそこそと艦内を嗅ぎまわっちゃダメよ♡』と。


 レジーナのいる特別公室に宿泊していた王妃の会話を盗聴するつもりが、拾った音声といえば「ニャーニャーゴロニャン」や「はうはう」、「猫耳~ハミハミ......」など聴いてるこっちが赤面するような内容しか拾っていない挙句、隅々まで撤去されてしまう。

 プロとして見ず知らずの相手からこのような仕打ちを受けることは安藤にとって屈辱であり、その手紙を見た途端、悔しさからかビリビリと破り捨ててしまった。


「総理に同盟案を持ち出した時は世間知らずのお嬢様だと思いましたが、欺かれてしまったのかもしれませんね」


 立花の言葉に緒方は黙って頷く。 正直に告白するなら言葉や風習の違う世界から来た自分達だけの力でホンタン王国と歩調を合わせることなどできなかっただろう。 


「同じことをしたところでこれ以上は無駄でしょう。 ここには私達の知らない力が働いてるかもしれませんな」

「王女もなかなかやりますね」


 緒方と立花がレジーナのことを評価する一方で、安藤は言い寄れぬ不安を思い起こしてしまう。


(何が潜んでやがる......)


 艦魂の存在を知らぬ彼は自身を監視している雪風の存在に薄々ながら感付いてはいたが、見えないが故に捕まえることが叶わない。

 そんな警戒心を抱く彼の傍らでは雪風が鼻歌を歌いながら王妃達に手を振る光景があった。


「俺ってレジーナにとって何なんですかね?」

「ただのパシリじゃね?」

「同感だ」


 王妃を見送った後、艦がビエント王国へと進路を向ける中、食堂の片隅では守と広澤がフィリアも交えてたわいもない会話をしている。

 

「知り合って一ヶ月近く経ってるのに二度目のキスにまで発展してないしなあ」

「守殿には魅力が足りないと思う」


 おしどり夫婦のように身体を寄せ合いながらも口を開く二人を前にして守の心の中にある思いがよぎる。


(このバカップルが)


 当初は内緒にしていた二人の交際。 しかしながら、狭い艦内で生起した恋愛事情など隠し通せるはずがなく、二人の関係は既に乗員達にとって公認の仲となっている。

 「ゆきかぜ」を始めとした女性乗員のいる艦船には必ずと言っていいほどに艦内恋愛に対する暗黙の了承があり、それは各艦によって様々なもので「ゆきかぜ」においては「知らぬが仏」で一致しているため、守以外でこの二人の関係について言及する者はいない。


「先輩こそどうするんですか? フィリアさん国に帰っちゃうんですよ」


 守の言うとおり、翌日にはレジーナ達が出発した地であるビエント王国の首都バラディに到着する予定である。 日本政府の目的の一つがレジーナ達を送り届けるというものであった手前、お互いが離れ離れになるのは目に見えており、今後の動向が気になってしまう。


「それについてはお互い納得の上で別れることにしたさ」

「え!?」

「裕吾のことは誰よりも愛している。 だけど姫様に忠誠を誓っている手前日本に住む訳にはいかない」

「俺も日本政府に忠誠を誓っている手前ビエント王国国民になるつもりはないしな」

  

 仲の良い二人があっさりと運命を受け入れていたことに守は驚いてしまう。 


「もう二度と裕吾以外の男を愛するつもりはない」

「俺もさ」

 

 肩を寄せ合い、お互いに対する愛を口にする二人。 多くの日本人が抱くストーリーでは、どちらかが祖国を捨てて愛する人とともに結ばれようとする筈なのだが、この二人はお互いが忠誠を誓う国家に殉じようとしている。

 父親の頼みとはいえ、尊大で横暴、自分勝手なレジーナのどこに魅力があるのだろうか?

 日頃の生活を知る手前、日本では廃れて久しい愛国心が広澤自身にあったのかさえ怪しい。


「お前には分からんだろうが愛国心は人に教えられるものではない。 生まれ落ちてから誰しもが持つ自然なことなのさ」

「それを否定することは自身の存在を偽る、もしくは己のことを知りたくないということに等しい」

「EUやNATOを例にたとえて世界は一つと叫ぶ輩もいるが、これは元々一神教であるキリスト教圏の国々がお互いを一つの国家として考えているために実現しただけさ。 それ故に日本は彼らと歩調を合わせることができないが、多神教という特色を活かして分け隔てなくどのような世界でも交流することができる」

「私はその日本人の姿勢に魅力を感じてこそいるが、だからと言って姫様や祖国を裏切りたくはない。 帝国の動きも気になるがこのまま姫様と運命を共にするさ」

「そんな......」


 先程までバカップルとして妬んでいた二人の揺るぎない覚悟。 それを前にして守は自身とレジーナの間に何が足りないのかを実感してしまう。

 

 この二人はお互いの全てを受け入れているのだと......

 

 その傍らではベアティを前にして縮こまっている三上の姿があった。


「グルルルルル......」

「あ、うん...すみません、お義父さんがいる手前ではしたないことしまして」


 ベアティは両脇にいる娘達に押さえられつつ腕を組んで怒りを必死で抑えている。

 愛用のクレイモアは武器に当たるという理由で綾里から取り上げられていたものの、片腕で帝国軍兵士を握りつぶして「血染めの豪腕」の異名を持つ彼の手であれば三上などひと捻りなのが明らかだ。


「彼も反省してるから許してあげて」

「あたし達が誘ったんだし」

「上司である私の顔に免じて許して下さい」


 双子姉妹だけでなく、三上の隣でミーナを膝の上に載せた状態で蒼井が口を開く。

 なぜこのような事態に追い込まれたかというと昨夜の深夜、離れ離れになりたくない一心で双子姉妹が三上にオネダリをしてしまったが故にいつもの場所で行為に及んでいたところを、娘達の姿が見当たらないことに疑問を抱いたベアティに見つかってしまったのだ。

 バキバキとサッシドアを破壊して現れた熊の形相を前にし、双子姉妹を抱いたまま三上は硬直してしまった。

 ベアティにとっては娘達が抱かれていた事実よりも自分を前にしてそのような軟弱な態度をしたことが許せなかったらしく、正座をして反省の言葉を口にする彼を前にして苛立ちを露わにしている。


「三上、お前の気持ちは分かるが俺達は自衛官として任務で来ている手前、彼女達を日本に連れ帰れないんだぞ」

「機長......」

「お前がホンタン王国に移住するわけには行かない。 ここではっきり言うんだ、娘さん達を連れていけないってな」

「......絶対殺されます」


 言葉が通じないものの、ベアティが言いたいことは痛いほどに分かる。

 このままホンタン王国に残って儂のもとで娘達に恥じない男になれと。


「グルルルル......」

「こいつがいないとヘリを飛ばすのに支障が出るので今日は勘弁してもらえますか?」

「オヤジの戦友として三上を許してあげて」


 蒼井やミーナの言うとおり、昨夜から食事の時間を除いて正座させられている手前、三上の疲労はピークに差し掛かっている。

 パイロットだけでなく、搭乗員には厳密な勤務時間体制が義務付けられており、披露の困憊は判断の低下につながりひいては仲間の命を危険にさらす恐れもある。

 

「ベアティ殿、貴殿はホンタン王国の特使でもある手前、このまま痴情の縺れに神経をすり減らさないで欲しい」


 一同の姿を見かね、フィリアが助け舟を出す。 極秘会談にする手前、クルスリー王妃やユルゲンといった現職のホンタン王国関係者が同行する訳にはいかないので現役を退いたものの王妃からの信頼が厚く、かつ親戚でもあるベアティが密命を受ける形で全権特使の役目を仰せつかっている。

 基本的に無口な性格だが、ホンタン王国において誰もが知っている武門誉れ高い人物であり、日本人で例えると現役を退いて鹿児島で私塾を開いていた頃の西郷隆盛並みの知名度がある。

 レバント海戦においてはミーナの父親と共に艦隊の一つを指揮していたのだが、敗色濃厚になった際の撤退戦では殿を努め、多くの将兵を生還させた実績を残している。

 戦後は王妃から請われて政府の要職に就いて欲しいと打診されたものの敗戦に対する負い目から故郷に戻り、都会に出稼ぎに行く労働者達の組合を組織して自身の知名度とコネを駆使して貧しい人々の就職斡旋などに勤めてきた。


「グルルルル......」


 ベアティはフィリアの言葉を受け、ひとしきり考えを巡らせたあと黙って席を立ち上がる。

 彼は自身の役目の重さを思い起こしたのか、三上を睨みつけたあと黙って食堂から立ち去っていく。


「た、助かった......」


 再び命の大切さを実感し、安堵の言葉を漏らす三上。 何時間も正座させられた影響からか双子姉妹の手を借りなければ足がしびれて立ち上がれなくなっていた。 

 その傍らではミーナにオネダリされ、アイスの入ったショーケースの前に引っ張られる蒼井の姿もあった。


「恋愛って様々だなあ......」 


 一同を眺めてそう呟く守であったが、突然背後からエリスティナに呼び止められてしまう。


「守様、姫様がアイスをご所望です」

「え?」

「10人分、早く持ってくるようにせよとのことです」


 さらりと表情を変えずにレジーナの言葉を伝える彼女。 主に忠実な手前、ジルと違って眉一つ動かさずに要求を伝えるその姿は冷酷さをも感じさせる。


「多くない!?」

「お優しい姫様は私達侍従のことを気遣って皆で食べようと仰せつかって下さいました」


 彼女は嬉しさでウルウルと涙をハンカチで拭う仕草を見せつつも、その表情からは白々しさをも感じてしまう。 


「俺に優しさは無いの!?」


 パシリとして使い回されている手前、守の月給はレジーナ達のお菓子によってみるみるとすり減らされている。 ある意味彼は雪風を含めたレジーナ達10人分の食費を支えているに等しい(フィリアは広澤によって養われているので含まず)。

 

「姫様の夫であるあなたが養えないとでも? おいたわしや、我が主はそのような下賎な者に弄ばれてしまったのですね」

「お、おい!?」


 エリスティナがワンワンと泣き声を上げてしまったため、周囲の注目を浴びてしまう。

 調理室の方からは彼女を可愛がっている谷村が包丁片手に睨みつける姿もあり、守の背筋がこわばってしまう。


 エリスティナを敵に回す=調理員を敵に回すに等しい

   

 艦内生活を円滑に過ごす鉄則として「調理員を敵に回すな」というものがあり、どんなに飯がまずくとも文句を口に出す乗員は少ない。 3食満足な食事を口にしたければ調理員とは良い関係で過ごすことが大切であることは誰もが知っている常識である。


「わ、分かった、すぐに持ってくるから!!」

「......お待ちしております」


 けろりと態度を変えた彼女の言葉を合図に、食堂に幼いメイドであるティアラとクリスティナが入ってくる。


「守お兄ちゃんありがとー」

「アイス~アイス~」


 二人は籠を片手に、蒼井やミーナを押しのけてショーケースの中から次々とアイスを籠の中に入れる。 その数は明らかに10人分を超えていたことに守は言葉を失ってしまう。


「多くないか!?」

「日頃お世話になっている調理員の方にもお分けします」


 レジーナだけでなく、エリスティナですら守をパシリにする行為に対し、彼はただ呆然とするしかなかった。

 

「それはアタシの!!」

「私が先に選んだの!!」


 視線の先には最後に残ったチョコアイスをミーナとクリスタが取り合う光景があり、ティアラに至っては慣れた手つきでショーケースにぶら下げてあった「ツケファイル」を開き、守の名前でアイスの個数を書き込んでいく。 日本語を話せず、文字を書けるはずのない彼女であったが、アイスの購入にあたっては守の名前と個数を表す正の文字だけは書けるようになっている。

 そこに何個のアイスが記載されているのか、守は怖くて見ることができない。

 

「海野、女って金がかかるもんだぜ」


 守の気持ちを感じ取ったのか、既にフィリアに大金を貢ぐ羽目になった広澤がそっと励ましの言葉を囁くのであった。

 

 

『対空戦闘用意!!』


 翌日、CICから「ゆきかぜ」に近づく複数の目標が報告されたことにより戦闘部署が発令される。

 けたたましい警報器の音を合図に乗員達の手によって艦内閉鎖が実施され、それぞれの持ち場に向かい始める。


「早く握れ!!」


 調理室では戦闘配食用のオニギリを握る谷村達の姿が見られ、ダメージコントロールを担当する応急班達は機材の状態を確認しつつ、消火を担当する者は防火装備を装置し、他の者は火災や浸水に備えてホースを展張する。  

 既に実戦は初めてではなくなったものの、今回は攻撃を受ける側となった手前、乗員達の間に張り詰めた空気がひた走る。


「早く撃たせろ......」


 主砲の内部では近づいてくる目標に照準を合わせることを願う加納の姿があったが、彼を含めて砲雷科の面々には攻撃命令が下されていない。


「目標との距離15マイル」


 ヘッドセットでCICから報告される内容を耳にしつつも森村は黙って見張りウィングから上空を眺める。


「艦長、早くCICへ」


 たまりかねて綾里が声をかけるも彼は黙って手の平を見せて制する。


「まだだ」

「攻撃を受ける可能性があるんですよ」

「王妃を信じるんだ」


 王妃の言葉を信じるなら、外交ルートを通じて「ゆきかぜ」の来訪がビエント王国に連絡されている筈。

 CICの報告によるとこちらに向かう機影は5騎。 種類は分からないものの、速力からしてドラゴンであることは間違いないだろう。


「あれは!!」


 森村の前で双眼鏡を使って眺めていたフィリアが口を開く。


「近衛部隊のグリフォン隊です!!」


 赤地に黄色い十字をクロスさせた旗を翻し、ドラゴンに匹敵するほどの大きさのグリフォンが視界に入るも、両脇には帝国軍のドラゴンの姿もあった。


「やはり同盟の話は本当だったのね」


 フィリアの隣で上空に視線を向けるレジーナは認めたくない現実を前にして言葉を失ってしまう。

 グリフォンとドラゴンにはそれぞれ一名ずつ操者の姿が確認され、それらは「ゆきかぜ」を見つけた途端に攻撃を加えることはなく大きく旋回する。


「ほう、予想以上に大きな船だな」


 先頭を行くグリフォンにまたがる操者が口を開く。

 彼の外見はフィリアと同じダークエルフの姿をしており、腰には曲刀を差していた。


「我らを前にして物怖じせんとは、艦長は肝が据わってるのか臆病者かのどちらかだな」


 上空を旋回しつつ、彼の目にとまったのは見張りウィングに立つレジーナ達の姿であった。


「やれやれ、情報通りか。 フィリアの奴も無事で良かったが厄介な問題を持ち込みやがって」


 レジーナの存在に舌打ちをしつつも彼は部下と共に「ゆきかぜ」に向かって手を振ったあと、入国審査のために飛行甲板に向かって着艦することにする。

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