番外編 十人十色
番外編につき今回は長めです
『総員起こし』
朝6時......朝日が船体を照らす中、総員起こしのマイクを合図にジルは寝室で眠るレジーナに声をかける。
「お早うございます」
「...お早う」
レジーナが目覚めたのを確認すると同時にジルは窓にかけられたカーテンを開き、朝日を差し込ませる。 眠気眼であったものの、レジーナはゆっくりと起き上がるとともにクローゼットの前に立つ。
「湯浴みをされますか?」
「ええ」
ジルの手を借りつつレジーナは寝巻きに使っていたネグリジェを脱ぎ、浴室へと向かうとそこには温度計を片手に下着姿で待っていた少女の姿があった。
「お早うございます」
「お早う、イリア」
イリアと呼ばれたこの少女、ジルと同じくレジーナの身の回りの世話をしており、主な役割は彼女の朝晩の湯浴みのためのお湯を用意するのと洗濯やアイロンがけを担当している。
「ゆきかぜ」自慢の檜風呂には既にお湯が張られており、温度計を活用したイリアの手によって程よい温度に保たれていた。
一般家庭にあるような自動湯沸かし器が艦内に装備されていないため、イリアはレジーナがいつでも心地よい温度で入浴を楽しめるようにお湯と水をうまく混ぜ合わせて調整していたのだ。
「いい湯ね」
王宮にいた頃は湯浴みといえばお湯の入ったタライにタオルを浸して身体を拭く程度であった彼女にとって毎朝の日課となったこの入浴は心地の良いものであった。
「お水をどうぞ」
イリアの手から水の入ったペットボトルを受け取り、喉を潤す。
連合王国から湧き出る水は硬度が高く、髪を洗うとゴワゴワして傷んでしまうため王族であっても浴槽に浸かる習慣はあまりない。
しかし、日本の水は軟水であったため、毎日髪を洗っても痛むことがなく肌に優しいことからレジーナは朝晩と入浴を楽しむようになり、フィリア達もまた日本人らしく毎日入浴するようになっている。
「お湯加減はいかがですか?」
「調度良いわ」
イリアの細やかな気配りに満足し、機嫌をよくしたレジーナは鼻歌を歌い始める。 四六時中昼間のように照らされる照明や一定の温度に保たれている空調、 蛇口をひねればいつでも湧き出る真水や温水に清潔な水洗設備。
軍艦とは思えないこの「ゆきかぜ」艦内の設備は連合王国や帝国では決して体験できない贅沢なシロモノであった。
「お食事の用意が出来ました」
ジルの言葉を受け、レジーナは浴槽から出るとイリアの手を借りてバスローブに身を包み、特別公室内に用意された席へと座る。
「本日は食パンと牛乳、スクランブルエッグにベーコンとレタスのサラダになっております」
「ありがとうエリスティナ」
レジーナがお礼を言った彼女はレジーナの料理番として仕えている。
名前からすると料理人と勘違いするかもしれないが彼女自身が料理を作るわけでなく、主な役目は料理人が提示する献立の確認と盛りつけ、使用する食器の選択といった役割の他に毒見の担当もしている。
物騒かもしれないが、王族である手前万が一のことを考えての配置であり、ここ100年近くは毒殺による死亡者が出ていないことから美味しい役割と認知されている。
「美味しい」
艦の料理の味は調理員長の腕によって大きく左右される。
「ゆきかぜ」の調理員長である谷村1曹はかつて勤務した練習艦「かしま」において各国要人達の舌をうならせる程の腕前を持っており、乗員達だけでなくレジーナもまた彼の料理の虜となっている。
料理番の役職柄エリスティナは調理員達との接触が多く、同じ年頃の娘がいる谷村に可愛がられていることもあり、時間が空いてる時はレジーナに内緒で試作品をご馳走になっている。
「ジル、あなたも食事をとりなさい」
「かしこまりました」
レジーナの言葉を受け、ジルはエリスティナにあとを任せて特別公室を出たあと、向かいにある幕僚室へと向かう。
ここは普段、宿直のメイド達の待機場所として利用されるとともに彼女達の休憩部屋として使用されている。
「フィリアさん、お早うございます」
「お早う」
ジルが部屋に入るとスーツ姿のフィリアがおり、彼女は箸を器用に回して納豆をかき混ぜていた。
「また納豆ですか?」
「これがあればオカズは要らない」
周囲に納豆の匂いを漂わせつつもフィリアはニッコリと熱々の大盛りご飯の上に納豆をかける。
「やっぱり朝はこれだな」
満面の笑みで納豆ご飯をほおばるフィリアを尻目にジルはお茶漬けの素をご飯に入れてお湯をかける。 猫舌のため、表面をフーフーしながらズルズルとお茶漬けをかきこむジルの姿はどこか可愛らしく時折口直しにたくわんをポリポリかじっている。
「そんなに食べてよく太りませんね?」
「そうか?」
おかわりのためにオヒツを開けるフィリアの姿を見てジルは疑問を抱く。
「ゆきかぜ」に乗艦して以降、あまりの食事の美味しさにジルを始めとしたメイド達は体重の急激な増加に悩んでおり、ダイエットに心がけるようになっているにも関わらず、フィリアだけは毎食大盛りで食べている割には全く太る気配は見当たらない。
「運動してるからだと思うが」
唯一の護衛兵として彼女は体力錬成を欠かしておらず、時折人目につかない夜間の時間を利用して飛行甲板で広澤と共にジョギングに励んでいる。
しかしながら、ジルはフィリアの胸を眺めていると別の理由を思い起こしてしまう。
(全部胸に集まってるのかなあ)
ジルもそれなりにある方だが、フィリアの胸は軍人にしては大きすぎる。
何をどうやればあそこまで栄養が集中しているのか?
それはジルだけでなく部屋にいる他のメイド達にとって大きな謎となっていた。
7時30分頃......特別公室内ではレジーナ達一同が集まってその日の予定の打ち合わせを行っている。
「午前中は9時頃に先日受けた血液検査の結果が届くとのことです」
「一週間前に受けたあれね」
「はい」
治癒魔法の特性が高いことからレジーナに同行することになった治癒士であるセラピアが看護長である室井から伝えられた内容を説明する。
以前、感染症等の確認のために医師の立会の元彼女達は皆血液サンプルを提供していた。
当初は王族であるレジーナに針を刺すことをフィリア達は拒んだのだが、守と広澤の説得によりそれが医療行為において重要なことであると理解し、国賓として扱ってくれている手前のお礼として提供に応じたのである。
「治癒魔法のない世界って不便なものよね」
「はい」
レジーナのいる世界では大抵の病や怪我は魔法で治してしまう。 しかしながら、これにも欠点があり傷を塞ぎ、体に損傷を与えるウィルスや細菌を退治したところで輸血法が確立されていないため出血多量で亡くなる、もしくは胃潰瘍などの臓器の損傷には効果がなかったりもする。
これには宗教上の理由で解剖学が認められておらず、人体の構造が良く分かっていないことが一因として挙げられる。
彼女達にとって戦争や病気や事故といった死は崇高な運命という認識が強く、死者の身体をいじくり回すことなど侮辱にほかならないと感じている訳だ。
「日本の医療技術は高いけど、これからも私の治療に関してはあなたに一任するわ」
「姫様のお言葉、嬉しく感じます」
自分に体をあずけてくれるレジーナの言葉にセラピアは胸が熱くなってしまう。
ジルと同い年でありながらも、王族からここまで信頼を受けれる治癒師はそうそうおらず、非常に誉れ高いことであった。
セラピアの報告が終わると『自衛艦旗揚げ方5分前』のマイクが入る
「今日も精霊の加護の元、清く正しく、感謝の気持ちを持って生きていきましょう」
レジーナが一通りの祈りの言葉を口にしたあと、一同は手の平を胸に当てて目を閉じる。
古来からの精霊信仰に通じるその行為はエルフ族特有のものであり、帝国に恭順して以降は禁止されてしまったものであった。
しかし、王族の中で彼女だけはその行為を毎日欠かすことなく続けている。
「我が祖先の英知に感謝し、日々の糧に感謝します」
「「「感謝します!!」」」
その言葉と同時に『10秒前』を告げるマイクが響き渡る。
『時間』
『君が代』のラッパ音と共に自衛艦旗が艦尾に掲揚され、飛行甲板では乗員達がそれに向かって敬礼をする一方で、レジーナ達は微動だにせず祈り続ける。
『かかれ!!』
そのマイクを合図に彼女達は席を立ち上がると共にそれぞれの役割に向かうことにする。
「本日の香水はこのアクアブルーがよろしいかと」
レジーナに香水を勧めるこの女性。 ジルより年上であり、メイド服を着ているもののまだ仕えて1年足らずの新人であった。
彼女の名はオリビエ。 元美容師である経歴を買われ、王宮に勤めるようになった過去を持つ美容コーディネーターである。
「いい香りね」
「本日は湿度も高いので匂いの強い方がよろしいかと」
「まかせるわ」
かつてお忍びで彼女の実家である美容室に行ったのが縁で引き抜いただけあって、美容に関してはレジーナから全幅の信頼を置かれている。 本来なら帝国までついて行かせる気がなかったが、自分の実力を買ってくれたレジーナに対する忠誠心から同行してくれたのである。
「オリビエのセンスは最高ね」
「いえいえ、姫様がお美しいからですよ」
実際問題、日本政府から提供された化粧品を器用に使いこなす彼女の腕前はレジーナだけでなく、多くの女性乗員からも絶賛されており、休日に見合いを控えていた独身アラサーの北上に至っては守の通訳を介して何とか秘訣を聞き出そうとしている有様であった。
「日本の化粧品は素晴らしいですね」
オリビエは日本の化粧品が母国で使われているものより優れていることに驚きを隠せない。
特に香水に関しては小さな瓶で屋敷が買えると言われているにもかかわらず、日本政府が30種類以上の香水を無償で提供してくれたことには当初、事態が飲み込めずに呆然としてしまった程だ。
「守の話だとこの世界では香水だけでなく、真珠やダイヤモンドまで人工的に作ってるとわね」
「私にはとても想像できない世界です」
レジーナのいた世界において「真珠とダイヤは魔法を駆使しても決して作れない神からの贈り物」という言葉があり、不可能の代名詞として広く認知されてきた。
しかしながら、日本では既に人工的に作ることに成功しており、当初守からその事実を聞かされた際にレジーナはオリビエと共に「からかってるのか?」と言い寄ってきたほどだ。
「このネックレスを見たら王宮の魔法使い達は何て言うかしら」
「人の手で作ったと言っても信じないでしょうね」
宝石箱を開け、中に入っている真珠のネックレスやイヤリングを前にしてレジーナとオリビエはどうやったら彼らが納得するのか論議することになる。
「ここも磨きなさい」
午前中、先輩メイドの指示を受けて海上自衛隊御用達の金物磨き剤であるピカールを片手に特別公室の扉の取っ手を磨く背の低い少女の姿があった。
彼女の名はクリスタ。 一同の中で最年少の10歳であるとともに仕えて半年足らずの見習いメイドであった。
一通りの礼儀をわきまえていないことから部屋の掃除など雑用全般を仰せつかっている。
「みるみる綺麗になりますね」
「でも匂いがきついから終わったら必ず手を洗うのよ」
クリスタにそう指示をしつつも自身は脚立の上に登って天井付近のホコリを落とす先輩メイド。
彼女の名はティアラ。 フィリアと同じくダークエルフであったが、戦闘能力は有しておらず仕えて3年目で雑用全般や力仕事を担当しており、クリスタの教育係でもあった。
二人はレジーナの居室となっているこの部屋の付近の掃除を毎日行っており、その姿勢は多くの乗員達から好感を抱かれている。
「二人共、掃除が終わったらこちらに来なさい」
床の上の掃除機をかけ終わったのを見計らい、ジルは二人に声をかける。
二人は別の仕事が入ってきたと考えてしまうが、彼女達の働き振りに満足したジルは口元を緩ませるとともに口を開く。
「守様がお菓子を差し入れてくれたから休憩しなさい」
「「やったー!!」」
10代前半の彼女達は羊羹やチョコレートといった日本のお菓子が大好物であり、ジルがご褒美を用意してくれたことに感謝の気持ちを抱いてしまう。
幕僚室のテーブルには守が提供したプリンやチョコレート、スナック菓子や大福が広げられており、二人は他のメイド達と共に日本のお菓子の味に頬っぺたを落としてしまう。
「この世界に来てよかったー」
「何か離れたくなくなっちゃうよね」
うまいん棒のコンソメ味を食べるクリスタとパンダのマーチを食べるティアラ。
この時ばかりは同年代の日本の子供と同じくワイワイとオヤツの時間を楽しむことになる。
「本日は血液検査の報告を受け、私達エルフ族と日本人の間には大きな差がなかったと」
賑わいを見せる幕僚室の片隅でジルを相手にレジーナの行動を記録する少女の姿があった。
赤い縁のメガネがトレードマークの彼女の名はストリーニャと言い、レジーナの行動を記録する書記を担当している。
「他に何かなかった?」
「守様が昼食後にプリンを持ってきましたが、エリスティナに食べられてしまったわ」
「ふむふむ、プリンをエリスティナに取られてしまう」
毒見と称してエリスティナはプリンを口に運んだ瞬間、あまりの美味しさに全て平らげてしまいレジーナからひんしゅくを買ってしまうも、守からもう一個受け取って機嫌を治したことが克明に記録される。
王族には生まれてから死ぬまで傍に置いた書記官に全ての行動を記録する風習があり、ストリーニャは5年前に仕えるようになってからは毎日欠かさずレジーナの行動記録をつけるようにしている。
レジーナが生まれた頃はストリーニャの母親が記録を担当していたが、病による引退を機に娘である彼女が担当することになり、帝国の軍船から脱出する際にも自責の念からか母親の代から続く記録の入った鞄を抱き抱えながらボートまで泳ぎ抜いた猛者でもある。
「あの時の夜の内容は話してもらえた?」
「残念ながら教えてもらえなかったわ」
夜空の星空の下で守とレジーナが二人っきりで何を話したかは記録されておらず、それはストリーニャにとってもどかしいものであった。
「今度、守様をここに連れてきてよ」
「えー!?」
「姫様の生きた証を記録するのが私の仕事なのよ!!」
母親からの英才教育のたまものからかストリーニャは誰よりも書記官という仕事に誇りを持っていたが、傍から見ると迷惑この上なかったりもする。
しかしながら、彼女達書記官が残した記録は最終的に亡くなった際の柩に入れられ、あの世にいる神に提出しなければならない重要な代物であるため、ジルは渋々ながらもストリーニャと約束を交わすのであった。
「このお煎餅湿気てない?」
「え? 基地の売店で買ってきたばかりだよ」
ジル達がオヤツの時間を楽しむ中、レジーナもまた自身の部屋で守とともにティータイムを過ごしていた。 この日はいつも飲む紅茶と違い、守が用意した緑茶と煎餅といったメニューであり、和の雰囲気を楽しむために畳とちゃぶ台を置いている。
「ジルちゃん達は健気によく働くわねえ」
二人の傍らでは座布団の上に正座をし、ズズズと緑茶をすする雪風の姿もあった。
彼女は漂流の身でありながらも、健気に主に尽くそうとするジル達の姿に感心しており、賞賛の言葉を送っている。
「よくよく考えるとフィリアさんを除くとみんな10代中頃だよね?」
「私の国は日本と違って学校がないから歩き始めると同時に大人と一緒に働くことになるのよ」
要約するならレジーナの世界において大人と子供という明確な区分はない。
生まれ落ち、自力で歩行するようになると家事の手伝いから始まり、大きくなるとともに仕事の段階だ上がっていき、10代の中頃には結婚して世帯を作ることになる。
「ジル達は小さな大人って訳か」
守はかつて広澤から中世ヨーロッパの社会体制を教わった手前、この手の話には理解が早い。
彼の話では子供という言葉が生まれたのは学校教育が広まり始めた頃だと説明してくれた。
「そういえば彼女達って君に仕える前はどこにいたの?」
守の言葉に対し、レジーナは煎餅を音を立てて噛み砕くと同時に口を開く。
「ジルだけでなく、イリアやエリス、ティアラやクリスタは皆、孤児よ」
「孤児だって!?」
思わぬ言葉を受け、守はちゃぶ台越しに身を乗り上げてしまう。
「彼女達は親が戦死したことにより天涯孤独となったところを父の提案で設立された孤児院で過ごしていたの。 父は彼女達の生活の面倒をみるだけでなく、「国のために散っていった者の子息に不憫な生活をさせてはならん」と言って彼女達を積極的に王宮に務めさせるようにしたの」
「優しいお父さんだね」
「自慢の父よ」
急須からトクトクと緑茶を注ぎつつ、レジーナはジル達のことについて口を開く。
「彼女達の忠誠心は他の国の侍従と比べて段違いよ。 下手に手を出すようなことをすれば只じゃ済まさないわ」
「そんなことしないよ!!」
「守はレジーナにべったりだもんね」
レジーナは主としてジル達に絶大な信頼を寄せる手前、彼女達の身の回りを案じての発言であったが、彼女に惚れてる守にとって心外であった。
しかしながら、レジーナの方は守のことを未だに都合の良いパシリとしか考えておらず、毎回この部屋を尋ねるにあたってはお菓子を提供するよう義務付けている。
「いくらあんたが言い寄ってきても夫とは認めないわ」
「......ううう」
「今度来る時は「穂積の羊羹」を持ってくることね」
失意に暮れる守を尻目に、レジーナはちゃっかりと昨日のテレビで見た有名店の羊羹を彼に要求する。
「あれは深夜から並ばないと買えない代物だけど......」
「今から並びなさい!!」
「頑張りなよ、私も羊羹食べたいからさ」
「そんなあ......」
雪風に宥められつつも、守はトボトボと歩いて部屋から出ることにする。
「守様、お時間空いてますか?」
守が部屋から出ると待ち構えたかのようにジルが声をかけてきた。
日頃はレジーナの忠実な下僕として振舞っていた彼女。 幼さを見せつつもレジーナに勝るとも劣らない美貌を持ちながら、主のために健気に働くことから多くの乗員達から好意を抱かれている。
しかしながら、多くの男性が声をかけても彼女が振り返ることはなく、高嶺の花として認知されているだけあって声をかけられた守は胸を高鳴らせてしまう。
「ちょっと来てもらえますか?」
ジルに手を引かれ、守は淡い期待を抱きつつ幕僚室へと入っていく。
しかし、そこには記録用紙片手に待ち構えていたストリーニャの姿があり、彼は一晩中聞き取り調査を受ける羽目になり羊羹を買いに行けなくなる。
そのため、次の日には「何で買ってこなかった?」「楽しみにしてたのに」と言われ、レジーナと雪風からお叱りを受ける羽目になる。
夕刻、格納庫の上にあるいつもの場所では広澤とフィリアが仲睦まじく過ごしている光景があった。
広澤に肩を寄せられている中、フィリアは彼のスマートフォンの画像を器用にタップして目ぼしい商品を探している。
「ねえねえ、これどう?」
「お、似合うんじゃないかな?」
そこには胸元の空いたピンク一色のドレスが映し出されていた。 フィリアも護衛兵である以上に一人の女性であり、レジーナが日本政府から提供されたドレスに興味を抱いていたのである。
(値段は......げ、に、二十万!? 何でayuzonにこんな代物が......)
慣れ親しんでいた通販サイトの暴挙に広澤は内心で悪態をついてしまう。
船乗りで乗組手当をもらっているものの、所詮は公務員の安月給。 セレブが愛用するようなドレスを買う勇気など持ち合わせてなどいない。
「これと、これと......」
広澤の気持ちをよそにフィリアはドレスに似合いそうな白いサンダルに手袋、細かなアクセサリーまで選び始め、次々と買い物かごのボタンを押す。 その度に広澤の額を冷や汗が垂れ始めていることに彼女は気づいていない。
「これでいいかな?」
恐る恐る値段の画面を見た瞬間、広澤の顔は一気に強張ってしまう。
(ご、五十万円!?)
軽自動車並みの買い物にさすがの彼も言葉を失って固まってしまう。
洋服を買いたいとオネダリされ、外出できない彼女のために自身が普段から利用している通販サイトを見せたものの、思わぬ高額ショッピングになろうとは。
日本語が話せるものの、まだ文字を読み取れないどころか広澤の月給すら知らないフィリアに悪意は無いはずだ。
「やっぱりダメ?」
上目遣いで広澤を見つめるフィリア。
乙女として男性に物を買ってもらうのには少なからぬ抵抗があるようだ。
しかし、好きな物を買ってあげると言った手前、広澤も男気を見せなくてはならないと決意する。
「い、良いよ」
「やったー!!」
購入ボタンを押し、商品の決済が完了した途端にフィリアは広澤を押し倒して唇を奪ってしまう。
「愛してる!!」
広澤の体に抱きついて喜び勇むフィリアであったが、彼の脳裏には別の思いがよぎっていた。
(さようなら、俺のDVDBOX......)
彼は購入予定であった限定アニメDVDが遠ざかったことに虚しさを感じてしまうも、その日は悔しさを発散するがごとくフィリアを激しく愛してしまうことになる。




