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第19話 狼さんが現れた

 ホンタン王国随一の貿易都市レスリー。

 人口30万人以上の大都市であり、国家の経済基盤を支える重要な地域であるとともにホンタン王国海軍の駐留する軍港でもある。

 首都に次ぐ重要性から陸軍部隊も常駐しており、王宮と同じ機能を有する離宮が存在している。

 日が傾き、多くの労働者達が歓楽街に足を運ぶ中でフードを深く被った奇妙な一団が一件の酒場へと入っていく。


「いらっしゃい」


 奇妙な一団に不信感を抱きつつも猫族の店主は声をかける。

 戦争が終わって以降、この街に帝国の商人が顔を見せるようになるも未だに帝国に対する敵意を持つ人々が多いため、このように身を案じて正体を隠すことがある。

 店主からすれば帝国人であっても適正な値段で対等な取引をしてくれれば問題ないものをと考えていたが、彼等の内の一人がカウンターで応対する彼に対し思いもよらぬ言葉をかける。


「アツアツミルクをホットで」


 その言葉を聞いた瞬間、店主は驚きのあまり目を見開いて頬から垂れていたヒゲをピンと張ってしまう。 


「何を言ってるので?」

「なんだ? 私の顔を見せなければならないか?」


 注文を頼んだ人物はそう答えるとともに顔を隠していたフードを脱ぎ去る。

 見知ったその顔を見た瞬間、我に返った店主は周囲に気を配りながらも一同を店の奥にある部屋へと案内する。


「まさかあなた様が再び訪ねてくるとは」

「突然で済まない、どうしても急を要する事態でな」


 フィリアはそう言いながら店主に今までの経緯を説明する。

 

「こちらにおわす方は外交使節の一員である立花氏だ」

「よろしくお願いします」


 フィリアの紹介を受け、立花はフードを脱ぐと同時に店主に会釈する。

 彼は外交官らしくフードの下はスーツ姿であり、手にはアタッシュケースをぶら下げていた。


「ユルゲンが離宮にいるだろ? あいつなら話が分かるはずだから会わせてもらえないか」

「ユルゲン様ですか、あの方でしたら本日ここに来られる予定ですが」

「なら都合がいい、彼が来たらここに案内してくれ」

「かしこまりました」


 店主はフィリアにそう言い残すと部屋から出ていってしまう。


「奴は信用できるのか?」


 護衛として同行した安藤が疑問を口にする。 出入口が一つしかなく、10畳程の室内には8人掛けの円形テーブルしか無い。 普段から密談場所として利用されている割には警戒心の薄い店主を前にして彼は並々ならぬ危機感を抱いてしまったからだ。

 

「ああ見えても元近衛兵だ。 私のような者は情報収集のためにこのような店を通じて他国の兵と交流を深めているのさ」

「この国とビエント王国は外交的に緊張状態のはずだ。 もしもの時はこちらの好きにさせてもらうぞ」

「かまわんさ」


 程なくして、店主に案内される形で一人の男が姿を現す。 彼は人間と同じ体格をしているものの、狼の顔を持つことから表情は読み取りにくかったが、フィリアの顔を見た途端に嬉しさのあまり片手を上げる。 


「久しぶりじゃねえか!!」

「ああ、元気そうで何よりだな」


 差し出されたユルゲンの手を握り、フィリアは笑顔を見せる。

 この二人、戦争中は国王直属の護衛兵同士の間柄であり、月一で開かれる連合会議においてはよく顔を合わせて論議した友人でもある。

 国王を失ったフィリアと違って彼は戦後、国王に対する忠誠心を買われて離宮にある近衛兵団分遣隊長を務めることになり、お互い何度か手紙のやり取りも行っていた。 


「どうしたんだ突然?」

「すまない、ちょっと色々あってな」

「それはそうとそこにいる連中は誰だ? まさか帝国の人間を連れてきたって訳じゃねえだろな」


 人間である立花や安藤の姿を見て、ユルゲンは警戒心を見せる。 

 しかし、そんな彼の反応をもどかしく感じたのか、残りの一同が顔を見せるためにフードを取る。


「あ、あなた様は!?」

「こうしてお会いするのは1年ぶりですね」

「知り合いだったんだ...」


 ユルゲンの視線の先にはレジーナと守の姿があった。


「帝国に向かう途中で行方不明になったと聞いておりましたが」

「漂流していたところをここにいる日本の人々によって助けられました」

「いやはや、まさかこのような場所でお会いしますとは......これまでの非礼お許し下さい」

「そんなことより私がいない間に何が起こったのか説明しなさい」


 レジーナの要請を受け、ユルゲンは現在ホンタン王国で起きている現状を説明し始める。

 オディオの証言通り帝国と同盟関係となったビエント王国内の港を帝国軍が利用するようになり、既に大規模な艦隊が集結し始めているとのことだ。 帝国の行動に危機感を抱いたホンタン王国はビエント王国に対し、連合会議に出席してことのあらましを説明するよう求めたものの、ビエント王国はこれを無視しただけでなく、各国の駐留大使を国外へと追い出してしまった。


「同盟締結によって拠点を得た帝国は我が国に対し一方的な通商協定の見直しを求めてきました」


 ビエント王国の港を手中に収めた帝国はホンタン王国に対し全ての輸入品の関税撤廃を求めてきたのである。 手織物産業が中心のホンタン王国と違い、産業革命を迎えた帝国の安価で良質な織物は王国内の職人達にとって大きな驚異となっている。 これまで関税のおかげで彼等は職を失わずに済んでいたために国王は通商協定の見直しを拒否したものの、以来演習と称して帝国の艦隊が沖合で砲撃訓練を実施するようになってしまったという。


「時折響く砲声に多くの国民が不安に思っておりますがまさか村を襲撃するとは」


 レジーナから帝国の悪行を知らされ、ユルゲンは怒りで拳を震わせる。 日増しに強くなってくる帝国からの恫喝。 多くの国民は不満を募らせており、このことが公に知られれば戦争の再開を望む声が上がるであろう。

 しかし、海軍が壊滅的打撃を受けた現在において再び開戦となればレスリーの街は火の海となってしまうことが明らかであった。


「私がお世話になっている「ゆきかぜ」には帝国軍の捕虜と証人の村人がおります。 貴国の領土で事件が起きたことを踏まえ、捕虜の身柄についてはそちらに引き渡そうと考えております」

「願ってもないことです。 私がそちらへ出向いて連行することにしましょう」


 ユルゲンの考えていることはただ一つ。 オディオ達捕虜を自身の手で「ゆきかぜ」から連行し、帰る途中で始末することであった。

 帝国の悪行を国民の目から隠すという愚かな行為であったが、怒りの声を上げる国民の言葉に従ったところで敗北は目に見えている。 しかも、国民の中には敗戦によって王族達に不満を叫ぶ者がおり、彼等は退役軍人をトップに徒党を組んで低所得者層に対し王国内における軍事革命を呼びかけている。

  

「いえ、担当の者ではだめです」

「え?」


 思わぬ返答を受け、ユルゲンは困惑してしまう。

 隣にいる立花に目をやると彼は守の通訳を受けながら口元を緩和せる。

 レジーナと立花の間にどういったやりとりがあるのか分からなかったが、ユルゲンは本能的にこちらの考えが読まれてしまったかもしれないと感じてしまう。


「日本政府が遵守する国際法においては他国の領海にいたとしてもその船舶には所属国の法律が適用されます。 よって、「ゆきかぜ」艦内に立ち入ることは日本の領土に入ることに等しい行為であるのと、艦には日本国の政治的指導者である内閣総理大臣の委任を受けた外交使節団の代表である緒方様がおります。 彼を前にして初めて日本の領土に公式訪問する者が一介の軍人であるあなたでは不都合ではありませんか」

「そ、そのような常識をこの国に持ち込まれましても」


 ユルゲンの言うとおり、帝国の一国支配となっている中央大陸と連合王国の間にはレジーナの言うような領海や国際法の概念は存在しない。 彼としては見ず知らずの世界の常識を持ち出されたとして困惑するだけであった。


「ならばホンタン王国は日本からわざわざ来られました使節団を無視するつもりですか」


 レジーナの追い討ちを受け、ユルゲンはしばし考え込んでしまう。

 突然現れた王女と日本の使節団。 友人として王女が呼んできた日本人達を自身の一存で追い返すような真似をすれば後々大きな混乱を呼びかねない。

 以前顔を合わせた時、彼女は父親の葬儀を前にして悲しみに打ちひしがれ身を硬直させているか弱い少女であった筈。 ビエント王国の現国王によってトントン拍子に和平が進んでいき、平和の象徴として皇帝に嫁がされることを甘んじて受け入れていた彼女が日本で何を目にしたのかユルゲンは興味を抱いてしまう。


「......分かりました、一日だけ時間をください」

「良いでしょう、良い返事を期待しております」


 翌日、昼頃に再び店を訪れたフィリアの元に店主から一枚の手紙が渡される。


「たまたま離宮に視察に来ていた王妃が今夜、代表として来てくれるそうです」


 ユルゲンから送られた手紙の内容を読み、レジーナは手応えを感じつつも精一杯表情を取り繕う。

 目の前には緒方がおり、彼は守の通訳を受けながらも冷静にレジーナの表情を観察しており、ここで動揺を見せれば自身の計画が崩れる恐れもあったからだ。


「まだお若いのに大した外交術だと立花が褒めておりましたよ」

「王族として当然のことをしたまでです」


 緒方にそう答えつつも眉一つ動かさずにレジーナはジルが用意した紅茶をすする。 

 先日、守が行っている行為を聞かされた彼女は雪風からもたらされた情報を元に緒方に対しイチかバチかのハッタリをかけたのである。


 ホンタン王国を味方につけて拉致被害者の搜索に協力する。


 ビエント王国が拉致に協力している恐れもあった手前、このまま情報を得たとしても最悪「ゆきかぜ」の武力をもってして砲艦外交をしかける可能性があった。

 被害者を見捨てるという手段も用意されていたが、緒方の内心では同じ日本人を見捨てるという選択肢はありえず、それ故に立花と安藤が行っている捕虜に対する自白剤の投与を黙認していた。

 しかしながら突然部屋を訪れたレジーナが秘密にしていた筈の拉致事件の内容を口にした挙句、自身の部屋を盗聴していたことにまで言及して守を開放せよと要求したことで事態は一変する。 


「ビエント王国が拉致に加担していると判明した際には我が国だけでなく周辺国によって外圧をかけて頂ければ幾分か交渉が楽になります」


 連合王国内において帝国と単独で同盟を結んだビエント王国は嫌われ者となっている。 ビエント王国の王女である彼女を窓口として周辺国と協調できる体制ができれば交渉において大きなプラスとなる。

 安堵の言葉を漏らす緒方であったが、レジーナの中ではある企みが進行していた。

 

(悪いけど貴方達を利用させてもらうわ)


 彼女が何を企んでいるかはまだ明らかになっていないが、心の心底では父の死と自分を利用し、自国の安全のみを優先した現国王の行いを潰すという決意に満ち溢れていた。



「機長もケモナーの良さが分かったんですか?」

「ば、馬鹿野郎、お前と一緒にするな!!」

「でも懐かれちゃってますよね」


 搭乗員待機室に座る蒼井の膝の上には愛くるしく座るミーナの姿があった。

 

「アイスをあげた途端ついてきちゃったんだよ」

「満更でもないようですけど」


 三上の言うとおり、言葉は通じないもののミーナは蒼井の膝の上が心地よかったのか寝息を立てて時折左右に尻尾を振っている。 蒼井が彼女の頭を優しくなでるとゴロニャンと気持ちよさげな声を返してくる。

 これではまるで捨て猫に餌をやってしまったが故に懐かれた挙句、家にまでついてこられてしまった少年と同じであった。


「こうなったら機長が責任持って育てるしかありませんね」

「......」


 昨夜のお楽しみの余韻からか、三上は上から目線でどっかりと椅子に座る。

 双子姉妹との相性は抜群であり、獣となった彼はニャンニャンと叫ぶ姉妹をたっぷりとモフモフして可愛がった。

 三上という眠れる獅子を目覚めさせた彼女達は昨夜のお楽しみの疲れによって、今は寝室でぐっすりと眠っている。


「今日はどんなことをしようかな~」


 己の欲望が達成されたにもかかわらず、三上は今夜も双子姉妹とのお楽しみに思いを弾ませるのであった。

  

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