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プロローグ 「ゆきかぜ」との出会い

 序盤は戦闘シーンが少ないです

2011年3月12日 東北地方 とある漁港


 昨日の地震による地盤沈下と巨大津波の影響で周囲を海に囲まれてしまった建物の屋上に、20人ほどの中学生達が体を寄り添って寒さから身を守る光景があった。 

 元々彼らは社会科見学の一環でこの建物の中に入っていた漁業無線センターに来ていたのだが、地震による津波警報を受けて職員の指示で屋上に避難したあと津波によって取り残されてしまったのである。

 避難した彼らの視線の先には流されてしまった漁船や家屋の姿があり、遠目には慣れ親しんだ街が津波にのみ込まれ瓦礫と化している光景があった。 


「携帯が全く通じない......」

「お父さん、お母さん......」


 春先であっても東北の気温は低く、一時間ほど前から雪が降り始め空腹と寒さに凍える彼らの体力を徐々に奪っていく。 皆の顔は一様に青ざめており、家族との連絡が取れないことから絶望感に覆われている。


「もう日本は滅んじまったのかな」


 一人の生徒がそう呟いてしまう。

 震災から丸一日が経過したが、空に航空機の姿はなく沖合には船の形すら見つけられていない。 震災直後には多くの漁師達が船を守るために出航したものの、誰一人として帰ってきておらずここに彼らを案内してくれた職員の姿も今はなかった。

 彼らは津波によってどこかに流されてしまったかもしれない。


「大丈夫、たとえ沿岸部が水没しても山間の地域から助けが来るはずよ」


 生徒をここに誘導した教師がそう言って励ますも彼らの表情は冴えない。 

 事実、頼りにしていた地元の消防や警察においては避難誘導と建物が津波に流された影響で多くの署員が行方不明となり、残った署員に至っては手持ちの装備で付近の人々を救出するのに手一杯であり、とても彼らの救助に向かえる状態ではなかった。

海の中に孤立してしまった彼らはそんな状況を知らず、時折流されてきた食料や木材を拾い集めるなどして飢えや寒さを凌いでいた。


「寒い......」

「お腹空いた」

「救助はまだ来ないのか」


 助かったことに喜び合っていた昨日と違い、飢えと寒さによって弱音を口にする生徒が出始める。 流されてきた僅かな食料を分け合い、濡れた木を乾かして焚き火にしたところでたかが知れており、幼い彼らの体力は限界に近くなっている。


「ヘリの音だ!!」


 突然一人の男子生徒がそう叫ぶと同時に空を指さす。

 一同が視線を向けると遙か彼方の空から小さな音を立てながら近づく一機のヘリコプターの姿があった。

 日頃見かけるものと違い、白一色に塗られた機体の側面に大きな日の丸が描かれたそれは彼らの姿を確認したのか建物の傍まで近づいてくる。


「助けてくれー!!」


 生徒達の叫びに答えるかの如くそのヘリは空中で静止し、側面のハンガーが開くと同時に拡声器を手にした隊員が現れて声をかけてくる。


『皆さんもう大丈夫です、その建物は強度の都合で着陸が出来ないのでそちらに救助艇を向かわせます』


 その言葉を聞いた瞬間、助かった喜びからか女子生徒の目から涙がこぼれ落ち、男子生徒の間から安堵の言葉が漏れ始める。


「まるで天使のようね」


 クリスチャンであった影響からか今まで教え子を励ましていた教師が白い機体を天使に見立て祈り始める。 彼女の隣では他の生徒達と違い、ヘリを興味深げに眺める一人の青年の姿があった。

 

「海上自衛隊が助けに来てくれたのか」


 機体の側面に書かれた文字を見つつ青年は言葉を漏らす。

 クラスメイトが助かったことを実感して喜び合う中、その青年は一人遠ざかっていくその白い機体の行く先を眺めていると沖合に浮かぶ一隻の船の姿を見つけてしまう。 


「まもなく到着します」


 隊員の手を借り、10メートル程の大きさの作業艇と呼ばれる船に救出された中学生達はうねる波の中で事態のあらましを知らされる。

 日本は巨大な地震に襲われたものの現在は災害派遣命令によって陸海空自衛隊が総動員態勢で被災者の救出作戦に勤めており、その中で海上自衛隊は50隻余りの艦船をかき集め沿岸部の行方不明者の捜索に当たってるとのことであり、今も多くの艦船が行方不明者の捜索と被災者の支援に動き回っているという。

 先ほどのヘリはこの沖合に展開している護衛艦が搭載しているものであり、ヘリからの連絡を受けて急遽駆けつけてきたという訳であった。


「船だ!」


 生徒が指さす先には灰色一色の船体に一門の大砲を積んだ護衛艦の姿があり、開けた艦尾には先ほど自分達を発見してくれたヘリの姿もあった。

 助かった喜びからか中学生達は生まれて始めて見る護衛艦の姿に興奮が隠せなくなり、思い思いの言葉を口にし始める。 


「まるで箱船のようだな......」


 青年は民間船や保安庁の船と違い、艦橋以外に窓の存在しない無骨なその姿は聖書の中で見た「ノアの箱舟」に酷似しているように感じてしまう。


「ようこそ「ゆきかぜ」へ、私達は皆さんを歓迎します」


 乗員に渡された毛布に身をくるみ、生徒達は食堂で温かい食事を食べて頬を膨らませる。 救出されたことに対する安堵と生まれて始めて食べる海軍カレーの美味しさに涙を流す少女や、隊員達と談笑する少年の姿も見受けられる。

 教師に至っては挨拶に来た艦長の手を握り、涙ながらに感謝の言葉を述べている。


「震災があったとき、この艦はたまたま青森県沖で訓練をしていたから真っ先に駆けつけられたんだ」


 青年は用意された浴槽に浸かりつつ、中学生達のサポートのために浴室にいた乗員からこの艦のことを耳にする。 


「お兄さんはこの船に乗って長いんですか?」

「2年くらいかな、入隊自体は5年目だけど」


 肩に赤い3本の矢印の入った海士長の肩章が目につく青い作業服を着る若い乗員。

 20代中頃であろうか、彼はそう言いながら蒸気のバルブを開けて青年の入る浴槽を暖める。


「このお風呂、真水なんですね」

「さすがに瓦礫の多いこの海の水を浴槽に貯めるわけにはいかないしね。 この艦には大きな真水タンクと優れた造水装置があるから航海中でも真水のお風呂には入れるんだよ」

「贅沢ですね」

「実は浴槽がある軍艦は世界でも日本だけって言われてるんだよ」

「さすが風呂好き民族」

「ゆっくり浸かって良いよ。 上の話だと君達は近くの避難所に連れて行くまでここに泊まることになるし」


 隊員はそう言いながらも浴槽に入れていた温度計を確認した後で蒸気のバルブを閉める。 この浴槽は一般家庭にあるものと違い、海水と真水の蛇口しか無いためにいちいち水を張ってから取り付けられた蒸気管から蒸気を送って暖める必要がある。

 この特殊な構造のために操作に慣れた乗員がこうして中で待機していたという訳だ。


「最初から熱いお風呂だと冷えきった体に悪いからね」


 沖縄での在日米軍の犯罪や戦前の日本軍の悪行を教えられてきた青年にとって軍隊というと荒くれ者の集まりだと考えていたが、目の前で細かな気配りをする彼の姿はそんな印象を微塵も感じさせなかった。

 むしろ他の乗員も含め、自分達に紳士的に振る舞ってきた彼らの姿に青年は好感を抱いてしまう。


「......これからどうされるんですか?」

「まだ助けを求めている人がいるから捜索を続ける予定だよ」

「がんばってください、応援してます!!」

「ははは、嬉しいよ」


 彼はクシャクシャと青年の頭を撫でて笑顔を見せる。 

 浴室での楽しい一時を過ごしていたものの、青年はこの後彼らに与えられた任務の過酷さを目にすることになってしまう。



『D作業用意』 


 夕方、用意された部屋で横になっている青年の耳に奇妙な艦内マイクが耳に入ってしまう。 風呂から出た後、疲れがたまっていたからか他のクラスメイトはベッドに横になると同時に深い眠りについていたのだが、彼は一人先ほどの乗員のことを考えていたこともあって眠れなかったのである。

 何かの暗号のようなその言葉に青年は好奇心を抱いて部屋を出る。 通路には灰色のヘルメットを被って緑色の雨合羽を着た乗員達が行き交う姿があり、彼らの表情は皆強張っていた。


「何があったんだ?」


 青年は乗員達の後を追って外の甲板に繋がるドアをくぐると先ほど彼らを乗せてきた作業艇が降ろされる姿があり、それは海面に着水すると程なくして海上に漂うある目標に向かっていく。

 嫌な予感がしたので乗員達に見つからないように青年は物陰に隠れて眺めていると程なくして作業艇が戻ってきたのだが、先程と違って艇内には毛布に包まれて寝かされている女性の姿があり、冷たい海水に浸されたためか肌は雪のように真っ白になっていた。


(嘘だろ......)


  彼女の顔と服装を見た瞬間、青年は即座に震災直後に自分達を屋上へと誘導してくれた職員であったことに気づいてしまう。

 そう、先ほどのマイクは海上に漂う行方不明者の遺体を発見したことを意味するのであった。


「こんなところで何をやってるんだ?」

「ひいっ!?」


 驚いた青年が振り返ると先ほど浴室で親しげに接してくれた乗員の姿があったが、彼の服装は先程と違い白一色の防護服に包まれており、口には防塵マスクをつけている。


「早く部屋に戻りなさい」


 優しく接してくれた時と一変し、彼は強い口調でそう言い残すと他の仲間と共に女性の方へと向かう。 彼らは彼女の体に向かって手を合わせた後、担架に移して艦内へと運んでいく。

 運んでいく途中では何人もの乗員達がすれ違いざまに手を合わせていき、涙を浮かべる人もいた。


「この海には多くの人々の命が飲み込まれてしまったのか」


 漁師の家庭に育ち、幼い頃から海の恩恵を受けて育ってきた青年にとってその光景は強烈なものであったが、そんな中でも行方不明者捜索という任務の辛さを表に出さずに接してくれた乗員達のことを考えてしまう。


「あの人達は何度もあんな光景を見ていたのに俺達に笑顔を見せてくれたんだ......」


 日頃、地元の漁師から邪魔者扱いされていた海上自衛官達の任務に対する真摯な姿に青年は好奇心を抱いてしまうのであった。



 5年後......


「2等海士 海野 守、護衛艦「ゆきかぜ」乗り組みを命ぜられて横須賀教育隊からただ今着任しました。 よろしくお願いします!!」


 一般的に広く知られている水兵さんの制服を着て士官室で艦長をはじめとした幹部達に着任報告をする若い隊員。 傍らには彼と同じ階級章を縫い付けた制服を着る同僚達の姿もあった。


「君達は将来の海上自衛隊を支える礎だ。 がんばってくれ!!」

「はい、命を救ってくれたこの艦に乗れて光栄に思っております!!」


 隊員のその言葉が嬉しかったのか艦長は力強い握手をして応える。

 かつてこの艦に命を救われた青年は運命のいたずらか、様々な思いを抱いて再び「ゆきかぜ」に乗り込むことになる。  

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