第16話 猫耳は正義
「暴れるんじゃねえ!!」
村はずれの茂みの中では複数の兵士達に体を押さえつけられている双子の娘がいた。
元々この二人は林の中で山菜を採っていたのだが、村が砲撃を受けた際に村人達を助け出そうと戻ってきたものの、救出中に上陸してきた帝国軍兵士に見つかってしまったのだ。
「フニャアアアア!!」
口の中に布を押し込められ、身動きのできない状態となっていた二人の服を引き裂き、男達は欲望にの赴くままに自身のズボンのベルトを緩める。
「お楽しみといこうじゃねえか」
1対1なら彼女達にも勝目があったのだが、猫に群がるネズミのように大人数で囲まれた手前逃げ出すことさえできない。
彼女達の貞操は風前の灯であったが、突然の突風とともに男達の背後から得体の知れないものが現れたことにより一変する。
「ファッキン!!」
訳の分からない雄叫びを上げながら、三上は「ゆきかぜ」で積載された74式機関銃を男達に向けて乱射する。
豪音と共にヘリから放たれた7.62ミリ弾は付近の木々や地面を粉砕していきながら男達に迫る。 三上の気迫と銃弾の威力に命の危機を感じた男達は双子を残して逃げ始める。
「猫耳イズジャスティス!!」
ズボンを下げた影響でピヨピヨ歩きをしながら逃げ惑う男達に容赦なく三上は銃弾をお見舞いする。
一応森村から殺害を極力避けるよう厳命させられているだけあって、命中こそさせていなかったが傍から見るとその光景は鷹に襲われるネズミのような光景であった。
「逃げるな!!」
ヘリを前にして情けない姿で逃げ惑う兵士の一人を大尉はホイールロック銃で撃ち殺す。
上陸訓練と称して民間人しかいない小さな漁村を襲撃する楽な任務であったはずが、突然目の前に現れた得体の知れない物体に船を沈められたことにより多くの兵士達は浮き足立っていた。
徴兵制で集められた手前、自身が率いる将兵の多くが実戦経験が少なかったこともあり、訓練では身につけられない殺人による罪悪感を少しでも和らげようとしたつもりが、恐怖のあまり目の前にいる敵から逃げ出そうとする始末であった。
「臆病者共が!!」
脅しにも屈せずに逃げ出す兵士達に対し、大尉は悪態を吐く。
しかし、そんな彼の周囲にも盛大な土埃が発生してしまう。
「シャラアアアアップ!!」
突然自身に向けられた銃撃に指揮官は狼狽し、兵士達と共に逃げ出し始める。
しかし、頭に血が上っていた三上はそんな彼の恐怖心を逆撫でするかのように追い回し始める。
『早くおウチに帰りなさい、当たるとマジで痛いですよ!!』
操縦桿を握る蒼井の背後ではマイクを片手に帝国軍を脅す守の姿があった。
彼の発言は日本人からすると首をかしげる内容であったが、帝国軍の将兵にとっては悪魔の囁きに等しく、彼等はヘリの姿に恐怖しつつ先を争うがごとく上陸で使用した短艇に乗り込んでオールを漕ぎ始める。
「アイラアアアブ猫耳!!」
「この人逝っちゃってますよ!?」
キャビン内で喚きながら機関銃を乱射する三上を目にして守は恐怖のあまり蒼井と藤本に問いかけるも、二人は苦い顔をするだけであった。 一度「ゆきかぜ」に戻った際、大好きな猫耳娘達が獣のような男達に蹂躙されるのが許せなかった三上は積載された機関銃に抱きつき、自分が撃つと言って騒いでいた。
元々彼の射撃の腕前も確かなものだったので任せることにしたのだが、今の状態で「言うこと聞かん銃」と渾名される62式機関銃を堅牢化した74式車載機関銃を握る三上に何を言っても無駄であると理解している手前、二人は三上の気が済むまで好きにさせておこうと覚悟する。
広澤以上の重度なオタクを目にして守は内心で帝国軍兵士達に同情を覚えてしまう。
『この人マジでやばいから早く逃げてください!!』
やってることと言ってることが滅茶苦茶であったが、兵士達は命の惜しさからか素直に撤退し始める。
「早く船を出せ!!」
先程まで兵士達を叱責していたはずの大尉であったが、今や目の前の恐怖から逃げようとする臆病者の一人に成り下がっており、助けを求める部下を無視して短艇へと向かう。
しかし、己の身の可愛さから部下を見捨てる彼の行為を天は許すはずがなかった。
「村長の仇!!」
兵士達が捨てていったマスケット銃を片手に少女は背後から飛び上がると同時に大尉の頭に銃床を叩きつける。 その一撃は大尉の命を奪うことがなかったが、彼はそのまま砂浜に倒れこんで意識を失ってしまう。 周囲の兵士達はそんな上官を置き去りにして海岸から離れ始める。
「脅しは成功したみたいですね」
「よし、このまま奴らのそばに近づけろ」
艦橋で陣取る森村の視線の先にはヘリから発射された対艦ミサイル(AGM114MヘルファイアⅡ)の攻撃を受けて炎上する敵船の姿があり、他の船は突然の攻撃に驚いてバラバラに進路をとっていた。
「このまま帰ってくれればいいがな」
「上陸した歩兵が厄介ですね」
綾里の言うとおり、「ゆきかぜ」には陸上自衛隊員が乗艦しておらず、陸上戦力といえば乗員達で編成された20人ほどの立入検査隊しか存在していない。 すべての乗員達は一応年一回程度で射撃訓練を受けていたが、いざ生身の人間を前にして引き金を引けるかというとそうではない。
そもそも小銃だって全乗員分は用意されておらず、限られた戦力で向かうとなれば少々心細い。
「今のところこちらの指示に従って撤退しているようだがな」
森村の懸念通り、敵船の中の一隻がこちらに向かって進路を向ける。
「無謀なことを」
その瞬間、艦首の主砲が敵船に向けて旋回し、標準を合わせる。
『打ちい方始め!!』
豪音と共に複数の砲弾が敵船の喫水線下に命中し、複数の破口を開けてしまう。
攻撃を受けた敵船は浸水によって船首からズブズブと海に沈んでいき、甲板上では先を争うが如く海に飛び込む水兵達の姿があった。
『抵抗する者は容赦なく沈める、行方不明者の捜索が終わったら今すぐこの海域から撤退せよ!!』
圧倒的な力の差を前にし、生き残った2隻の軍船は命の惜しさからかフィリアの呼びかけに応じ、海に投げ出された者や陸地から戻ってきた将兵を収容した後、帆を全開にして海域から遠ざかり始める。
「案外素直に撤退してくれたな」
「大した手柄も見込めない戦いで犠牲者を増やしたくなかったのでしょう」
「連中もまさか船を沈められるとは思ってもなかったんだろうな」
綾里とたわいもない会話をする森村であったが、隣に立つ緒方は怪訝な表情で彼を睨みつけていた。
襲撃された際、森村は緒方の進言に従う素振りを見せつつも艦の進路を襲撃された島に向けた後、レジーナにある問いかけをした。
「彼等は本当に帝国軍なのか」
「? 間違いありませんが」
「見間違いじゃないの?」
「あのドクロの紋章は明らかにピラット艦隊のものです」
「おかしいなあ、海賊というとドクロの紋章だと思うのだが」
ヘリで映し出された映像の中でドクロの紋章を掲げる軍船の姿があり、レジーナ達にとってそれは見知った艦隊の紋章であったが、彼女の言葉を無視して森村はなおも問いかける。
「本当に帝国軍なの?」
「私の言葉が信じられないんですか!?」
「通訳の俺に当たらないでくれ!!」
苛立ちを覚えたのか、レジーナは声を荒げて守の首根っこをつかみ揺さぶり始める。
しかし、傍らにいるフィリアは森村の真意に気づき声を上げてしまう。
「姫様、私の目から見ても彼等は帝国軍ではありません」
「え、そうなの?」
「ええ、ピラット艦隊のドクロ紋章はもう少し頬が痩せこけていた気がします」
「ということは......」
「連中は海賊に違いありません!!」
フィリアのその言葉によってようやくレジーナは森村の真意に気づいてしまう。
そう、彼は村を襲撃している艦隊を帝国軍ではなく、国際法において悪質な存在として認知されている海賊と定義するつもりなのである。
異世界から来た手前、森村は自分達が帝国軍と海賊の区別がしづらいという状況を逆手に取り、海賊対処行動を取らせることにしたのだ。
「我が国でも海賊達によって多くの人々が苦しめられているからな」
帝国軍の撤退を確認した後、戦闘部署を解除させた森村は緒方が去ると同時に艦橋にある自身の席に身を沈ませ、魔法瓶製の水筒の中に入っていた煎茶をカップに注いで口に運ぶ。 彼の視線の先には武装した立入検査隊員達が作業艇に乗り込んで陸地へと向かう姿があり、その中にはレジーナとフィリアの姿もあった。
「行かせてよかったのですか?」
「王女が行くと言って聞かんからな」
「いえ、安藤1尉のことです」
2隻の作業艇の中には撮影機材を持つ安藤達の姿もあった。
「別に良いだろう、海幕長からは好きにやらせろって言ってきてるし」
「何か隠してませんか?」
綾里の冷たい視線に対し、森村は背筋をこわばらせながらもフーフーと息を吹きかけて吐き出しかけた言葉と共に煎茶を飲み干す。 市ヶ谷において鳴瀬から知らされた内容には続きがあり、それは決して他の乗員達には口にできないことでもあった。
「......やはり何か隠してますね」
「国家機密だよ」
「私との約束を守れないあなたが言うことですか?」
呆れた顔をしつつ、綾里はそう言い残すと艦橋から立ち去ってしまう。 一人取り残されることになった森村は新しい煎茶を水筒に注ぐ。
(鳴瀬の奴め、あいつもなかなか面倒なことを押し付けるようになってきたな)
彼は護衛艦隊司令である同期の顔を浮かべつつ、未だに黒煙を上げる村へと視線を移す。
「皆さんもう大丈夫です、すぐに助けが来ますよ!!」
帝国軍の撤退を確認し、守の乗ったヘリは広場の中央へと着陸していた。
生き残った人々は作業艇で駆けつけた隊員とともに瓦礫の撤去と負傷者の介抱に努めており、離れた位置では立入検査隊に見張られる形で手錠をかけられた帝国軍の捕虜達の姿があった。
「精霊様!!」
「使者様!!」
ヘリの周囲には助けてくれたことに感謝する人々の姿があり、彼等は搭乗員達に感謝の言葉を述べるだけでなく、精霊を操る使者であると勘違いしていた。
「天国だ、ここは天国だあ!!」
「命の恩人ニャア」
「素敵な人ニャア」
突然訪れたモテ期。 それも日本では決して叶うことのなかった双子のリアル猫耳娘達を両脇に抱え、三上は人生最高の瞬間を噛み締めていた。 二人共ツリ目の赤髪を持つ胸が大きな美人であり、パッと見は見分けがつきにくいのだが、セミロングの髪をした方が姉のニケ、ショートヘアーの方が妹のミケと名乗り、二人は自分達を助けてくれた三上に好意を抱いて猫なで声で甘えている。
「何であいつがあんなにモテるんですかね?」
「知るか」
獣娘と戯れる三上を尻目に蒼井を含む他の搭乗員達は村の子供達を相手に肩車をしたり、操縦席に乗せるなどして交流を深めている。 40過ぎの独身貴族を自負する蒼井であったが、不思議と子供好きな一面があることから休日には基地のグランドで少年野球チームの練習に付き合ったりもしており、この世界でも真っ先に子供達に好かれる存在となっていた。
その一方では、乗員達と共に上陸してきた海上保安官である牧村が捕虜になった帝国軍の兵士達を尋問する姿があった。
「彼がこの上陸部隊の指揮官でオディオ・パルーラと名乗っている」
フィリアの通訳によって今回の悲劇の全貌が語られ始める。
ピラット艦隊の練習艦隊として編成された彼等は来るべき大規模な作戦に備え、遠洋航海訓練の一環でこの海域を彷徨いていたのだが、司令官の気まぐれで上陸訓練と称してこの村を襲うことにしたという。 男達は出稼ぎに出ていた影響で村には女性や年寄り、子供しかおらず楽な戦いだとタカをくくっていたが、蒼井が操るヘリによって事態が一変してしまったわけだ。
「何故あなた達は条約を無視したの?」
レジーナの言葉に対し、オディオは「亜人風情が何を言う」と言って吐き捨てる。 その言葉に対し、レジーナは言いようのない怒りを抱いてしまうも守に取り押さえられ、強引に引き離されてしまう。
「ひどい話ですね」
牧村でさえもオディオの言葉に嫌悪感を抱いてしまう。
帝国内部に根強く残っている民族差別。 和平が成立した現在においてもそれは無くならず、一部の人間の勝手な都合で今回の悲劇が生起した。
しかし、犯行を指示したとされる司令官は蒼井の操るヘリから放たれた対艦ミサイルによって軍船ごと葬られてしまったため、これ以上の情報を聞き出せそうになかった。
「彼等はこのまま容疑者として連行した方が良いかもしれません。 ここに置きざりにしてしまうと住民達によって殺される恐れがありますしね」
「艦長に伝えておきましょう」
牧村の言葉を受け、上陸部隊の指揮を執る高見沢は持ってきたトランシーバーを使って「ゆきかぜ」に報告する。 その傍らでは立入検査隊の装備を身に付ける広澤の姿があり、彼は周囲に聞こえないようにフィリアの傍に近寄って小声で語りかける。
「以前にもこんなことがあったか?」
「いや、こんなことは初めてだ」
「連合王国艦隊が壊滅したからか?」
「それだけとは思えない。 ここにいる連中の装備は明らかに始めから上陸戦を想定していたことからどこかに行くつもりだったかもしれない」
「どこか? 君の国とは和平が成立した筈だろ?」
100年も戦争をしていた手前、両国の溝は簡単に収まるものでないことを理解していたが、目の前に広がる光景は余りにも極端すぎる。 もし「ゆきかぜ」が駆けつけなかったらこの村は帝国軍の手によって壊滅させられ、犯人不明のまま歴史の闇にうもれてしまうことが明白であった。
頭の中で様々な可能性を巡らせる広澤であったが、フィリアはそんな彼の手をそっと握りしめて呟き始める。
「私達がいない間に何が起こったのかは分からないけど嫌な予感がする......」
「そうだな、無事に帰れるといいが」
「......離れるのが辛い」
心を許した広澤に対し、フィリアは本音を漏らす。 そんな彼女を励まそうと広澤は無言で彼女の手を強く握り返す。
二人から離れた村はずれの平地では犠牲になった人々を埋葬する光景があり、その中に先ほどオディオの頭を殴って気絶させた少女の姿があった。
「村長...なんであたしなんかのために」
彼の手を強く握り締めるも握り返すなどの反応はなく、少女に対し穏やかな死に顔を見せていた。
村長とは母親が亡くなって以降、5年近く一緒に過ごしてきた影響で彼女は実の祖父の如く彼を慕っていた。
「お祖父さんなの?」
突然背後からかけられた声に反応して振り返るとこの付近では見られないエルフの姿があったことに少女は驚いてしまう。
「アタシを育ててくれた恩師だ」
「そう......」
「可哀想に」
レジーナと守は少女の隣にしゃがみこみ、村長に向かって手を合わせる。 しかし、少女はそんな彼女の態度に対して苛立ちを覚え、自身の思いを口走る。
「帝国軍め、戦争に勝ったからと言って好き勝手しやがって」
「そんなに酷い有様なの?」
「エルフのあんたには分からないだろうがアタシ達は最後まで和平に反対していた。 先祖の代からアタシ達を蔑んできた連中のもとに下るなんて真っ平だからな」
少女は立ち上がると同時にレジーナを睨みつけて口を開く。
「お前の国の臆病な前国王は自分のせいで戦争に負けたのに対し責任逃れで自決し、現国王は真っ先に連中に尻尾を振りやがった。 そのせいでアタシ達はこんな惨めな思いをする羽目になったんだぞ!!」
その言葉はかつて連合王国軍の総司令官であった父親を持つレジーナの心にぐさりと突き刺さる。
彼は最後の海戦で惨敗した責任を取って自決したことにより、彼の行為は王侯貴族や武人達からは崇高な死として評価されたが、少女達一般国民にとっては責任逃れの愚か者であった。
「そんな...私の父は...立派な...」
「あんな奴等こそ売国奴って言うんだよ!!」
「そんな......」
「多くの国民が信じるものを奪われ、帝国軍によって苦しまれているのにも関わらず和平に賛同したエルフの王侯貴族は帝国の庇護の下で甘い汁を吸ってやがる。 平和だと? 帝国の奴隷になって生き続けるなんて真っ平ゴメンだ!!」
父親の行いを信じてきたレジーナにとって少女の率直な言葉は自身の信じてきた世界を崩壊させるのに十分な内容であり、彼女の脳裏の中に築かれていた美しい世界観が音を立ててガラガラと崩れ落ちてしまう。
「父のやったことは無駄だったのね......」
「レジーナ!!」
少女の言葉にショックを受け、レジーナは守の体に身を預けて意識を失ってしまう。
今まで彼女は父親のことを国民から愛されてきた偉大な君主と思ってきたが、それがただの自己満足に過ぎなかったことに気づいてしまったのだ。
結局のところ、彼女の今まで知った父親の評価というものは自身の周囲にいる身内や忠実な家臣や下僕の口から聞いた都合のいい内容を過大に理解していたというわけである。