第15話 異世界の海賊
ホンタン王国南東に位置する小さな漁村。 漁業を生業として自給自足の生活をするその村において一人の少女が一心不乱に木刀を振るう姿があった。
「やあ!!」
彼女は力強く丸太を叩きつけるも小さな体では力の反発を支えきれず、バランスを崩して頭から砂浜にめり込んでしまう。
「ぺっぺ!!」
「またやってるよ」
「もう戦争は終わったっていうのにね」
顔についた砂を払い、声のする方向に振り返ると漁に使う網を持つ子供達の姿があった。
彼らはこれから親達と一緒に漁に向かう予定であり、いつまでも仕事をせずに修行を続けている少女のことを日頃から馬鹿にしていた。
「いい加減働けよな」
「そうそう、あんたが戦に出たって無駄よ」
「うるさい!!」
少女は尻尾を逆立て、唸り声を上げるも子供達は怯える仕草さえ見せずに笑い声を上げる。
いつものことながら、この少女は昨年の海戦で戦死した父親に強い憧れを抱いており、彼と同じ勇猛な戦士となることを望んでいた。
しかし、戦争が終わった影響で労働力確保の名目で軍は大幅に縮小され、多くの兵士達が故郷に帰るか開拓地に渡っている有様であり、少女の夢が果たされる環境はなくなっていた。
グウウウウウ......
突然大きくなったお腹の音。 修業のためにワザと昨日から食事を絶っていた手前、空腹感に支配されぬようにと意地を張っていたが、お腹は正直であった。
「アハハハハ、腹が鳴ってやがんの」
「馬鹿なことしてるからよ」
「ううう、これしきのことでくたばるものか!!」
「負け猫が何を言ってるの?」
笑い声を上げながら漁へと向かう子供達を見つつ、少女は歯がゆさを感じてしまう。
獣人族最強の戦士として誉れ高い父親。 その姿は多くの若者達のあこがれとなっており、国王からも厚い信頼を得ていた。 最後は生き残った仲間を逃がすために一人で敵の軍船に乗り込んで戦い、散っていった彼の行為は今や英雄伝として語られている。
「オヤジ......」
少女は一人砂浜に寝転がり、空を見上げて呟き始める。
父親が戦死し、多くの人々が悲しみにくれる中で彼女だけは涙を拭い、周りが冷やかしの言葉を送る中、一日も休まずに一心不乱に木刀を振るう日々を送っていた。 母親も五年前に病で亡くなっており、今や天涯孤独の身となった彼女にとって父親の背中を追うことが生き甲斐であった。
「あたし、どうすればいいんだろう......」
「またやっとったか」
少女の呟きに対し、上から見下ろす形で声をかける一人の老人がいた。
彼は少女のそばに腰を下ろし、海を眺めながら語りかける。
「戦争はもう終わったんじゃ。 なぜ今も修行をしとる?」
「村長、オヤジはこの結果を望んでいたと思えない」
「確かにワシらは古来からの精霊信仰を捨てさせられ、たちの悪い宗教に改宗させられた。 しかしのう、表面上は望まぬ信仰をさせられておってもワシらの心の中には今も精霊の加護は存在しておる。 今は耐えるべきだと思わんか?」
「でも!!」
反論しつつ寝転んだ状態から姿勢を正し、隣で腰を下ろす少女の頭を村長は優しく撫でる。
「その気持ちも痛いほど分かるがお前のことを父親から託された手前、見過ごすわけにはいかんからのう」
村長はそう言いながら持ってきた干し魚を少女の前にぶら下げるも彼女はぷいっと顔を背ける。
「極限状態に追い込めないと......」
「ますますお前の父親に似てきたのう」
少女の態度に対し、村長は笑い声を上げてしまう。 たったひとりの肉親であった父親が戦死して以降、少女の親代わりに育ててきたわけであったが日に日に彼女が父親に似てきたことに懐かしさを感じたからだ。 少女とは血はつながってこそいないが、彼にとって可愛い孫のような感覚であり、同年代の子供たちに馬鹿にされながらも彼だけは静かに見守っていた。
「ここに置いておくから修行が終わったら食べるんじゃぞ」
「村長......」
干し魚を岩の上に置き、村長は去っていく。 唯一の理解者である彼の厚意に少女は胸が熱くなるも、己の信念を信じるが所以にすぐさま意識を切り替えて砂浜から立ち上がる。
「あと100回!!」
少女は孤独感を振り払うがごとく再び木刀を握り締めて素振りを再開しようとするが、突然の砲撃によって彼女の体は宙を舞ってしまい、そのまま意識を失ってしまう。
「とうとう帰ってきたわ」
辺り一面島影の見えない大海原であったが、青空に浮かぶ見慣れた新月の姿を見たことによりレジーナ達は元の世界へ帰れたことを実感してしまう。 背後からは「やまゆき」の姿も現れ、艦隊は「えのしま」の先導によって漁網群を抜けることにする。
「左、帽振れ!!」
誘導してくれた「えのしま」と電波発信担当の「やまゆき」をエリアゼロ付近に残し、「ゆきかぜ」はレジーナ達の情報を元に北へと進路を向ける。
「天候晴れ、風速イーストサウスからノーウェストへ3ノット、波1メーター、視界20キロ」
「絶好の航海日よりだな」
艦橋で航海科員から報告を受け、森村は首にかけた双眼鏡を使って付近の海面を見回す。 視界の範囲内には島影は見当たらなかったが、レーダー員からの報告によると11時の方向に島影が報告されたことから綾里に航空機による偵察を指示する。
『航空機が発艦する、関係員配置に付け』
格納庫から航空機が引き出され、エンジンが起動音を上げ始める。 今回の任務のために機体側面には技研から提供されたばかりであり、警察のヘリで使われている高倍率カメラを改修した撮影装置が取り付けられており、そこで映し出された映像はリアルタイムで「ゆきかぜ」で視聴することが可能となっている。
異世界での初飛行に搭乗員達は緊張感を漲らせていたが、機長である蒼井はウキウキしながら口を開く。
「ここは航空法が存在しない自由な空だ、好きに飛ばしてやろうぜ」
パイロットを希望して自衛隊に入隊するものが多い理由の一つとして、民間の航空機パイロットは決められた航路を順守させられるのと違い、自由な航路で飛べるという利点に魅力を感じている点がある。 戦闘や哨戒訓練という名目で好きな航路が選択でき、機体の安全設計値に限れば好きな飛び方をしても良い。
有事であれば命をかけることも厭わない仕事であるにもかかわらず、自由な空を求めて自衛隊を希望するパイロット志願者はあとを絶たない。
その上、海上自衛隊のパイロットは日本だけでなく、海外の空をも飛べるという特徴があったため、蒼井はこの仕事に誰よりも魅力を感じていた。
蒼井の想いを受け、小さな飛行甲板から飛び立ったヘリは「ゆきかぜ」の周りを一周する。
艦橋の上では森村の指示で健闘を祈るかのように自衛艦旗を振る乗員の姿があり、その隣では心配そうに眺めるレジーナの姿があった。
「思った通り、良い艦長だな」
先日顔を会わせた際、搭乗員一人一人に握手をして歓迎してくれた森村。
1佐の階級でありながらも彼は乗艦することになった隊員に対し、必ず握手をする習慣があり、それは多くの乗員達から好感を抱かせている。
優秀な指揮官は口ではなく態度や姿勢で部下を動かす。
実力主義であるパイロットの世界に身を置いている蒼井にとって初対面であったものの、森村は信頼に足る人物であった。
「お姫様も見守ってくれることだし気合入れていくぞ!!」
蒼井のヘリは目的地である島へと進路を取る。
「高度を下げますか?」
「待て、住民達に気づかれると厄介だ」
島のはるか上空に到達した蒼井はそう口を開くと注意深く付近を観察し始める。 高度を取っていたことにより判別しづらいが、民家の構造は沖縄の古民家に似ており、海岸の砂浜にはカヌーの姿があることからそこが小さな漁村であることが伺える。
「カメラは回しているか?」
「はい!」
異世界で初めて見る集落。 日本の離島と違って原始的な生活を送っていることが垣間見えるが、映像からは親と一緒に漁に向かおうとする猫耳の子供達の姿が映し出され、のどかな場所であることが分かる光景があった。
「猫耳きたー!!」
オタクだった影響からかカメラを操作していた隊員が突然声を上げてしまう。
3曹の階級章を付ける航空士であった彼にとって目の前に映し出された画像は夢の楽園にほかならない。
「はしゃぎすぎだぞ三上」
「機長、ここは天国ですよ!!」
先ほどとは打って変わってはしゃぎ出す隊員を横目で見て蒼井は呆れてしまう。
三上には学生時代に見た某飛行系獣耳魔法少女のアニメを見た影響で自衛隊に入隊したという変わった経歴があり、出発前も蒼井がいるにも関わらず待機室でそのアニメDVDを流すという猛者ぶりを発揮しているだけあって映し出された光景に興奮が抑えられなかったようだ。
「機長、あれ......」
三上に呆れていた蒼井に対し、隣で操縦桿を握る藤本1尉がある方向を指差す。
そこには4隻の帆船が浮かんでおり、島に向かって航路をとっていた。
「大した港もないのになぜ近づくんだ?」
「水と食料の補給では?」
しばらく上空を旋回して眺めていると突然その船団は島に対して大きく舵を切ると同時に側面から無数の砲門をさらけ出す。
回頭が終わった瞬間、それらは轟音と共に黒煙を立ち込めると同時に集落に砲弾をお見舞いしてしまう。
「嘘だろ!?」
「ぎゃあああ、て、天国がああ!!」
錯乱する三上の視線の先には砲撃によって家屋が破壊され、逃げ惑う人々の姿が映し出されており、先程までののどかな空気が一変させられていた光景が広がっていた。
「早く「ゆきかぜ」に知らせるんだ!!」
蒼井は搭乗員達に映像をダイレクトで「ゆきかぜ」に転送するよう指示を出す。
「何てこと......」
CICにおいてリアルタイムで映し出された映像には砲撃を受ける住民達の姿が映っており、レジーナは言葉を失ってしまう。
「艦長、許されざる光景ですがここは他国の領土です。 私としてはあくまでビエント王国に向かうことが先決だと思いますが」
日本政府の代表という立場の手前、冷酷な発言をする緒方であったが、内心では何としても彼らを助け出したかった。 しかし、相手の戦力から察するに帝国軍の船舶であるのは明らかであり、宣戦布告をしていない手前、自身の判断で交戦するわけにはいかない。
「艦長、お願いします助けてください!!」
「レジーナ......」
我慢できず、守の制止を振り切ってレジーナは森村に詰め寄る。 しかし、彼はそんな彼女の願いを一蹴するような命令を発する。
「航空機を呼び戻せ」
「艦長!?」
彼らに与えられた任務はあくまで王女達を祖国に送り届けることであり、艦長の独断で他国と交戦して乗員を危険に晒すわけにはいかない。
それは下っ端である守でさえ分かることであり、レジーナと違って意見することが出来ない。
艦長は艦にとって絶対的な権力者である手前、自身の判断で乗員の生死を左右してしまうため、海上自衛隊において1佐になることよりも艦長になる方が遥かに難しいと言われている。 「ゆきかぜ」の艦長をやってるだけあってこの時の森村の目には揺るぎない決意が伺える。
「見捨てるのですか!!」
森村を前にして尚も詰め寄るレジーナであったが、彼は彼女を無視して綾里達に指示を送る。
「このまま本艦は北へ向かう」
意識を失ってどれくらい経っただろうか。 幸いにも少女に大きな怪我はなく、何とか砂浜から這い出てみると目の前に信じがたい光景が広がっていた。
「帝国の軍船!?」
目の前の海に浮かぶ4隻のガレオン船。 帝国において主力軍船とされるその船団は村に砲門を向けており、先ほどの砲撃の影響からか村のあらゆる建造物が破壊され、周囲は地獄絵図と化していた。
「助けてくれえ!!」
「きゃあああ!!」
悲鳴のする方へ振り返ると帝国の軍服を着た兵士達が村人達を次々と襲っていく姿があり、先ほど自分をあざ笑っていた子供達が泣きじゃくりながら逃げ惑っている光景があった。
「帝国軍め!!」
少女は怒りをあらわにし、子供達を追っていた兵士の頭を木刀で思いっきり叩きつける。 鈍い音と共に木刀は砕け散ったが、不意打ちを受けた兵士はそのまま目を回して倒れてしまう。
「こっちだ!!」
少女は子供達に声をかけ、何とか森の中へと誘導するも大声を出した影響で兵士達に気づかれてしまう。
「反抗する奴は殺せ!!」
大尉の階級章をつけた指揮官の指示を受け、兵士達は隊列を作ると同時に銃口を向ける。 彼らの武器は先込め式のマスケット銃であったが、彼我の距離は50m程しかなく、射程距離としては申し分ない。
少女は逃げ遅れた女の子の体を持ち上げてた手前、逃げ切れそうになかった。
「撃て!!」
銃撃と共に少女は死を覚悟し、目をつぶってしまう。
しかし、いつまでたっても痛みを感じることはなく、聞き覚えのある唸り声が聞こえてしまう。
「村長!?」
目を開けた先には少女をかばうかの如く兵士達に向かって立ちふさがる村長の姿があった。
「無事で良かった......」
複数の銃弾を浴びた影響からか村長は少女の無事を確認すると同時に倒れ込んでしまう。 日頃から見せる穏やかな顔つきのままであったが、彼の意識は二度と戻ることはなかった。
「畜生!!」
悔しさのあまり雄叫びを上げてしまうも、兵士達はたじろぐことなく次弾を装填して再び銃口を向ける。 日頃の訓練の賜物か、兵士達は突然のハプニングを前にしても指揮官の命令に従い、冷徹さをもって少女に銃口を向ける。
彼らの目には少女を撃つという哀れみよりも異なる民族に対する憎しみに満ち溢れていることが伺える。
一斉に引き金を引こうとする兵士達であったが、突然上空から響き渡る爆音によって意識を奪われてしまう。
『我々は日本の海上自衛隊です、あなた方の行為は国際法違反に当たる海賊行為と見受けられるので今すぐ引き返してください』
兵士達の目の前に現れたSH―60K。 シコルスキー・エアクラフト社のSH60Bを元に開発されたSH―60Jの後継機である三菱重工製のその機体は兵士達の上空でホバリングをしながら警告を発する。
『繰り返します、国際法違反である海賊行為は今すぐやめなさい!!』
突然現れた得体の知れない物体に兵士達は恐怖し、それに狙いを代えて発砲するも射程が足りないのか効果は見受けられない。
兵士達の発砲が一通り終わった瞬間、タイミングを合わせたかのように機体の側面から爆発音と共に光の矢が放たれ、彼等の背後で大きな爆発音が響いてしまう。
「船が!?」
爆発音のあった方へ振り返ると先程まで村を砲撃していた船が炎上する光景があった。
『これ以上の被害を受けたくなければ今すぐ引き返しなさい!!』
あまりの光景に兵士達は恐れおののき、武器を捨ててその場から逃げ去ってしまう。
彼等は圧倒的な攻撃力を前にして冷静さを完全に失っていた。
「精霊様が助けてくれたの?」
突然現れて自分達の命を救ってくれた存在を前にして少女の目から思わず涙が零れ落ちてしまう。
彼女は勝手に絶望的な状況に追い込まれていた自分達を救おうと精霊達が集ってくれたと勘違いしていたのである。
ヘリの搭乗員達はそんな彼女の思いを知ることはなく、上陸した帝国軍兵士を追い回すかの如く旋回する。
残虐な帝国軍兵士を追い詰めるその姿は住民達にとって希望の光となり、人々は精霊に対する信仰心からか手を握って祈り始めてしまう。
森村は帝国軍の行いを海賊として認知し、討伐することを決意したのである。