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第14話 旅立ちの想い

『教練火災、場所、第1居住区!!』


 けたたましい警報音と共に艦内では異世界航海に向けて防火部署を発動しての訓練が実施される。

 乗員達はその音を合図にそれぞれの配置に向かって走り出す。

 今や当たり前のようになったが、海上自衛隊は10年ほど前から護衛艦に女性を乗せるようになり、当然ながら「ゆきかぜ」にも多くの女性隊員が乗艦していたが、彼女達は小さな体でありながらも男に負けじと重たい用具を担ぎ、中には防火服を身につけ、SCBAと呼ばれる消防士が使う物と似ている酸素呼吸器を背負って男性隊員とともに火元へと向かう者もいた。


『状況中止』


 想定で出された一通りの流れを終え、想定官の指示で訓練は終わる。

 そのマイクを合図に暑苦しい防火服を脱ぎ、汗だくになって座り込む隊員がいる中で、艦橋指揮官として指揮にあった綾里は彼ら一人一人に労いの言葉をかけて回り、訓練の問題点について調査をしていた。 本来ならそれらは事後研究会によって想定官から聞くものだが、彼女は過去に艦船火災を経験した影響で自身の足で調査することを念頭に掲げており、その姿勢は多くの乗員たちから共感を浴びていた。


「女だてらに首席で幹部学校を卒業したから頭でっかちかと思ったが大した人だな」

「あの人がいれば心強いですね」


 夕食時の士官室では綾里に対する評価で持ちきりであり、彼女は訓練の問題点を指摘するだけでなく訓練方式の誤りまで指摘し、幾つかの改善案を提示していた。

 幹部らしからぬその行動力に多くの海曹士クラスの隊員から賞賛の声が上がり、士気を高めさせていたことにベテラン幹部達でさえ舌を巻いていた。


「なぜ幕僚経験がないんですかね?」


 砲術士である武藤2尉の言う通り、通常は恩師の帯刀組とあだ名されるエリート達は艦船勤務だけでなく、2佐になるまでに参謀職に近い立場である幕僚を経験することが多い。

 しかしながら、綾里の経歴は一時期を除き一貫して艦船勤務の現場一筋であり、現在の副長職を除けば大した肩書きを持っていない。

 それどころか過去にイージス課程や要撃管制課程といったエリート教育を受ける誘いがあったにもかかわらず、全て部下や後輩に譲っている有様であった。

 

「副長は実習幹部として「かしま」に乗った際にうちの艦長と知り合ってデキてしまったからな」

「「「えええ!?」」」


 突然発せられた機関長を務める武田1尉の言葉。 他の幹部達と違い、彼は海曹時代の部内幹部試験で幹部になり、豪快な親分肌を持つ人物であることから士官室でのムードメーカー的な存在であった。

 彼は士官室にいた幹部や役員の海士が驚きの声を上げているにも関わらず口を開く。


「深夜の空調室で密会してチュッチュしたところをある乗員に見つかったのさ」

「何でそんなに詳しいんですか?」

「その見つけた乗員こそ俺のことさ、次の日には実習員達が激怒して艦長を追い回してたな」


 武田は練習艦隊勤務時代の懐かしい思い出を語り続ける。

 発見した彼に対し、森村は黙っててくれるよう懇願したものの次の日には噂が一気に広まっており、綾里に好意を抱いていた乗員を含めて森村が50人近い隊員達に艦内を追い回された影響で練習艦隊は通常の航海が困難になり、危機感を抱いた司令部の勧めと彼女の父親の根回しもあって彼は帰国と同時に、綾里に黙って転勤することなったという。

 その後も、彼女と鉢合わせにならないように人事が調整されたのだが、幹部人事の担当者変更とあれから十年以上も経った影響で、偶然にも再び艦長と副長の関係で乗り合わされることになったという訳だ。


「一緒になって大丈夫なんですか!?」


 心配する武藤に対し、武田は笑いながらも口を開く。


「ははは、驚くこともないさ、事実あの二人の息はピッタリだから心強いじゃないか」

「こないだの日曜日に艦長を追い回してたそうですが?」


 日曜日、森村を探す綾里に強引に鍵を奪い取られた当直士官こそ武藤であり、それ故に彼は今の現状にただならぬ不安を抱いていた。

 艦長と副長が付き合ってたなど自衛隊史上前例のない珍事であり、士官室のメンバーの多くが武藤と同じような不安を抱くも、武田はこう締めくくる。


「それだけ仲が良いってことじゃないか」

 

 士官室が大騒ぎになる一方では、公室においてレジーナと外務省職員を交えた夕食会が実施され、その中には話題の中心となっていた森村と綾里の姿もあった。


「どうですか日本食は?」

「先日食べたカレーもそうですが、この天麩羅もまた魅力的ですと」

「そうですか、調理員長も喜ぶでしょう」


 森村の言葉にレジーナは笑顔で応える。 油っこく香辛料をふんだんに使って甘辛い味付けをしていた帝国の料理と違い、「ゆきかぜ」で出された和食を中心とした料理はレジーナにとって魅力的であった。

 彼女のいた世界では米が収穫されておらず、パンやジャガイモを主食とした生活を送っていたこともあって米を食べた瞬間、そのほのかな甘さの虜になってしまったことにより、今では箸を器用に使って煮魚を食べて見せたりもしている。

 料理の味付けもまた塩やニンニクを効かせた焼き肉や焼き魚が中心となっていたために出汁で煮る、炒める、揚げるといった調理方法に縁が無かったこともあって毎日の食生活においては驚きの連続であった。

 他の者達もまたこの魅力にはまっており、フィリアに至っては納豆ご飯を好んでしまったため、時々キスをする際に広澤から嫌な顔をされていたりもする。


「このお刺身も中々いけるわね」

(どうでもいいけど腹減った......)


 夕飯を食べていない守を尻目にレジーナは日本食の味を存分に噛みしめる。 通訳の手前、彼の席にはコーヒーしか置いておらず、夕飯もお預けとなっている。

 日中の訓練には参加しなかったものの、彼はレジーナだけでなくジル達の通訳も行っていたために休まる機会はなく、先程も士官室役員とジル達が夕食に使う食器の件で言い争った件でお互いの仲裁をする羽目にもなっている。

 レジーナの後ろでは護衛としてスーツ姿で立つフィリアの姿があり、その周りではジル達メイドチームがせわしなく動き回っている。 元々彼女達にそのような役割をさせる意味は無いのだが、本人達が仕事を欲しているため半ば強引にメイドの仕事をしており、食事時において彼女達はレジーナだけでなく森村や外務省職員達に対しても給仕を行っている。


「ありがとう」


 ジルから食後のコーヒーを受け取り、立花はお礼の言葉を述べるとすぐさまジルは顔をそらしてしまう。 


「帰国されたらどうなさいますか?」


 食後の紅茶を飲むレジーナに対し、綾里は同じ女性として思うことがあったのか声をかける。


「元々私は帝国の皇帝と婚姻する約束があると」

「ではこのまま婚約されるのですか?」

「それが帝国との講和条件だと」

「王女の心中、同じ女性として同情を禁じ得ません」

「そのお気持ちだけでもありがとうございますとのことです」

 

 日曜日の一件以外でこの二人との接点はほとんどなかったのだが、守の通訳を介してレジーナは彼女に対し親近感を抱き始めている。 なぜなら、彼女の言動や容姿が亡くなったメイド長と似ており、生き写しのように感じてたからだ。

 しかし、守の方はというとレジーナが皇帝と結婚することに対し、不満を抱いていた。 同盟交渉の決裂以降、彼女に蔑まれつつも守もまた一人の男であり惚れた手前、好きな女が他の男と結ばれるような事態は看過できない。

 悔しさからか守はふと先日の三笠との会話を思い出してしまう。


「あなた方が私達の存在を見れる背景には私達と同じ血が流れているかもしれません」


 三笠の思わぬ発言に対し、守とレジーナは動揺してしまうも、彼女はさらに口を開く。


「私達艦魂をはじめとした船霊は長い年月と強い想いを隔てると人と変わらぬ体を持つことがあります。 かつて私の知る中でもそのような事例が数例存在しました」

「じゃあ俺とレジーナの先祖の中に船霊や精霊みたいな存在がいたと?」

「ええ、本来なら人の体を手に入れた者は人と同じように寿命を持ちますが、その間に異性との間に子を成すことがあります」

「私達王族は精霊を祖先にしていると聞いたことがあるわ」

「あなたの場合はその影響を色濃く受け継いでしまったのでしょう」


 守はふと今は亡き祖父母の話を思い出してしまう。 

 二人が出会ったきっかけは戦時下において幼い頃の祖父が海岸で塩作りの為の海水を汲んでいた際に、砂浜で少女の姿をした祖母が倒れているのを発見したことに始まる。

 祖母が記憶を失っていたこともあって祖父は彼女と一緒に暮らすことになり、お互い愛し合うようになったことから流れるままに結婚し、多くの子宝に恵まれた。

 祖母の記憶は晩年になっても蘇ることはなかったが、祖父と結婚したことに後悔しておらず、幸せな人生だったという。 

 しかし、その肝心の祖父母は6年前の震災で行方不明となり、未だに発見されていない。


「私見ですが船霊と精霊が同一の者と考えて間違いないでしょう。 私達艦魂が見えるのも何かの縁です、私も出来る限り貴方達に協力するようにします」


 三笠の真意は分からなかったが、帝国海軍の栄光と滅亡、戦後の混乱期を経験しつつ海上自衛隊の誕生を経験しただけあってその言葉は妙に安心できるものがあった。 

 祖母が艦魂であったかどうかは分からないが、レジーナと同じく精霊を見ることができる手前、守にも彼女と同じ力を持つことは明らかだ。

 むしろ異なる世界でお互いが出会えたことには運命さえも感じる。


(婆ちゃん、爺ちゃんみたく俺も愛する女を守ってみせるよ)


 先ほどのレジーナの言葉に反し、守は拳を握りしめて決意を固めるのであった。


 

 小笠原諸島北部に存在する聟島むこじま列島......聟島をはじめとした小さな島々で構成され、その全てが無人島である。

 その北西10マイル地点にエリアゼロというコードネームを付けられた異世界への扉が存在している。


「目標まで3マイル」


 総員が戦闘配置につく中、見張り員からの報告を受けて艦長席に座る森村は隣に立つレジーナに視線を移す。

 彼女もまた通訳の守と共に黙ってエリアゼロを眺めており、帰れることに対して不安を抱いているのか言葉を交わそうとしない。

 視線の先にあるエリアゼロの周囲には掃海艇部隊によって侵入船舶防止用の漁網が展開され、所々には機雷が敷設されていることから「えのしま」の先導する航路でなければ航行不能に陥ってしまう。 注意深く艦を進めていくと右弦前方に掃海母艦である「うらが」の姿があった。


『掃海隊群司令に敬礼する。 右、気をつけ!!』 


 操艦する乗員を除き、艦橋にいる乗員達は一斉に体を右舷に向けて海域の封鎖を指揮していた「うらが」に座乗する掃海隊群司令に正対する。


『かかれ!!』


 ラッパの音と共に一同は敬礼をすると「うらが」の方からも答礼される。

 レジーナもまた、フィリアやジルと共に敬礼をする守に合わせ黙って「うらが」を見つめている。

 敬礼を終えたあと、未知の航海へと出発する「ゆきかぜ」と「やまゆき」の無事を祈ってか、「うらが」の方から大音量で「軍艦行進曲」が流される。  


「村瀬司令も粋な計らいをしてくれる」


 掃海隊群司令の名を出し、森村は表情をほころばしてしまう。

 村瀬とは防大時代の先輩後輩という間柄であり、30代前半で掃海艇の艇長を務めたこともあってか航海術を熟知しており、森村にとって尊敬できる上司の一人であった。


「艦長、おかしくありませんか?」


 突然、双眼鏡で前方を眺めていた綾里が口を開く。

 出航前の会議においてエリアゼロの大きさは直径30メートル程の大きさであると説明されたが、目の前にあるそれはゆうに100メートル近い大きさとなっていた。


「やはり拡大してたか」

「知ってたんですね?」

「まあな、これでは国民の目から隠すのもそろそろ限界に見えるな」


 森村は両手を天に掲げて肩を落とす。

 このまま拡大を許せばいずれは領海を超えることになるだろう。 そうなれば間違いなく周辺の国々が介入し始めることになり、大規模な艦隊が押し寄せる可能性もある。

 そうなれば機雷や漁網程度のバリケードで防ぎきれるか怪しいものである。


「いよいよね......」

「ああ」


 異世界への扉が近づき、艦橋内が張り詰めた空気になる中において不意にレジーナは守の手を握り、こう囁いてしまう。


「私は祖国を救うことを諦めないから」

「...何としても俺が守ってやる」


 守もまた彼女の思いに答えるかの如く強く握りしめてしまう。

 先頭を行く「えのしま」の姿が霧の中に包まれ、「ゆきかぜ」もまた霧の中へと姿を消してしまう。

 「うらが」の艦橋からその姿を眺めていた隊員達の中には艦魂である浦賀の姿もあり、彼女は艦隊の無事を祈って一人呟く。


「生きて帰ってください」


 多くの人々と艦魂の思いを乗せ、「ゆきかぜ」は異世界へと旅立ってしまう。

 そこで待ち構えているのは何か、それは誰にも分らないことであった。

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