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第13話 派遣艦隊

「外務省から来ました緒方です、先日はうちの者が大変失礼なことをしました」


 出発前日に挨拶に来た二人の外務省職員。 以前、レジーナ達を連れ去ろうとやってきた二人と違い、40代後半の緒方は大学時代にラグビーをしていた影響からかガッチリとした体格であり、動きに無駄が無く一通りの礼儀をわきまえていることからレジーナは好感を抱いてしまう。

 その後ろには二十代後半であろう若い青年の姿があり、彼の顔を見た瞬間メイド達の中から憧れの目線を浴びてしまう。


「私の補佐を担当してくれる立花君です、まだ若いですが優秀な人材なので同行させることにしました」

「よろしくお願いします」


 まるで某アイドルのような顔をした立花を見てレジーナは一瞬、ときめいてしまう。

 エルフ族は基本的に美形が多いとされているが、そんな中で育った彼女でさえ彼は随一の美しさを感じてしまう相手であったからだ。


「失礼します」


 彼の前に紅茶を置くジルであったが、チラチラと立花の方へ視線を移してしまう。

 顔を一目見た瞬間から彼女の心臓が高まり、落ち着こうとはしない。 アイドル顔の好青年であるということ以外大した特徴の無い人物であったが、ジルは彼に一目惚れをしてしまったのである。


「今回の行動で外務省からは私と立花君が同行することになりまして、総理に代わって貴国との交渉に当たる次第です」

「我が国は連合王国を組織している手前、私達エルフを中心とするビエント王国とドワーフ族を中心とするフランメ王国、獣人族を中心とするホンタン王国の3大王国を中心として小さな部族が参加する連合国家となっております」


 レジーナが緒方と意見を交わす最中であってもジルは立花から目を離そうとしない。 彼は20代後半という年齢ながらも言葉遣いはしっかりしており、時折手帳に会談内容をメモしていることから責任感が強いことが伺える。


「政治体制としては基本的に内政に関しては各国や集落の自治が認められており、外交に関しては各代表者による合議制となっています」

「今回の事態の調査のためにビエント国王だけでなく他の国の方とも交渉をしたいのですが」

「毎月一度各国に設置された迎賓館において連合会議が実施されていますので、私から国王に頼んで参加できるようにしましょう」

「ありがとうございます」

 

 レジーナが緒方と会談していた同時刻、士官室の中では今回の行動で同行することになる隊員達の紹介が行われていた。

 情報保全隊からは以前、松坂と共に来艦したことのある福島1尉が顔を出し、現地での隊員らの犯罪行為等を監視するために警務隊の方から藤田1尉と彼の部下として村上2曹が同行することになり、併せて異世界での行動等を考慮して海上保安庁の方からは牧村三等海上保安正が乗艦することになったのだが、その中でも一際異質な空気を放つ存在の隊員がいた。


「撮影及び記録班の安藤です」


 1尉の階級を身につける彼を筆頭に今回の行動では10人の撮影班の隊員達が乗り込むことになり、既に彼らの手によって撮影機材と称した大きな荷物が艦内に運ばれている。


「お久しぶりです!!」

「君が副長を務める艦と行動できるなんて思わなかったよ」


 森村の隣に立つ綾里が笑顔で敬礼を送る先には今回の行動で同行することになった護衛艦「やまゆき」艦長の長谷川2佐の姿があった。

 彼は綾里が某観測艦に乗艦していた頃の船務長と航海長という間柄であり、お互いの気心が知れた関係であった。


「我々がエリアゼロと名付けたこの扉を通過した後はGPSが使えず、海図や星図も存在しない異世界での前代未聞の航海となります。 通過後は出口付近に「やまゆき」が陣取り、あちらの世界からこちらへ来ようとする存在の監視と本艦が帰還するためのガイドビーコンの発信を担当して貰うことになり、「ゆきかぜ」は搭載機の支援を受けつつ目的地である連合王国本土を目指すことにします」


 一同を席に着かせ、福島は持ってきたパソコンを操作して任務の概要についての説明を始める。


「現在、エリアゼロ周辺の海域は保安庁の船舶と「うらが」を中心とする掃海艇部隊によって侵入者防止用の漁網と機雷の設置を完了しており、我が艦隊は掃海艇「えのしま」の先導を受けつつエリアゼロを通過することになります」


 パソコンを操作する福島の手によってスクリーン上に左右に分かれる形でエリアゼロ周辺を取り囲む漁網と機雷群の位置が示される。


「右側がこちらの世界の海域で、左側が異世界の海域です。 既に何度か巡視船や掃海艇を出入りさせてみたところ現場周辺の半径100キロ圏内には島影が無いことが確認されており、生態系に関しては幾つかサンプルを回収したところ海洋生物に関してはこちらの世界と大差ないような魚が捕れたという以外大きな変化は見られません」

「まるでコンパスを頼りに進んでいた大航海時代みたいだな」


 森村の言葉の通り、探検し尽くされた地球上の海域と違って異世界の航海は未知の部分ばかりで大きな危険をはらんでいる。 しかし、一番の問題は艦隊が通過したあとにエリアゼロが消滅することだ。

 上層部は大した使い道の乏しい「ゆきかぜ」と退役間近の老朽護衛艦である「やまゆき」を今回の任務に選んだことから失敗も考慮してのことであろう。

 事実、イージス艦である「きりしま」や最新鋭護衛艦である「てるづき」はエリアゼロの外で陣取る形となっており、扱い方に大きな差が出ている。


「王女の言葉を信じるなら帝国軍の戦力は大きくても19世紀の戦列艦程度とみております。 大砲の砲門数は多いですが射程距離は最大でも4キロ程度と見積もって良いでしょう」

 

 福島の説明に高見沢を始めとした砲雷科の面々はほくそ笑んでしまう。

 こちらの主砲は余裕で5倍以上飛ばせる上、レーダーの活用によって高い命中率がある。 向こうが百発一中百門の砲で届かない砲撃をしたところでこちらは百発百中の砲でやり返せば良いことである。

 彼らは再び砲撃戦が出来るかもしれないという手前、内心では興奮を覚えている。


「しかしながら、最も驚異なのはドラゴンの存在です。 帝国軍は航続距離の短いドラゴンを洋上での戦力として活用するために航空母艦の様な物を整備しているみたいでして、困ったことに王女達の中にそれを見た者がいないためどれだけの陣容かは想像できません」


 ドラゴンの遺骸を調査した研究機関からの試算がスクリーンに映し出され、航続スピードは最大250キロ、巡航速度は150キロ、航続距離は推定500キロという試算が出される。 その数値を見た瞬間、船務長である米沢3佐の口からため息が漏れる。


「戦闘機と比べれば驚異では無いが航続距離が問題だな、片道250キロじゃこちらの対艦ミサイルが届かないな」

「そうです、本艦のレーダーで探知することは出来ても帝国軍は先に仕掛けることが出来る恐れがあります。 魔法が存在している世界という手前どんな手を使ってくるのか分かりませんしね」

「帝国とは交戦せずに済ませたいな」


 ドラゴンの性能自体驚異では無かったが、対艦ミサイルのように数を頼みに飛ばされてしまえば危険である。 だからこそイージス艦が傍にいてくれたら嬉しいのだが、大金をかけた上で6隻しかいない艦を未開の地に送り込む勇気など上層部には無かったことが覗える。


「行動期限は2週間、それまでに王女を本国にお送りしてエリアゼロ発生の原因を突き止めることが今回の任務の最大目的となります」


 様々な不安を残しつつも会議は閉幕し、一同はそれぞれの持ち場へと戻ることになる。


「艦長、安藤1尉の件ですが......」


 一同が部屋を出た後、綾里は森村に対し自身が感じた疑問を口にし始める。


「彼はまさか特別警備隊ではありませんか?」

「ああ、あれだけの装備を持ってきたということは俺達が知らないある目的があるんだろうな」

「目的? 私達はただ王女を送り出すだけですよ」

「連中がどんな命令を受けているかは分からんが海幕長が直々によこした相手だ。 考えあってのことだろうな」


 先日の一件と違い、綾里は仕事中においては森村のことを艦長として節度を保って接している。

 過去の痴情のもつれは解消されていないものの、副長として乗員一同の前では決して(守を除く)彼を貶める行為はしてない。 


「安藤1尉の件については内密にしてくれ」

「何にでも顔を突っ込むあなたにしては珍しいですね」

「どの道すぐに明らかになるさ、それよりも明日の出港の件もあるから今日はもう上陸用意をかけるよう伝えてくれ」

「分かりました」

 

 昼時であったが、上陸用意が下令されたことにより多くの乗員達は当直員を残して家族の元に帰るなど思い思いの時間を過ごす中、特別公室では守とレジーナが雪風と共にある人物を出迎えていた。


「はじめまして」


 任務のために出航していた浦賀に代わり、横須賀にいた千代田に手を借りる形で目の前に現れた女性。 長い髪の毛は真っ白に染まっており、帝国海軍時代の真っ白な制服を身にまとい、不思議な空気を醸し出すその女性こそ艦魂達の間で最高齢であり、日本海軍の生き字引とされている三笠の姿であった。


「私達の姿が見える人に会うのは何十年ぶりかしらね」


 彼女はそう呟くと同時に千代田の用意した椅子に腰を下ろす。

 齢120歳近く、本体がコンクリート漬けにされた影響からか彼女の足はおぼつかず、ステッキがなければ満足な歩行ができる状態ではない有様であったが、戦艦として建造されたためかその瞳からは衰えぬ覇気を感じさせていた。


「本日はここまでご足労さてせていただき、ありがとうございます」

「私も異世界からの客人に会うとは思わなかったわ」


 レジーナの丁寧な挨拶に三笠は笑顔で答える。

 建造から20年程経っている雪風達と違い、目の前にいる三笠はまるで高位精霊に見られる貫禄を醸し出していたため、レジーナは自然と礼儀正しく接してしまう。


「東郷元帥のことはご存知ですか?」

「海軍の神様と言われてるけど私から見ると性格の良いお爺ちゃんだったわ。 延々と会議を紛糾させる参謀達を上手く抑えてたしね」


 三笠は用意された紅茶を口に含みつつ、懐かしい思い出話を口にする。 


「沈んでしまった私を彼は必死で引き上げるよう働いてくれた。 更には軍縮会議の影響で私は生を失う運命であったにも関わらず、私の体を岸壁に埋めることによって生かしてくれたわ」

「良い方ですね」


 守がそう答えた瞬間、三笠の持っていたカップがピタッと動きを止めて口を開く。


「ただの監禁よ」

「......え?」


 予想外の言葉に守とレジーナは身をこわばらせてしまう。 

 

「彼もまた私の姿が見える人でね、勝利の美酒に酔っていた乗員達と違い私は多くの仲間を失ったことにより悲しみに打ちひしがれていた。 日本海海戦で敵前大回頭という行為に踏み切った背景には私自身が囮になることを彼に頼んだ結果からきたのよ」

「そんな......」

「戦死が叶わず、火薬庫にランプの炎を放り投げて多くの乗員とともに自決することによって私は生を終えようと思った。 だけど彼はそんな私の考えを無視して引き上げた挙句に飼い殺しにすることを選んだのよ」


 日本海軍の栄光を現在に伝える存在である三笠の言葉に守は言い寄れぬ不安を抱いてしまう。

 東郷元帥の真意は分からないが、艦魂の見える彼なりの考えがあってのことだろう。 しかし、三笠はそのことに関して強い不信感を抱いており、未だに死ねなかったことに対する後悔を抱いていたのである。


「話がそれちゃったわね、本題に戻るわ」


 千代田に新しい紅茶を注がせ、三笠は守達に対し自身の考えを述べることにする。 



 翌日、朝日が照りつける中で「ゆきかぜ」は岸壁作業員に見送られる形で出航する。

 途中で吉倉地区から出港した「やまゆき」と合流すると単縦陣を組んで浦賀水道航路を抜けると館山基地から飛び立った航空機が近づいてくる。


『航空機が着艦する、関係員配置につけ』


 その言葉を合図に「ゆきかぜ」の飛行甲板に一機のヘリコプターが着艦する。 SH60K、海上自衛隊の主力哨戒ヘリコプターであり、哨戒活動だけで無く救難活動も出来る上、機銃や対艦ミサイルを搭載可能とする攻撃的な一面を併せ持つ万能さを誇り、かつて守の命を救ってくれた立役者でもある。

 しかし、「ゆきかぜ」に近付くその機体は一般的に知られている塗装がされておらず、ウルトラ警備隊のビークルの様に側面に赤い筋の入った派手な塗装が施されている。

 機体番号01......採用1番機であることから派手な塗装が許されたこの機は今回の行動において、「ゆきかぜ」や「やまゆき」同様に帰れないことを考慮して選ばれたわけだが、パイロットに関しては脂の乗り切ったベテランであった。


「この艦に乗るのは6年ぶりだな」

「蒼井3佐、ようこそ「ゆきかぜ」へ」


 飛行科の隊員から声をかけられたこの隊員は飛行歴20年近いベテランパイロットであり、東日本大震災の折には多くの被災者を発見して救助した実績があった。

 震災後は長く教育航空集団で教官をしていたが、館山への転勤を機に機長として今回の行動に参加することになる。 

 

「艦長がお待ちです」

「おし、行くとしますかな」

 

 同乗した部下を引き連れ、蒼井は士官室へと足を運ぶことにする。

 彼の到着によって今回の任務における役者が揃うことになる。

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