第12話 休日の過ごし方
日曜日、出発を控えた艦内の一室ではレジーナ達が守を交えてトランプをしている姿があった。
「むむむ」
守の持つ2枚のトランプを見つつレジーナは目を細めて睨み付ける。
「ここ!!」
勢いよく引いたトランプの絵柄を確認した瞬間、レジーナの顔は一気に冷めたものになる。 ジョーカーを引いてしまったのだ。
「おのれえ」
「ど、れ、に、しようかな~」
悔しさを滲ませるレジーナのトランプを今度は守が引き抜く。 絵柄を確認した瞬間、彼の顔から笑みがこぼれてしまう。
「俺の勝ち~」
「また負けたあ!!」
その瞬間、レジーナの手に残ったトランプがヒラヒラと宙を舞い上がり、ジルはそれを掴んで絵柄を確認すると赤い舌を出す悪魔の姿をした絵柄を目にしてしまう。
「また負けてしまいましたね」
「レジーナはすぐに顔に出てしまうからな」
「姫様は勝負事に向かないんですよ」
ジルはそう答えながら慣れた手つきでトランプをパラパラとシャッフルする。
松坂との会談以降、帰国まで特にすることの無かったレジーナは暇つぶしにと守に頼んで様々な遊具を持ち込んで貰っていたが、このババ抜きに関しては簡単に表情を見せてしまうため無類の弱さを見せてしまっている。
「むむむ、このババ抜きとやらは交渉ごとの訓練に使えそうね」
「既に総理と会談した君が言うことか?」
「そ、それとこれとは別よ!!」
守がレジーナの言葉に呆れていると、不意に部屋をノックする音が室内に響く。
ジルがその音に反応してドアを開けると目の前に森村の姿があった。
「ちょっと匿ってくれ」
ジルが止めるのもお構いなしに彼はコソコソと部屋に入ってくる。
突然の行為に守達が驚いているにも関わらず、彼はテーブルの上に並べられたトランプに気付くと自身も参加すると言い出して席に着く。
「艦長、どうしたんですか?」
日曜日でありながらも艦に来た挙げ句、額に汗を浮かべている彼の姿を見て守は疑問を投げかけるも、森村は「独身で暇だから」という答えを返してくる。
艦長には停泊中における当直が義務づけられておらず、よっぽどのことが無い限り休みの日に艦に来ることは無い。 正直に言うと来られたところで何かと手間がかかることになるために当直員達にとって迷惑であるからだ。
「一応官舎に住んでますよね?」
2年ごとに転勤が義務づけられている幹部であり、独身の森村は停泊中において基地近くの幹部向け官舎に寝泊まりしている。 普段ならノンビリと寝転んで趣味の読書や横須賀の海釣り公園などで釣りに講じる日常を送っている筈の彼がここに来るなどあり得ないことであった。
「まあ、その今日は釣り日和じゃ無かったしな」
「?」
晴れた日であるにも関わらず、訳の分からない言い訳を口にしてババ抜きに参加する森村であったが、ドアを叩く音に反応して酷く驚いてしまう。
「お、俺はいないって言ってくれ!!」
慌てて隣にあるトイレの中に駆け込む森村であったがドアが開けられた瞬間、強引に部屋に入ってくる一人の女性の姿があった。
「ここに彼がいるのは分かってるのよ」
先日新しい副長として紹介され、既に乗員達の間で美人すぎる幹部として話題となっている綾里の姿を見て一同は言葉を失ってしまう。 フィリアがおらず、ジルが代わりに応対してたのだが綾里は強引に彼女の制止を押し切って室内に入りあちこちを見回し始め、テーブルの上に並べられたトランプを見つけてしまう。
「この艦の元応急長である私の目から逃れられると思わないで下さい!!」
居場所に目星が付いたのか、隣にあるトイレの前に行くと彼女は勢いよくドアを叩き始める。
「艦長、いるのは分かってます、今すぐ出てきなさい!!」
綾里は何度もドアを叩くも中にいる森村は怖さの余り黙り込んでいる。 森村の反応に対し、彼女はキリがないと悟ったのかポケットの中から当直士官から強引に奪い取ったであろう鍵の束を取り出すとトイレの鍵穴に差し込んでドアを開けてしまう。
「嘘だろ!?」
突然ドアが開けられたことに森村は驚きの余り固まってしまうも、綾里はニッコリと微笑みを見せながら口を開く。
「今日こそ話して貰いますよ、あの時逃げた理由を」
「艦長に何があったのかしら?」
「さあ?」
守とレジーナの目の前には床に正座させられている森村の姿があり、彼の目の前には仁王立ちをして見下ろす綾里の姿があった。 彼女に見下ろされ、森村は体を震わせつつも口を開く。
「あの時はその...怖くなって...」
「だからって黙って消えないで下さい」
「いや、急な人事でね、「はつゆき」の航海長をやってくれって」
「あの時の約束は嘘だって言うの!?」
プライベートとはいえ艦長が副長に怒られるという有り得ない光景。 二人の会話の内容に見当が付かず、呆然と眺めていると守の背後から雪風が声をかけてきた。
「ふふん、あの二人、昔付き合ってたのよ」
「「え!?」」
衝撃発言に驚き、守とレジーナは雪風の方に視線を移してしまう。
「私が練習艦隊にいた頃ね、実習員の間でマドンナとして君臨していた彼女を「かしま」で応急長だった艦長が手籠めにしちゃったのよ」
「......嘘でしょ?」
これまでの森村の態度とは思えない行為にレジーナは驚いてしまう。
終始、自分達に紳士的な態度で接し、何かと味方をしてくれた森村に彼女は只ならぬ感謝の気持ちを抱いていたが、彼が女性を敵に回すような行為をしていたことが信じられなかったのである。
「鹿島から聞いた話だけど深夜の空調室で密会したところを乗員に発見されちゃって一気に噂が広まっちゃったらしいの。 おかげで彼女を狙っていた実習員や乗員達の間から怒りが噴出しちゃってねえ、しかも彼女のお父さんも海将だったもんだから遠洋航海から日本に戻った途端に身の危険を感じた挙げ句、逃げるように他の艦に転勤しちゃったのよ。 結婚まで約束してたって言うのにね」
「うわ、そりゃ怖いな......」
女の執念を肌身に感じ、守は言葉を失ってしまう。 綾里は黙って自分の前から去った森村を追うかのように出世を拒んで艦船勤務を続けていき、この「ゆきかぜ」において艦長と副長の関係となってようやく再会したのである。 艦長でありながらも綾里に首根っこを掴まれ、罵声を浴びせられる森村を見た守は不意にレジーナの方へと視線を移してしまう。
(俺も同じ事をしたらああいう目に遭うのかな......)
雪風との酒盛りをした一件以降、本音を晒した影響からかレジーナは守に対しては分け隔てなく接してくれており、一緒に遊戯をするなどして楽しく過ごしてきた。 恋人とはいかなくとも良き友人として接してくれていると信じていたのだが、そんな彼の思いを感じ取ったのかレジーナは守の方を向いて口を開く。
「安心して、あんたなんか好きじゃないから」
「ううう」
薄々と分かってた手前、本人からそう言われると守自身へこんでしまう。 金も地位も魅力も無いことを自覚こそしていたが、こうもはっきり言われると男として虚しく感じてしまう。
項垂れる守を見て雪風はそっと彼の肩を叩いて口を開く。
「まだチャンスはあるわよ」
同時刻、工作室で作業をしていた広澤の元にレディーススーツを着たフィリアが現れる。 彼女は広澤の姿を見ると体を回して似合うかどうか尋ねてきた。
「似合ってるよ」
「ありがとう!!」
褒められて嬉しかったのか彼女は作業中であったにもかかわらず、子供みたいにはしゃいで広澤の腕に抱きついてくる。
日頃はレジーナの忠実な護衛として近寄りがたい高潔な印象を放つ彼女であったが、広澤と二人っきりになると恋人気分で甘えてくる。
「何をやってるんだ?」
フィリアは先程まで広澤が操作していた工作機を見つけ、興味を抱いてしまう。
「万能工作機を使って部品を作ってたんだよ」
「万能工作機?」
慣れない日本語を耳にし、彼女は首をかしげてしまう。
この万能工作機とは海上自衛隊の艦船に導入されている工作機械であり、工作物を回転する台に固定し、バイトと呼ばれる刃物を使って削り出す旋盤機能と切削用ドリルや回転刃を利用したボール盤やフライス盤、専用バイトを前後させて使う研削盤の機能を併せ持つ代物であった。
プログラム入力の無いロートルで回転数が少ないことから専用工作機程とはいかないものの、一台で多種多様な工作物を製作可能であることから艦内の工作作業で重宝されている。
「こんな物を作ってしまうなんてお前は凄いな」
出来上がったネジを眺めてフィリアは感慨深くなってしまう。
かつて連合王国内においても帝国が作った銃と同じ物を作ろうとした経緯があり、ドワーフ族を中心としたプロジェクトチームが発足したものの、鹵獲した銃を解体した際にどうしても開発の出来ない代物が出てしまったのである。
それこそ今フィリアの手にあるネジの存在であった。
これが開発できないが故に数々の試作品を発砲させてみても銃身のお尻が割れてしまい、戦力として使い物にならなかった。 ネジの必要の無い大砲を開発しても火薬の原料である硝石の取れない国土では鹵獲した火薬を使うしか他ならず、大量に消費する懸念性から開発が頓挫してしまった経緯があったのである。
「裕吾......」
「何だ?」
キスをしたことから呼ぶようになった広澤の名前。 二人っきりでいるとき、フィリアは広澤に対しそう呼ぶようになっている。
「私にこれの作り方を教えてくれ」
慣れない日本語で何とか意思を伝えるも、広澤は怪訝な表情を見せながら口を開く。
「悪いけど俺は自分の研いだ工具を持っていない奴に技術を教えるつもりは無い」
「そこを頼む」
「こればかりは譲れないよ」
広澤はそう答えながらフィリアの肩に手を回して長椅子の上に座らせる。
彼自身が一線を理解している手前、これ以上彼女達に未知の技術や知識を教えてしまえば大きな混乱を呼んでしまい、その矛先は最終的に日本に及ぶ恐れがあった。
「......やっぱりお前は頑固だな」
「それが取り柄だよ」
「分かってたさ、私も自分の剣を持たぬ者に剣術を教える気は無いしな」
肩に置かれた広澤の手を握り、フィリアはそっと自身の顔を彼の方へと向ける。
「そんなお前が大好きだよ」
異世界のしがらみがあったものの、二人は出発日が近づくにつれてお互いが離ればなれになることに抵抗を感じ始めていた。 フィリアの唇を奪った後、感情が抑えきれなくなった広澤はそのまま彼女の体を押し倒し、フィリアもまた広澤の愛を受け入れるかのように体を預けてしまう......
「大丈夫か?」
体を毛布に包ませたフィリアに広澤はコーヒーを渡す。 先程までお互いが感情に流されるまま愛し合ってしまった手前、フィリアの頬は赤く染まっていた。
「男にここまで体を許したのは初めてだった」
「俺なんかが相手で良かったのか?」
一線を超えてしまったことに広澤の頭は自責の念に苛まれていた。
フィリアは彼にとってどストライクな女であったが、微妙な外交関係にある国の国民同士でこのような情事に手を出せば大きな混乱を呼んでしまう。
ましてや政治的活動に関与せずがモットーの自衛官が王女の忠臣と関係を持つなどあってはならぬ行為だ。
そんな広澤の気持ちを感じ取ったのか、フィリアは隣に座る彼の肩に頭を置いて口を開く。
「好きな相手だから良いさ、私にとって今日は忘れられない良い思い出になったよ」
「そうか......」
「この件は二人だけの秘密...」
フィリアはそう呟くと共に広澤と唇を合わせる。
一向にレジーナと距離を縮められない守と違い、広澤とフィリアは着実に愛を育てていき、残り少ない期間を噛み締めるかのように過ごしていた。




