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第10話 交渉

「こんな部屋があったなんて......」


 レジーナが守に案内される形で公室に入ると、軍艦とは思えない豪華な装飾が施された内装が目についてしまう。 途中途中に配電盤が設置された白い壁に天井で何本も伸びるむき出しのパイプ、無骨なバルブや短い間隔で幾つも設置された消火栓や応急機材、今まで見てきた殺風景な艦内の光景と違って目の前には高級ホテルの会議室をも思わせる光景が広がっている。

 床に敷かれた幾つもの模様の入った赤い絨毯に20人が余裕で座れる木製の長いテーブル、真っ白な下地の上に金糸で装飾された白い壁に日本家屋でよく目にするであろう掛け軸や陶磁器類。

 3年に一度実施される観艦式では必ずと言って良いほど総理大臣の座乗艦とされるだけあってこの「ゆきかぜ」の公室は一流ホテルに引けを取らないほどの豪華なものであった。


「王宮でもこんな豪華な部屋は見たことないわ」

「姫様、お気を確かに」


 フィリアにそう囁かれ、感激のあまり言葉を失っていたレジーナは何とか正気を取り戻す。 

 今の彼女には首相訪問をチャンスとして日本政府と同盟締結に向けた交渉を持ちかける必要があり、作り上げたばかりの草案を片手に彼女は用意された席へと座り、隣には通訳として守が座る。

 昨夜にドラゴンを一撃で仕留めた「ゆきかぜ」の戦闘力を見た興奮が残っていたためか、彼女は時折体を身震いさせていた。


「緊張してるのかい?」

「あ、あなたこそ震えてるじゃない!」

「お、俺は武者震いだよ!!」


 制服姿の守もまた初めて首相に会う緊張からか体を震わせている。 昼食もほとんど喉を通らず、睡眠不足からか顔を青くして冷や汗をかいている彼を見てフィリアは言い寄れぬ不安に襲われてしまう。

   

「入られます!」


 役員(この場合は配膳係のことを指す)として当たっている海士の言葉を受け、二人は思わず姿勢を正してしまう。 

 岸壁の方ではこちらに近づく複数の車の姿があり、それらは「ゆきかぜ」の舷門の前に停車すると中からSPにガードされる形でこの国の内閣総理大臣が姿を現す。 


「敬礼!!」


 先任の海士長のかけ声を合図に礼装姿のと列員達が一斉に敬礼をすると彼は軽く会釈して舷門立直員の笛が鳴る中、タラップを登り始める。

 その後ろでは情報科出身であろう幹部自衛官の姿があり、彼の手にはパソコンの入ったバックが握られている。


「ようこそ「ゆきかぜ」へ」


 マストに内閣総理大臣旗が掲げられ、森村は彼を公室へと案内する。

 レジーナ達は部屋に入った彼の姿を見た瞬間、席を立ち上がって手のひらを胸に当てて頭を下げる。


「日本国内閣総理大臣の松坂薫です」 

「ドゥーベ・レグルス連合王国王女レジーナ・フォン・ムーニスです」

「情報保全隊の福島です」


 守の通訳によってお互いの自己紹介を済ませた後、双方は席に座り役員が持ってきたコーヒーを受け取る。


「貴国の「ゆきかぜ」のおかげで私どもの命は救われました。 皆を代表して感謝の言葉を述べさせていただきます」

「こちらの方こそ、ドラゴンに関する貴重な助言を頂きありがとうございます。 あのまま放置すればどこかに飛び立って何らかの被害を国民にもたらしたでしょう」

「しかしながら貴国の軍事力には驚かされました。 私どもの軍が全く太刀打ちできなかったドラゴンを仕留めてしまうなんて」

「我が国はこのような護衛艦を50隻程所有しております」

「何と、ここまでの戦力があるとは驚きです」


 初めのうちこそ穏やかに会談が進んでいたが、不意に松坂は隣に座る福島に声をかけると彼はパソコンを開いて一同の前にある映像を映し出す。

 その映像を見た瞬間、先程まで平静を保っていたレジーナの顔が一瞬で強張ってしまう。


「先日、我が国の水上飛行艇であるUS-2が小笠原北部にある聟島列島北東10海里付近において見つけたものです」


 画面には穏やかな海面上に白い霧の立ちこめるドーム状の物体が映し出されており、その中に飛び込んで姿を消してしまうドラゴンの姿があった。


「恐らくあなた方がこの世界に来た原因と見て間違いないでしょう。 現在は我が国の海上保安庁の巡視船と護衛艦が協力して海域の封鎖に向かっております」

「この件は国民には?」

「落ち着いたら公開するつもりです、何せ昨夜のドラゴン騒ぎもあって多くの国民が不安を感じておりますしね」


 帰れるかもしれない希望を前にし、レジーナだけでなく後ろで見守るフィリアも思わず色めきだってしまう。 はやる気持ちを抑えつつ彼女は松坂の方に目をやると彼はにこやかな笑みを見せながらも更に口を開く。


「このままですと再び危険生物であるドラゴンが現れる恐れがありますが、いつまでも貴重な護衛艦を貼り付けるわけにはいきません。 そこで私どもはこれが発生した原因を突き止めるため、あなた方の世界にこの艦を派遣しようと考えております」

「願ってもないことです!!」


 予想以上の条件にレジーナは交渉の糸口を掴んだと感じ、傍らに置いていた同盟締結案を松坂に手渡す。 お互いの世界を行き来する方法が見つかった手前、王女である自分が帝国よりも先に同盟案を提示すれば快く受け入れてくれるかもしれない。 ほのかな期待を抱くレジーナであったが、肝心の松坂の方はその案を見た瞬間、予想外な反応を示す。


「私どもはあなた方を送り届けた後、あれを海の上から無くしたいのですが」 

「そんな!?」


 困り果てた顔をする松坂の言葉にレジーナを思わず身を乗り上げてしまう。


「基本的に貴国と何らかの取り引きがしたいわけではありません」

「何故ですか? 私の国は帝国の脅威にさらされているんですよ」

「貴国を救うメリットがありません」

「掲示された報酬では満足できないのですか?」

「いえ、基本的に平和憲法を掲げる我が国は諸外国の戦争に関与しない方針なので」


 松坂はレジーナの言葉をのらりくらりと躱し、日本側の方針を伝え始める。 

 日本政府は基本的に異世界のどの国とも同盟を結ぶつもりは無く、当然ながら国交を結ぶ計画も無い。

 簡単に言うと異世界で何が起ころうとも日本には一切関係無いことであり、お互いの国家同士でかかわり合いを持つつもりも無いというわけだ。


「そもそもあなたの国を日本政府は国家として正式に認めておりません」

「そんな......」


 国際法においては国家の基準で一番肝心なのは他の国から独立国として認知されることである。 いくら自分のいる土地を独立国だと訴えたところで周辺国が認めなければ無政府状態とされてしまい、領海も認められずに公海として扱われてしまう。 決まった政府が無く内戦状態にあるソマリアが良い例であろう。


「正式な調査結果が無い手前、このような交渉は認められないでしょう」

「私の国は今も帝国の手によって多くの人々が苦しめられています。 お願いです、この国の力をお貸しください!!」


 なおも食い下がろうとするレジーナを前にし、松坂は表情一つ変えずに国際法について説明を始める。


「例えあなたの国を独立国として認めたところで同盟を結ぶのは難しいでしょう。 この世界の常識を存じ上げぬようなので説明しますが、国際法という概念の中では周辺国の争いに対する不介入という鉄則があります。 戦争というものは双方の国同士の外交の延長線上に起こるものであり、直接的な被害のない国は介入してはならんのです」

「帝国の侵略戦争を認めるのですか!!」

「確かに侵略戦争は国際法において悪と見られておりますが、100年という長き戦いの中で和平の道もあったでしょう?」

「そ、それは......」


 松坂の言葉に対し、レジーナには思い当たる節があった。 過去に大きな勝利を収めた際、多くの捕虜を得たことがあったが、ときの司令部は彼らを和平交渉の材料にせずに殺してしまったことがあったのだ。


「やはり、心当たりがあるようですね。 一方的にやられているのならともかく、対等に長く戦ってこられたのなら侵略と認めるには無理があります」

「防衛戦争です!!」

「残念ながらどの国も戦争をするときはそれを言い訳にします。 私も一方的にあなたの意見を受け入れるわけにはいかんのです。 せめて帝国側の代表者を交えての和平交渉ならご協力できますが」

「そんなことできません......」

「ならこの話はここまでとしましょう。 見返りは求めませんのであなた方を万全の態勢で送り届けるように計画を立てておきます」


 うなだれるレジーナを尻目に会談を終えた松坂は席を立ち上がる。


「あなた方には出発までの間この艦で暮らして頂きます。 国賓として扱う手前、決して早まった行為をしないで下さい」


 そう言い残して松坂は福島と一緒に部屋をあとにする。 残されたレジーナは項垂れたまま何も喋ろうとはしない。


「私じゃ力不足だった......」

「レジーナ......」


 交渉に失敗し、敗北感にうちひしがれる彼女を前にして守は言葉に詰まってしまう。 松坂の言葉は守の頭でも理解できることであり、文句のつけようのない内容であった。 

 いくら多くの人々が苦しめられているからといってむやみやたらと片方の肩を持ったところで良い結果を残した事例は無きに等しい。 レジ-ナの作った同盟案に対し、松坂は一国の総理として当然の行為をしたのである。

 守の目の前には昨日まで同盟案の締結に力を注ぎ、今朝に首相が来ると聞いたときは自身の案に絶対の自信を持っていた彼女の姿はなく、己の無力さを悔やむ一人の少女の姿があった。


「今日はもう休みなよ、疲れてるだろ?」


 守は何とか彼女の手を引いて部屋に戻ろうとすると森村に呼び止められてしまう。


「ご苦労だったな、彼女にとって残念な結果になってしまったが帰れる手段が見つかっただけ良しとしようじゃないか」

「艦長はこのまま彼女を送り届けるべきだと考えていますか?」

「俺の気持ちはどうであれ最高司令官の命令には逆らえんよ」


 森村はそう言いつつも守に一本の鍵を手渡す。


「これは?」

「今日から彼女を正式に国賓として扱うことになったから特別公室の使用を許可する」

「特別公室ですって!?」


 それは公室と同様にVIPを対象として設計された部屋であり、守自身一度も入ったことがない部屋であった。

 

「総理の置き土産もあるからな。 内部は既にお嬢ちゃん達の手で手入れ済みだから今から行っても大丈夫だ、案内してやれ」

「ありがとうございます!!」


 守は失意に暮れるレジーナの手を引いて特別公室へと足を運ぶ。

 公室の一つ上の甲板に設計されたその部屋は、入り口のドアの段階で他の区画と大きく異なる。

 皇族や海外の王室、総理大臣くらいにしか利用を許されないその部屋の入り口は高価な木製で真鍮製の金具が取り付けられており、重厚さを醸し出している。

 始めて入る部屋を前にして守は興奮が抑えられず、ドアを開けると正面に天皇、皇后両陛下の写真が目に入ってしまう。


「凄いだろ、皇族が利用することを見越してるんだぜ」

「先輩!?」


 室内には真新しく可愛らしいフリルの付いたメイド服を着るジルと制服姿の広澤の姿があり、奥にはお付きのメイド達の姿があった。


「相変わらず無駄に広いなこの部屋は」


 公室と変わらない二十畳ほどの広間には高価なソファーが並び、壁には絵画や掛け軸が掛けられ、奥の台座には金彫りの鮭を咥えた熊の像が飾られており、天井にはガラス製のシャンデリアが吊り下げられている。


「この鮭熊なんて二千万もするらしいぜ」

「凄い......」

「風呂は檜で作られていて便座の蓋に至っては人間国宝の手によって煌びやかな模様が描かれてる有様だ」

「ここが護衛艦とは思えないです」

「まあな、火がつけばよく燃えるという難点を覗けば良い部屋だぜ」

「こんな部屋、初めてよ......」


 余りの光景に先程まで塞ぎ込んでいたレジーナは驚きを口にしてしまう。 広さは劣るものの、王宮ですら味わうことのなかった豪華な装飾の室内。 水洗トイレや入浴設備も完備されたこの部屋は正に王族である彼女に相応しい代物であった。


「こちらの服も素晴らしいですよ」


 ジルの言葉を受けて広間の隅に目をやると複数の衣装が飾られており、真珠をちりばめたドレスや西陣織の着物に見たこともない光沢を放つイブニング。 産業革命中の帝国でも目にすることがないであろう煌びやかさにレジーナはうっとりと見とれてしまう。


「全て日本政府からの贈り物だそうです」

「何てこと......」


 強大な武力や高い技術力だけでなく、優れた芸術性を持つ日本の力を目の前にしてレジーナは言葉を失ってしまう。 その反面、彼女はこれだけの力を持つ国と同盟を結べなかったことに虚しさを感じてしまう。

 

「ここには大きなツインベッドがあるから今夜はぐっすり休めるよ」


 広澤が寝室のドアを開けた瞬間、目の前に入った光景を見て一同は青ざめてしまう。

 剛胆な性格であった広澤でさえその光景を目にして言葉を失ってしまった。


「やっほー、元気してる~」


 そこには色とりどりの酒瓶が転がる中、浦賀と共に酒盛りをしている雪風の姿があった。

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