第8話 東京湾砲撃戦
夕日が見える中、首都高の一角において前後を高機動車に挟まれる形で進む73式大型セミトレーラーの姿があり、それは異世界生物の存在を国民の目からごまかすために茨城県の某研究所へと向かっていた。
「やれやれ、お偉いさんはこいつを隠してどうするつもりなんすかね」
「剥製にでもするんだろうな」
運転席で愚痴を呟く陸曹に対し、隣に座る鏑木1尉はスマートフォンを取り出して娘の画像を映し出す。
「今日は娘の誕生日だってのに」
「お気の毒ですね」
この日は娘の誕生会のために早く帰るつもりであったにも関わらず、突然上司からドラゴンの搬送命令を受けたことによって帰れなくなったことに鏑木は不満を隠せていない。
「こんな生き物がいるなんて聞いてないぞ」
「娘さんのプレゼントに持って行きましょうか?」
「うちの子はまだ5歳だ、こんな恐ろしい物を見てしまったらトラウマになってしまうよ」
「そうっすよね、俺も初めてこいつを見たときはビビりましたよ」
トレーラーの荷台にあるコンテナの中に収められたドラゴン。
尾を入れた全長約13メートル、重さ10トン以上のその生き物の存在は彼らにとって並々ならぬ危機感を抱かせる代物であった。
「何食ったらあんなにでかくなるんですかね?」
「それよりも俺はこいつがどうやって空を飛んだのかが気になるがな」
「まるでうちのナナヨン(74式戦車のこと)に翼をつけた感じがしますもんね」
「全くだ、非常識な体のつくりをしやがって」
不意に鏑木はサイドミラーを使って後ろのコンテナを眺めてみるとそれが奇妙な動きをしていることに気付いてしまう。
「おい...動いてるぞ...」
「へ!?」
その瞬間、コンテナが揺らされたことにより車体のバランスが崩れてしまい陸曹はハンドルを取られてしまう。
「い、1尉、どうなってるんですか!?」
「そこの脇に停車するんだ!!」
「だ、ダメです、ハンドルが!!」
大きな衝突音と共にトレーラーは高速のガードレールにぶつかり、後ろを走っていた高機動車も巻き添えを食う形で追突してしまう。
シートベルトをしていたものの、ぶつかった衝撃で頭をふらつかせつつも車から降りた鏑木の目の前にはコンテナの箱を食い破り、外へと出ようとするドラゴンの姿があった。
「死んでなかったのか......」
「うらが」から載せられる前に入念なチェックを行って死亡を確認したはずのドラゴンが息を吹き返していたことに彼は驚きを隠せないでいる。
ドラゴンは強引にコンテナを破壊して全身を露わにすると同時に大きく羽ばたき始める。
「あの巨体で飛べるのか!?」
鏑木を含め、居合わせた自衛官達が唖然とする中でドラゴンは体が浮き上がると同時に首都高から飛び去ってしまう。 その姿は自衛官達だけで無く、首都高にいた一般市民の目に入ってしまいあちこちから写真撮影を試みる光景が生まれれてしまう。
程なくして呟き系サイトでは奇妙な投稿画像が相次ぐなど、インターネット上で首都に突然現れた怪奇生物に関する情報が錯綜する。
最早ドラゴンの存在を国民に隠し通せる状況では無かった。
『皆さん、今私の目の前に伝説の物とされていたドラゴンの姿があります。 あれは今から一時間程前、洋上結婚式をしていた客船「オリエンタル号」の上空に突然姿を現し、甲板に降りたった瞬間に式で出されていた料理をあさり始めてしまいました。 船長の判断によって乗員乗客は無事に避難できましたが、現在もドラゴンは無人で漂流しているこの船を占拠し続けています』
建物の屋上にいる報道キャスターの指さす先には占拠した客船の甲板上で体を休めるドラゴンの姿があり、結婚式で出されていた料理を全て平らげて満足したのか動きは静かになっている。
「あちゃ~大騒ぎだなこれは」
艦長室でテレビを見ていた森村はソファーに座る守達に視線を移す。
「あれは確かに死んでいたと聞いていたが」
「ドラゴンには仮死状態にして体を回復させる特徴があると聞いたことがあると」
「やれやれ、首を切るなどしてちゃんとトドメを刺しておくべきだったな」
「ドラゴンの鱗は鎧の材料にされるほど強靱であり、鋼の剣でも太刀打ちできないとのことです」
守の通訳でレジーナからドラゴンの特徴を聞かされ、森村は目頭を押さえてしまう。 自分が帰ってくるのと入れ違いでドラゴンが搬送されてしまったので今更後悔するつもりは無かったのだが、安易に搬送を命じた上層部の愚かさに呆れて物が言えなくなってしまう。
しかし、レジーナはそんな森村を見つつもドラゴンについての情報を説明する。
「人間を食べることは無いと」
「なぜ?」
「不味いからではないかとのことです」
「随分とグルメな種族だな。 まあ、だからこそご馳走が並べられた洋上パーティーを襲ったってことか」
再びテレビの方に視線を移すと客船の方へ近づく海上保安庁の巡視船の姿があり、船首の機銃がドラゴンに向けて旋回する。 しかし、ドラゴンは身の危険を感じたのかその巡視船に向かって勢いよく炎を吹き出してしまう。
「これは無いだろ......」
あまりの光景に森村は言葉を濁してしまう。 攻撃を受けた巡視船は船首から黒々とした煙を出しながら客船から離れて行く。
「炎も吐くから気をつけるようにと」
「これも魔法の力ってやつか」
「ドラゴン一頭で大型軍船10隻に相当する戦果をあげているらしいです」
「現在の保安庁じゃ力不足だな」
森村は椅子から立ち上がると同時に携帯電話を取り出してある番号へと繋げる。
「もしもし、鳴瀬か? そうか、やっぱり横須賀に戻る途中で市ヶ谷にUターンしているか。 車の中でニュースは見ただろ? ああ、保安庁じゃ手に負えないみたいだよな」
護衛艦隊司令に向かって森村はある提案を持ちかける。 電話越しにいる彼はその提案に対して苦言を漏らしていたが、森村はたじろぐこと無く言葉を続ける。
「仕方が無いだろ? 横須賀にいる艦隊がどうがんばって出港しても駆けつけるのにあと二時間はかかるからな。 ここには「ゆきかぜ」がいるんだ、え、いけるのかって? うちの乗員の腕を信用しろよ」
市ヶ谷へ引き返す車内で森村からの提案を受け、鳴瀬は毒気付きながらも携帯電話の電源を切る。
「まもなく到着します」
運転手の言葉に対し、鳴瀬は目頭を押さえつつも片手を上げて応える。
捜索の件を自衛艦隊司令に託し、一足先に横須賀に戻ることにした自分に森村はまた厄介な案件を持ち出してきた訳であったが、ある意味合理的な判断であることから話を進めてみる必要がある。
「色々と苦労されているみたいですね」
一年近く専属で勤めてくれた車両員の言葉に鳴瀬は少なからず感謝の気持ちを抱いてしまう。
「厄介な部下を持ってしまったよ」
「また森村1佐ですか」
「ああ、あいつ前代未聞のとんでもない提案を持ち出しやがった」
「でも試してみるんですよね?」
「ああ、このままじゃ取り逃がしてしまう可能性があるからな」
市ヶ谷に到着した鳴瀬は残り少ないと思われる時間を惜しみ、森村の提案を実行するために奔走することになる。
「確かにドラゴンがいるわね」
艦橋上部に立つレジーナが双眼鏡で見ている先には甲板をドラゴンに占拠された状態で漂う客船の姿があった。 艦長室での一件以降程なくして「ゆきかぜ」にドラゴン討伐命令が下り、彼女達は森村の薦めに従ってこの場に陣取ってこれから行われる作戦を見学することにしたのである。
「まさか艦長もあんな作戦を思いつくなんて」
「言ったろ、あの人は相当な変わり者なんだって」
レジーナの後ろで見守る守の言葉に対し、隣で立つ広澤は得意気に語る。
晴海に停泊状態でありながらも艦橋内では森村を含む艦橋要員達が慌ただしく動き回り、艦内では砲雷科や船務科員が攻撃命令を受けて武器の作動確認をする傍らでは、手空きとなっていた機関科や補給科、飛行科の面々は物見遊山が如く飛行甲板に集まって客船を眺めている。
「東京湾で発砲するなんて前代未聞ですよね?」
「どうやらあの船の所有会社は首相の重要なスポンサーらしいからな。 下手に漂流された挙げ句に沈んでほしくないって泣きついたかもしれん」
「上手くいきますかね?」
「さっき台長が砲身に御神酒を注いで必中祈願したから大丈夫だろ」
広澤は「ゆきかぜ」の主砲本体を預かり、乗員達から台長(正しくは砲台長、射撃員長が務めること多し)とあだ名される加納1曹の名を口にする。
昔と違って現在の主砲操作はCICの指示を受けた射撃管制員の手によって行われるため、加納自身が狙って砲撃するわけではないのだが彼の主砲に対する思い入れは強く、今はほとんど実施されることのなくなった射撃前の願掛けを実施する昔気質の人物である。
「野郎ども!! 一撃必殺じゃあ!!」
「「「了解!!」」」
砲塔内では台長指揮の下、射撃員達の気合いのこもった声が響き渡る(因みに現在の主力護衛艦の多くが砲塔内は無人化されており、このような光景は見られなくなっている)。
「砲雷長、大西、頼むぞ」
加納は管制を担当する砲雷長と射撃管制員長である大西1曹の名を口にする。
二人とも加納が無二の信頼を寄せる腕前を持っており、去年実施された対空標的を使った射撃訓練では目標命中という好成績を叩き出している。
「台長気合い入ってるな」
広澤がその言葉を言った瞬間、「ゆきかぜ」艦首にある主砲「73式54口径5インチ速射砲」が大きく旋回し、砲身を客船に向ける。
既に旧型と認知されているものの射程約23キロで毎分40発の発射能力を持ち、訓練では何度も対空標的を打ち落とした挙げ句、標的艦に対する射撃訓練では百発百中の命中率を発揮していた「ゆきかぜ」の主砲はイージス艦にも負けないと言われている。
『目標との距離3マイル(1マイル=1.852キロ)』
艦内に響き渡る号令。 現代における砲撃戦では目と鼻の距離に近いが、目標が小さいため一撃での命中はかなり難しいかもしれない。
保安庁や警察によって海域は封鎖されているものの、何度も発砲すれば流れ弾によって一般船舶や建築物に被害が及ぶ危険性があるため外すわけにはいかなかったが、日頃の訓練において海上に浮かぶ小さな標的を目標に訓練を重ねてきた乗員達にとってそんなことは問題ではなかった。
『打ちい方はじめ!!』
その号令を合図に船体を揺さぶる轟音が響き渡る。 初めて味わう体験にレジーナ達が驚く中、打ち出された速射砲弾は狙い通りの方向に飛翔し、客船で陣取るドラゴンの体に命中する。
「グギャア!?」
肉眼では小さく見える艦から発射された砲弾によって胴体に風穴を開けられ、鮮血をまき散らしながら悲鳴を上げて倒れ込むドラゴン。 倒れた後はピクリとも動かなくなり、静かに息絶えてしまう。
『目標命中!!』
「「「よっしゃあ!!」」」
観測をしていた隊員の言葉をうけ、艦橋内は歓喜に沸き立つ。
艦首の方では砲塔を操作していた隊員達が集まり、万歳三唱をして加納が胴上げをされている光景があった。
「皆、良くやった」
艦長の言葉を受け、主砲発射を指揮していた砲雷長である高見沢3佐は涙を滲ませる。 日の差さない夜間、客船から発する僅かな明かりだけを元にしてドラゴンを仕留めるのは困難な行為であったが、彼を含め砲雷科員達は見事任務を達成して見せたのである。
「今日は祝勝会だ!!」
「大西、やったな!!」
「加納、お前もな」
「店の酒、全部飲んでしまいましょう!!」
「お前ら、俺も誘えよ!!」
加納と大西がガッシリと握手してお互いの健闘をたたえ合い、高見沢が見張りで使われる艦橋右ウィングから砲雷科員達に喜びの言葉を伝える中、艦橋上部では双眼鏡を持ったまま体を震わせるレジーナの姿があった。
「嘘でしょ......あのドラゴンをいとも簡単に一撃で仕留めるなんて」
「姫様、私もこのようなものを目にするとは思いませんでした」
ジルがそう言葉をかけるもレジーナは双眼鏡を降ろし、目を見開いた状態でありながらもフィリアの方へと振り返る。
「この艦さえあれば帝国を倒せるかも......」
「姫様、まさか」
「決めたわ、今すぐこの国と同盟を結ぶ用意をしましょう」
「しかし、一国の王女が国王の許しを得ずに勝手に同盟を結ぶなど......」
「あの無能に何が出来るって言うの? 父と違ってあの男は帝国に媚びへつらう売国奴よ」
「いくら姫様でも陛下のことを悪く言ってはなりません!!」
「あなたの仕えるべき相手はあの男だったかしら?」
レジーナの鋭い視線を受け、フィリアは言葉に詰まって俯いてしまうも、しばらくして顔を上げると同時に口を開く。
「姫様です」
「よろしい、なら今すぐ同盟案を纏めるから皆を集めなさい!!」
レジーナはフィリアにそう指示すると守の手を掴んで口を開く。
「あなたも手伝いなさい!!」
「へ!?」
「今のところあなたしか私達の言葉を訳せないんだから手伝えって言ってるの!!」
「ちょっと待ってくれよ!?」
レジーナ達の手によって守は強引に艦橋から連れ攫われてしまう。
一人残された広澤はそんな光景を見送りつつ客船の方へと視線を移す。
「こいつは面白くなってきたな」
視線の先では漂流する客船の動きを止めるために近づくダグボートの姿があり、上空からは保安庁のヘリが客船に近づいて隊員を降ろしている光景があった。
この事件を契機に、多くの人々の目に入ったドラゴンの姿は翌日の新聞紙面やニュースの注目の的となってしまい、インターネット上では政府の陰謀論がまことしやかに囁かれるようになる。