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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
幼い恋
9/55

08


エルフィードにとって、その見合いは拷問のような時間だった。

相手の女性の香水の匂いがきついのもしんどいと思ったし、街の女性たちの流行の話や、自分の身につけている宝石の自慢…

ひたすら、相手の女性のよく分からない話を聞いているだけだった。

濃すぎる口紅と、見苦しいまでに開いた胸元で眩しく光る大きすぎる宝石がとにかく見ていられなかった。


適当に受け流し、時間が来た時にはあからさまに安堵してしまった。




そして、今。


その女性の帰りを見送る為、エルフィードたちはクラーク邸の門の前に立っている。

名残惜しそうな女性に対し、エルフィードは曖昧な笑顔を浮かべるだけだった。


「エルフィード様はとても素敵な方だわ。今度、お屋敷にお邪魔しても?」

「え、ええ。田舎の屋敷ですが…」

「なら、また後日。改めてお伺い致しますわ」


濃いピンクのドレスを翻し、その女性はエルフィードに手を振った。

いかにもお金持ちと言う雰囲気の華美な装飾が施された馬車に乗り込み、その女性は笑顔で再び手を振った。

クラーク邸の門の前で、その女性が発つのを見送ったエルフィードは、すぐ後ろで笑顔で手を振っていたハーヴェイを睨みつけた。


「ナンシー・バベッジ嬢、王都でも有名な宝石商のご令嬢だ。良い相手だろう?」


エルフィードの睨みなど全く気にする様子も無く、ハーヴェイは上着のポケットから数枚の紙を取り出した。


「…ああいうごてごてと着飾る女性は好きじゃない」

「まあ、そう言うな。これにバベッジ嬢の来歴と趣味や好物が書かれている。お金持ちのお嬢様と結婚したら、金銭的援助も貰えるだろう。出世する時に楽出来ると思うぞ」

「金銭的に困っていることは無いし、お金で出世を買うつもりも無い」


お金や出世の為に望んでもいない結婚をするなんて、エルフィードには信じられなかった。

自分自身も許せないだろうし、相手にも失礼極まりない。

少し息を荒らげるエルフィードに対し、言うと思った、と言わんばかりの顔でハーヴェイは軽く両手を挙げて見せた。


「要は箔の問題だよ。結婚相手にして、プラスになってもマイナスになることが無い。それで良い。相手のご令嬢だってそうだ。お金はあるが、身分は貴族階級には入れていない。バベッジ家も貴族と結婚して箔をつけたいんだ」


納得がいかないという表情でエルフィードはハーヴェイを一瞥したが…

これ以上何を言っても、ハーヴェイの持論で言い負かされてしまう気がする。

結局、言葉では勝ち目など無いのだ。

エルフィードはそのまま無言で自分たちの馬がつながれている厩に足を向けた。


「帰るのか?泊まって行けば良いだろう?」

「いい。シャレルが待ってるからな」

「仲が良くて何よりだよ」


お前が押し付けてきたんだろう、と苛立ったエルフィードだったが…

ここでこの従兄弟と何か言葉を交わしたところで、更に良くない方向に話が進められそうで。

言いたい言葉をぐっと飲み込み、エルフィードは一言「失礼する」とだけ言い、さっさと厩へと向かった。

ハーヴェイもそれ以上何も言わず、ただ「気をつけて」と手を振るだけだった。











「思ったより遅くなったな…」


辺りはすっかり闇に包まれており、手持ちの小さなランプでは、足元を照らすぐらいしか出来ない。

細くて舗装されていない田舎の夜道は、馬では通りにくいはずだが、エルフィードもコートネイも慣れた様子で歩を進めた。


「随分と暗くなりましたね。足元に気をつけて下さい」


コートネイが手持ちのランプで足元に転がっている大きな石を照らす。


「大丈夫だ。馬の扱いにも、この道にも慣れている」

「ごもっともです」


騎士の家系というだけあって、エルフィードは幼い頃からとことん馬術を叩き込まれた。

剣技や体術においても父やコートネイの厳しい特訓の日々を幼少の頃から過ごした為、同じ年に騎士隊へ昇格した者たちの中でその実力は群を抜いていた。


慣れた様子でエルフィードとコートネイは夜道を進んでいく。

少し急ぎ足で帰ってきたが、それでも二人がフェイル邸へ帰ってきたのは、随分と夜も更けてきた頃だった。


「もう、シャレルも寝た頃だろう」

「そうですね。お嬢様は朝が早い方ですので。もうご就寝のお時間ですね」


音を立てないように、コートネイがゆっくりと扉を開ける。

手袋を外しながら、エルフィードもあまり足音を立てないように屋敷の中へと入った。


「コートをお預かり致します」

「ああ」


コートネイに上着を渡し、エルフィードは薄っすらと明かりが灯っているだけの階段を音を立てないように登った。

今日は疲れた。

階段を一段登るたびに、溜息が漏れる。

また来ると言っていたバベッジ嬢を思い出すと、更に溜息の回数が増えた。


ちょうど踊り場に出た所で、上の方から小さな声が聞こえてきた。


「…シャレル?」


薄暗い中、小さな影が階段を小走りで下りてくる。

あと2、3段で踊り場までたどり着くという所で、シャレルは勢い良くエルフィードに飛びついた。


シャレルを両手で抱き上げ、エルフィードはその柔らかな頬をそっと撫でた。

シャレルは嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。

それがまた、たまらなく可愛らしかった。


「おかえり」

「…まだ寝てなかったのか」

「待ってるって言った」

「もう眠いだろう。無理しなくても良いのに」

「眠くない」


そう言いながらも、眠そうに目をこするシャレルに、エルフィードの顔も自然と綻んだ。

シャレルを抱きかかえたまま、また階段を登っていく。

さっきのように一段ごとに溜息が出ることは無くなった。

気分もずっと軽くなった。


「…エル、変な匂いがする」

「何?」

「女の人がつける、香水の匂い」


エルフィードの首にしがみついていたシャレルが、鼻をすんすんと鳴らした。

ああ、とエルフィードは自分の服の匂いを嗅いだ。

さっきのバベッジ嬢の移り香だろう。

部屋に充満するほどにきつい香水だったから、馬を駆けて帰って来てもまだ残っていたのだろう。

この匂いはあまり好きじゃないな、とエルフィードが思っていると…

腕の中のシャレルがいつもより力を込めて、エルフィードの胸を叩いた。

いつもなら、一度叩いたらそれで満足するシャレルが、今日は中々それを止めてくれない。


「ごめんって」


何に怒っているのか分からないまま、とりあえずエルフィードは謝った。

それが気に食わなかったのか、シャレルは小さな手でエルフィードの頬を叩いた。


「痛いって。だから、悪かったって」


シャレルの平手打ちを片手で防ぎながら、エルフィードは何が何だか分からないまま、とりあえず何度か謝った。

暫くの間、シャレルは怒って胸を叩いたり、頬を叩いたりしていたが、疲れたのか黙って口をへの字に曲げてそっぽを向いた。


「降ろして」

「はいはい、悪かったよ」


シャレルはエルフィードの腕から降りると、すぐに自分の部屋へ向かって走って行った。

エルフィードは未だにシャレルが何に怒っていたのか分からないままだったが…

それを考えるよりも、疲れきっている体を休めたいと、エルフィードはまた溜息を一つつき、自室へ足を向けた。




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