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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
番外編
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家族の話


街のすぐ裏には、緑豊かな森が広がっている。

その森では、大きな音と共に何本もの木が倒されていた。


「エルフィード、こっちの木はどうしたらいい?」

「おーい、あっちの木を倒し損ねたんだが、どう運んだらいいんだ?」


周囲からの問いかけに、エルフィードは地図と注文書を広げながら的確に答えていく。

木を切り倒し、それを街の外れにある加工場まで運ぶ…

そして木材を加工し、木材商に売るというのが、今のエルフィードの仕事だ。


「そっちの木は、そのまま柱に加工するから傷をつけないでくれ。一番最後に積むように。倒し損ねた木は、家具用にする。細かく切って運び出してくれ」


注文書を見ながら、どの木をどう使うかを判断し、それに合わせて周囲に指示を飛ばす。

もっと力仕事に就くつもりで選んだ仕事だったが…

こういった現場を纏める方も性に合っていたようだ。


現場は今まで、言われた木を何も考えずにただ切り倒して運んでいただけらしい。

そのせいで度々、加工場を困らせることもあった。

加工場の仕事も手伝うちに、運び出す時に少し工夫すれば、もっと互いに楽に仕事を進められる。

そう考えて始めたことが、その通りだったらしい。


「本当、助かったよ。今までならなあ、倒し損ねた木も無理矢理運んでたから、時間もかかってな」


ははは、と豪快に笑いながら、エルフィードより頭一つ背が高い男が近づいてきた。

今の同僚で、年も近いこのダンドリーは、エルフィードにとても良くしてくれていた。


「そう言われると嬉しいよ」


案外簡単なことなのだが、今まで誰もしなかった。

互いに意見を交換しあうことも無かったのだろう。

簡単なことなのに、と思うが…互いの仕事をこなしているだけ、というのはよくある話だとダンドリーもぼやいていた。

それと同時に、エルフィードのお陰で仕事がやりやすくなった、とダンドリーは口癖のように言っていた。

騎士の仕事も好きだったが…エルフィードは今の仕事も同じぐらい好きだと感じている。


軽い談笑も交えながら、最後の運び出しの作業を進めていく。

日が沈みかける前に、エルフィードたちは現場を後にした。


その後は加工場の仕事も手伝う。

日がすっかり暮れてから、エルフィードは一日の仕事を終えた。


「エルフィード、今度、うちの奥さんが子供の誕生会するって言うんだ。遊びに来てくれよ」


帰り際、ダンドリーに声を掛けられ、エルフィードはその誘いに笑顔で承諾した。


「ダンドリーのところは幾つになったんだっけ」

「今度、二歳になる。そうだ、エルフィードの奥さんも連れて来ていいから」

「ああ、聞いておくよ」


新しい土地で知り合いもいないのだから…シャレルを連れて行けば、もしかしたらダンドリーの奥さんと良い友達になれるかもしれない。

以前はシャレルを人前に連れて行くことを好まなかった節もあったエルフィードだったが…

今はそういう独占欲はあまり無い…つもりだ。

それよりも、ダンドリーがいつも可愛い可愛いと口にする子供に会ってみたいと、そう思った。

シャレルも子供が好きなので、連れて行けばきっと喜ぶはずだ。


「ダンドリーの子供は…可愛いんだろうな」

「当たり前だろ。エルフィードも自分の子供は特別可愛く思えるって」

「だろうな」


いつか、自分たちにも子供が出来たら…きっとダンドリーのように毎日、可愛いと口にするのだろう。

それこそ、目に入れても痛くない程、可愛がるだろう。

そんなことを思いながら、エルフィードは家路についた。








「エル、おかえりなさい!」


帰宅すると、シャレルがいつものように抱きついてきた。


「ただいま」


抱きついてきたシャレルを両手で受け止める。

その後ろからコートネイとセイムもやって来た。


身分も屋敷も捨てた後でも、この二人には世話になっている。

一緒に食事を楽しむことも多い。

よく家に来て、シャレルとお茶を楽しんだり、庭いじりもしているようだ。


「おかえりなさいませ、エルフィード様」

「もう、様なんてつけなくていい。二人とも、今日は晩ご飯食べて行くんだろう?美味しい果実酒を貰ったから、それも飲んでいってくれ」

「ええ、それですが…先にお嬢様からご報告が」


にっこりとセイムとコートネイが顔を合わせる。

何だろう、とエルフィードは首を傾げた。


「何かあったのか?」


隣に立つシャレルに目を遣ると、嬉しそうに小さく頷いた。


「エル、あのね…!」


ぎゅっとエルフィードの手を掴み、シャレルが目を輝かせながら言葉を続けた。


「赤ちゃんが出来たの!」

「…赤ちゃん?」

「そう、私たちの赤ちゃん!」


暫く目を見開き、驚いていてエルフィードだったが…すぐにその顔を綻ばせた。

シャレルを抱かかえ「嬉しいよ、ありがとう」と繰り返しながら。


「お二人のお子様なら、可愛いでしょうね」

「子育てなら張り切ってお手伝いしますからね!」


コートネイとセイムも満面の笑みを浮かべていた。


小さな家で、その日は小さな宴会が開かれた。


セイムとシャレルが腕によりをかけて作った料理がテーブルの上に所狭しと並べられ…

コートネイがお祝いに、と買ってくれた焼き菓子を切り分け…思い出話にも花が咲いた。

エルフィードの小さかった頃の話や、初めてシャレルが家にやって来た日のことも。


「シャレルを引き取った時も、新しい家族が増えたなって思ったけど…また違う嬉しさがあるな」

「これからもっと増えるわ。私、家族って憧れだったの。いっぱい欲しいわ」


一人ぼっちで家族の温かさを知らずに育ったシャレルは、今、手にしている幸せを噛み締めていた。

ずっと好きだったエルフィードとの間に新しい家族が出来た。

胸の奥からじんわりと広がる温かさと嬉しさを感じる。

それはエルフィードも同じだった。


生まれてくる子供は、どちらに似るだろうか、なんてことを語り合いながら、楽しい時間が過ぎていく。


小さな家で、その日はずっと楽しげな笑い声が響いていた。


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