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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
白い花の決断
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「今度こそ、ちゃんと伝えろよ」


パーシーに案内された扉の前で、エルフィードはゆっくりと息を吸った。

途中で王城の一階と二階を警護していた同僚のレドモンドとも合流することになり…

パーシーの激励の後に続いて、レドモンドからも何だかんだと声援を受けた。


「…迷惑かけてすまない」

「いいって。お前には色々と世話になったしな。俺らのことはいいから、頑張れよ」


パーシーはエルフィードの前に立ち、勢い良く扉を叩いた。

それに続き、レドモンドが声を張り上げる。


「失礼します。エルフィード・フェイル殿がお見えになられました」


扉の向こうからは何の返答も無い。

暫くして、ようやく一つの足音が扉に向かって来る音が聞こえてきた。


「…エルフィード」


パーシーは自分とレドモンドの後ろにエルフィードを立たせた。

ほんの少し扉が開かれ、中から険しい表情をした侍女のマリーが顔を覗かせた。

じろり、と扉の前に立つエルフィードを睨みつけ、マリーは何も言わずに扉を閉めようとしたが…

その扉に手をかけ、パーシーが「失礼致します」と声を張り上げた。


「あ、あなたたち…!」


パーシーとレドモンドが扉を大きく開き、その両端に立つ。

マリーが苛立ったように「帰りなさい」だとか「無礼ですよ」と、いくら口にしても、パーシーもレドモンドもまるで聞こえていないかのように、その場で背筋を伸ばして立っているだけだった。

そんなマリーの前にエルフィードが一歩進み出る。


「もう一度、シャレルに会わせてくれませんか」

「…出来ません」


苦々しい表情を浮かべながらマリーは首を横に振り、エルフィードを廊下へと押し出そうとした時だった。

部屋の奥にある扉が開き、聞きなれた声が響いてきた。


「どうかしました?」


聞きなれている筈の声に、これほど緊張したのは初めてだ。

エルフィードはじっとその声が聞こえてきた扉を見つめていた。


扉の向こうから現れた見慣れた筈のその姿でさえ、たまらない愛しさがこみ上げてくる。

失くすことを思い知らされて初めてエルフィードは気がついた。

自分はこれほど彼女を愛していたのだと。


「シャレル」


ずっと呼んできた名も、口にするだけで切なくなった。


自分の名を呼ぶエルフィードの声に、シャレルは目を見開く。

口を手で覆い、暫く何も言葉に出せないかのように驚いた。


「エル…どうして」


騎士隊の制服のまま、先ほど別れを告げた時のまま。

その時より幾分か服も髪も乱れている。

笑顔で別れたはずだったのに…シャレルはどうすればいいのか分からず、黙ってエルフィードを見つめていた。


シャレル、ともう一度名を呼び、エルフィードがシャレルに近づこうとしたところで…

その前にマリーが立ちはだかった。


「あなたたち、どうしてこの方を通したの」


マリーは腰に手をあて、エルフィードの後ろに控えていたパーシーたちを睨みつけた。

エルフィードと別れた後、シャレルにはもう誰にも会わせるな、という指示を受けていた。

これ以上、この部屋に入れる訳にはいかない。

そんな意思を込め、マリーはきつい口調でパーシーたちを責めた。


「いやあ、ご親族とお伺いしまして」


拍子抜けするような声色でパーシーが答える。

その返答にマリーは更に苛立ったように顔を歪めた。


エルフィードが後ろにいるそのパーシーや同僚たちに目を遣ると、悪戯っぽく笑顔を返された。


「勝手なことを…こんな夕刻に!もうすぐ殿下が帰って来られるのに!」

「ああ、すみません。シャレル様がご迷惑でしたら、追い出しますが」


声を荒らげるマリーとは違い、レドモントもパーシーと同じく拍子抜けする声でのんびりと告げる。

そして、その意思を確認するかのように…パーシーとレドモンドはシャレルの方へと視線をやった。

シャレルが「迷惑だ」と言えば、諦めるしか無いだろう。


その返事を、エルフィードも真剣な面持ちで待っていた。

シャレルは困ったような表情を浮かべながら、ぎゅっと自分の手を握り締める。


本当なら、もう別れを告げたのだから…

話すことなど無い、と言うべきなのかもしれない。

それでも、シャレルはエルフィードの声をもう一度聞きたかった。

どうして、もう一度会いに来てくれたのか…それを知りたいと思った。


「…少しお話がしたいので、マリーとあなた方は出て行って頂けるかしら」


静かに、少し震える声でシャレルが告げた。


「ですが」


まだ不満そうに言い返してくるマリーの肩をそっと叩き、パーシーが首を横に振る。


「ご命令ですよ、侍女様」

「…分かってますわ!」


不機嫌を隠しもせず、マリーはさっさと部屋の外へと出て行った。

それにパーシーたちも続いていく。


「エルフィード、ちゃんと言えよ」


扉が閉まる前にパーシーは悪戯っぽく片目を瞑って手を振った。

自分の我がままを何も言わずに通してくれた同僚たちに、エルフィードは心底感謝した。


今度こそ、きちんと意思を伝える。

全てを捨ててでも、シャレルと生きていきたい。



その思いを、今度こそ。




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