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人生でこれほど必死に馬を走らせたことは無い。
それほど、エルフィードは懸命に馬を駆けた。
その頑張りのお陰で、いつもよりかなり早く王都へと辿り着くことが出来た。
道中、エルフィードはずっとシャレルのことを思っていた。
出会って7年。
どれほど大切で愛しい存在だったか。
大切だからこそ、自分に自信を持てなかった。
愛しいからこそ、遠回りしてしまった。
失いそうにならなければ、自分の気持ちとも向き合えないなんて、可笑しな話だ。
それでも、今はただ、真っ直ぐに自分の思いを伝えるだけ…そのことだけを、エルフィードは強く心に決めていた。
少し先に、沈みかけた夕暮れを背に聳え立つラベルト王城が見えた。
通い慣れたはずの王城が、今は何だかいつもより冷たく、大きく感じる。
エルフィードは額から滴り落ちる汗を拭って、王城へと続く道を再び駆け出した。
「すまない!」
まだ止まりきっていない馬から飛び降りるようにして、エルフィードが城門の前に立った。
あまりに勢い良く来た来訪者に、城門を警護していた騎士たちは、持っていた槍を構えた程だった。
「あーあ、驚いた。エルフィード殿じゃありませんか…」
城門を警護していた騎士は、兜を上げ、ほっと一つ息をついた。
今日、城門の警護を任されていたのは、同じ騎士隊に所属するエルフィードの後輩たちだった。
「悪い。ちょっとここに来ている俺の養女に用があって」
「あ、もしかして…今日、クラーク副隊長が連れてきた…あの?」
騎士たちは顔を見合わせて、顔をはっきり見れなかったのが残念だっただの、王太子の妃になる人って噂だの、一斉に口を開いた。
おしゃべり好きなのは騎士としてどうなんだ、と後輩の話し好きの様に少し呆れはしたが…
今はそういうことをどうこう言っている暇は無い。
「その彼女に会いたいんだが」
今、シャレルが城のどこに居るのか分からない。
今日の王城勤務の者たちなら、ある程度城のどこに誰が居るか分かるだろうと思った。
「私たちは詳しく知りませんが…パーシー殿なら、知っていると思いますよ」
「パーシーか。どこにいる?」
「東の棟にいます。今日来られたお客様もそちらに通しているとの話を聞きましたので…恐らくは…」
そこにシャレルもいるのだろう。
皆まで聞く前に、エルフィードはそのまま走って東の棟を目指した。
「あ、馬は…!」
「すまないが繋いでおいてくれ!」
馬のことも失念するほどに慌てていたエルフィードは、大声で手を振りながら、後のことを後輩たちに任せた。
何をあんなに慌てているのか分からない、と言わんばかりの顔で残された騎士たちは互いの顔を見合って首を傾げた。
途中、何度も騎士隊仲間に「忘れ物か?」「どしたんだ」と声をかけられ、エルフィードはそれらに適当に返事をしながら、東の棟を目指した。
「パーシー!!」
東の棟まで走ってきたエルフィードを、その周囲を警護していたパーシーは驚いた表情で見た。
「エルフィード、何だ?忘れ物か?」
「いや、ちょっと…シャレルに会いたくて」
「ああ…そういうことか」
走ってきたエルフィードの額から汗が滴り落ちる。
まだ服は先ほど、王城勤務交代の時のまま…騎士服のままだ。
そんな格好の割には時間が経ちすぎている。
午前中に交代の儀を終わらせたのに…今はもう夕日も沈もうとしている時間だ。
一旦帰って、それから慌てて引き返してきた。
そんなエルフィードの様子にパーシーは面白そうに笑みを浮かべた。
「何しに帰ったんだよ、お前」
頑張れよ、と午前中に見送ったエルフィードが今更「シャレルに会いたい」と言ってくるということは…
きちんと自分の思いを伝えられなかったのだろう。
それで帰って、後悔して…引き返してくるなんて。
長年、エルフィードを見てきたパーシーは、その様子がエルフィードらしくて面白いと思った。
「…本当だな、時間の無駄だったよ」
はあ、と溜息をつきながら、エルフィードは息を整えた。
目の前のパーシーは笑いながら、エルフィードの肩に腕を回してきた。
「お姫様の奪還か?他人に見せたくないぐらい大好きなんだもんな」
「からかうな」
「分かってる。案内するから、着いて来いよ。お姫様は東の棟から、王城の二階に移されたからな」
「王城の二階…」
エルフィードも王城で長年勤務している。
その場所が意味する事実をよく理解していた。
東西の棟は客人。
王城の一階は、国内でも有数の貴族たち。
王城の二階は、ラベルト王家の親族に近い貴族や他国に王族が来た際に使用される。
ただの客人でも、貴族としての扱いでも無い。
親族に近い立場として、扱われている。
「間に合って良かったな。三階ならもう、嫁入り後だからな」
パーシーが冗談っぽくエルフィードの頭をがしがしと撫で付けた。




