04
翌日、エルフィードとシャレルは、王妃や他のベリアル王族より少し早く、昼前に王城を発つこととなった。
ベリアル王城の広間で、準備に追われる王妃、他の王族たち。
その横をすり抜け、エルフィードはシャレルを伴って、城門へと向かった。
「…なんか、分かった気がする」
広間を通り過ぎた後、ぼそりとエルフィードが呟いた。
シャレルは、エルフィードを見て小首を傾げた。
「なにが?」
「シャレルが一番可愛い」
王妃や側妃、他の王女たちを比べてみても、きっとシャレルが一番美しいだろうと。
今は可愛いという表現が似合うが、数年すれば、他の王女たちの数倍は美しくなるだろう。
きっと、王妃や王女たちは、それが何となく分かっていたから、余計に悔しかったのだろう。
エルフィードは一人、納得したように頷いていた。
その横で、シャレルはエルフィードの脛を思いっきり叩いた。
「エルのばか!」
「…褒めたつもりなんだけど、何が不満なんだ」
よく分からない、とシャレルの方を見ると、シャレルは口をへの字に曲げながらも、頬を赤く染めていた。
シャレルは、褒められることにも、甘やかされることにも、慣れていないのだろう。
褒められたり、甘やかされた時、どう感情を表現すれば良いのかも、よく分からないのだろうと、エルフィードは理解した。
褒められ、甘やかされて、与えられることが当たり前だと思っているより、ずっと可愛らしい。
他の王女を妻にと言われるより、ずっとシャレルを養子に迎えた方が幸せだったな。
エルフィードは、心の中でこっそり、他の王女を娶ることになるであろう貴族たちに同情した。
エルフィードとシャレルが、ラベルト王国のフェイル男爵邸に到着したのは、日が沈もうとしていた頃だった。
代々、騎士の仕事に就いているフェイル家の屋敷は、王都近くの豪奢な貴族然とした造りでは無かった。
飾り気の無い鉄の門は重々しい印象を受けるし、壁も屋根も飾りなど無く、冷たい印象を受ける石造りだった。
屋敷の周りは、色とりどりの花々が咲き乱れるというより、薬草や小さな農園がほとんどを占めており、華やかさより、実用性を重視しているような庭園が広がっていた。
「おかえりなさいませ、エルフィード様」
「ただいま」
門まで出迎えてくれた執事のコートネイがそっと馬車の扉を開いた。
エルフィードはすぐに馬車から降りようとしたが、シャレルに背中を引っ張られて、後ろを振り向いた。
「シャレル、お腹空いただろ。早く降りて、食べに行こう」
エルフィードは背中を引っ張っていたシャレルの小さな手をそっと自分の手の内に握り、改めて馬車から降りた。
エルフィードに続き、シャレルも馬車からゆっくりと降りてくる。
「おかえりなさいませ、お嬢様。これからよろしくお願い致します」
初老のコートネイは温和そうな笑顔で、エルフィードの後ろに隠れるシャレルに声をかけた。
先に伝令で養女を迎えることを知らされていたコートネイは、心待ちにしていた様子でシャレルを出迎えた。
シャレルは照れながらも、コートネイの前に歩み出て、スカートの裾を持ち上げ、流石は王女様と言うほどに綺麗に一礼をした。
エルフィードは、そんなシャレルを微笑ましく思うと同時に、自分には全くそんな礼など見せなかったな、と思っていた。
「フェイル男爵家は代々、騎士の仕事に就いてるから、屋敷は割りと重苦しい造りだけど…居心地は悪く無いはず…だ」
壁の細部にまで装飾が施されていたベリアル王城に比べ、少し重々しい造りのフェイル男爵家の屋敷。
シャレルはこの屋敷を気に入ってくれないかもしれない、とエルフィードは少し不安だったが。
「エルの家、素敵」
シャレルは笑顔でそう答えた。
「先代の奥様がご存命の時には、庭園に花が咲いて綺麗だったんですが。お嬢様がいらしてくれたお陰で、殺風景なお庭にもまた花を咲かせる甲斐が出来たというものです」
エルフィードとシャレルの一歩後ろを歩くコートネイが薄暗い闇に包まれ始めた庭を眺めながら言った。
「まあ、そうだな。俺一人じゃ、花なんて意味無かったからな。シャレルは何の花が好きなんだ?」
「私は…」
そう問いかけられ、シャレルはエルフィードをゆっくりと見上げた。
少し薄暗くなった中で、エルフィードの目をじっと見つめる。
灰色がかった濃い紫の瞳が、優しくシャレルを見ている。
「…私、紫が好き」
シャレルは、口の中でぼそぼそと呟くように言った。
「紫の花か。また庭師に聞いて、植えて貰おう」
「うん…私も、育てるの手伝う」
手伝って、花が咲いたら、エルフィードにプレゼントしようと、シャレルはこっそり心に決めていた。
エルフィードの綺麗な目と同じ色の花を咲かせて、その花を持って、エルフィードの目が好きだから、紫が好きなんだって伝えようと思った。
設定としましては、エルフィードは黒に近い焦げ茶色の短髪、濃い紫の目、
シャレルは淡い金色の髪に緑の目をしています。
今後、説明が無いまま進んでしまいそうなので、代わりにこちらに書きました。
ちなみにハーヴェイは長髪を一つに束ねている優男な感じです。騎士というより、学者のような感じです。