表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の王女の初恋  作者: 日野森
白い花の決断
34/55

33


ヴェスアードはそのまま、シャレルとエルフィードの見送りを待たずして、馬車に乗り込んでしまった。

黒塗りの立派な馬車は、窓も締め切られていて、もう顔を合わせる事は出来なかった。


ヴェスアードに付き添っていたハーヴェイも同じ馬車に乗り込もうとする。

最後に思い出したかのように一言告げ、ハーヴェイは馬車の戸を閉めた。


「分かってるね、その花はこの国の王太子殿下から、だということ」


別れの挨拶の代わりに告げられた一言に、シャレルの表情が強張った。

隣に立つエルフィードはただ、俯くだけだった。

二人は馬車の列が見えなくなるまで、頭を下げたまま見送った。







嵐のようにやってきた訪問者が去った後、不気味なぐらいの静寂が屋敷を包む。


静かな書斎の中、シャレルはエルフィードと向き合っていた。


目の前のエルフィードは、何か考え込んでいるようで…少し俯いたまま、黙り込んでいる。

その空気が居た堪れなくなり、シャレルは意を決して口を開いた。


「…エル、あのね…その…」


口を開いてみたものの、何を言えばいいのか分からない。

言いたいことがいっぱいあって、上手く頭の中で整理出来ない。

シャレルは受け取った花を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。


どんな相手から何を言われても、気持ちは変わらない。

王太子であっても、それは同じだ。

だが、これはもうシャレルの意思でどうこう出来る話では無いのかもしれない。

気持ちを伝えたかっただけ、そうヴェスアードは言っていた。

だが、ハーヴェイは、王太子からの申し入れであることを強調してきた。


礼儀作法、そしてこの国の歴史も、王家のことも。

沢山、学んできたシャレルはその言葉の意味するところを理解していた。

王家に仕えるフェイル家は、王太子の申し入れを断るという選択など出来ないだろうことを。


「王太子殿下からのお花…だけど、私は…」


それでも、気持ちは何も変わらない。

エルフィード以外の妻になるつもりは無い。

不敬に当たるなんて言われても、エルフィード以外の人の手を取るつもりは無い。

それだけを伝えたくて、シャレルは必死に言葉を紡ごうとした。


「シャレル…」


エルフィードはゆっくり顔を上げ、不安の色を隠せないシャレルの頬にそっと触れた。


シャレルとは異なり、エルフィードは相手が王太子だとか、自分の立場がどうという、そういった身分的な考え方をしていなかった。

騎士だから断れないなんてことも考えていない。

身分、立場…そんなことよりも先に別の考えが頭を巡っていた。


ヴェスアードが撫でたように、エルフィードはシャレルの頬に手の甲を滑らせた。


王太子は、シャレルを本当に大切に扱っている。

たった一つの行動でも、それがよく分かる。

こうやってシャレルに触れて、シャレルを慈しむのは自分だけだと思っていた。


シャレルが自分を好きだと言ってくれたのは、誰もいなかったからだ。

ベリアルで一人ぼっちだったシャレルは、こんな風に思ってくれる相手がいなかったから…

だから、好きだなんて思ったのではないか。


シャレルを大切に思ってくれる相手。

しかも、王太子だ。


エルフィードは、ヴェスアードが穏やかで優しいこともよく知っている。

常に国民のことを思い、従者にも横柄な態度を取ったことなど一度も無い。

彼が立派な国王になるということは誰も疑わない。


そんな相手と、自分を比べてみると、すぐに分かる話だ。

どちらがシャレルを幸せに出来るのか。


誰もいなかったから、自分を好きだと思ったのだろう。

他に誰かが現れて、愛してくれたなら…どうだろうか。

その相手が王太子であれば、何も比べるまでも無い話だ。

自分では、何一つ敵わない相手なのだから。


「シャレル、よく考えるんだ」


エルフィードは、薄っすらと笑みを浮かべながらシャレルの頬から手を離した。


「王太子殿下はとても素晴らしい方だ。シャレルを大切にしてくれるよ」

「…エル、どういう意味…?」

「…それに、王太子妃になれるということは…とても幸せなことだ」


そっとシャレルから離れ、エルフィードは背を向けた。

シャレルの目を見て話すことが出来ないから。


自分で言った言葉に、エルフィードは指先から冷えていく感覚を覚えた。


ヴェスアード王太子は、正妃が決まりさえすれば、すぐにでも王座を継ぐと言われている。

王太子妃になれば、それは王妃になることが確約されているようなものだ。


国中の女性が憧れる王妃になれる、しかも相手はヴェスアードだ。

幸せなこと…

自分が口にした言葉を、エルフィードは何度も頭の中で反芻する。


ラベルトの貴族でも下位で、何も贅沢な思いをさせてあげれなかった。

あの夜会に着てきたドレスだって、シャレルが稼いで買ったというのだから。

そんな自分と一緒になることと比べると、どちらが幸せか。

戦争で負けなければ、べリアルの国王が戦死しなければ。

シャレルは曲がりなりにも王族として暮らしていたんじゃないか、と思う。

これほど美しいのだから、ベリアルが滅びなければ、地位も名誉もある男の元へ嫁いで、豊かな暮らしを送っていただろう…と。


本当なら、こんな所で暮らしているはずでは無かっただろう。

この暮らしが、幸せだと…そう言い切れる自信など、どこにも無かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ