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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
幼い恋
3/55

03


10歳にしては、軽い体を抱き上げて、エルフィードは元来た道を引き返していた。

シャレルは、ずっとエルフィードにしがみついたまま離れなかった。

仕方ないと、エルフィードはそのまま、シャレルを抱きかかえたのだ。


「シャレル王女、明日にはここを発ちますが…ご準備は…」


エルフィードの言葉は、またしてもシャレルのぬいぐるみ攻撃によって途中で遮られてしまった。

今度は勢い良く、顎に向かってぬいぐるみを押し付けられた。

思わず舌を噛んでしまいそうになりながら、エルフィードは今度は何が悪かったのかと考えた。


急な出発が不満なのか、と思い至ったが…そればかりはエルフィードの権限でどうこう出来る問題ではなかった。

仕方ないのだと、説くしか無いか…と思っていたエルフィードに、シャレルは意外な不満を口にした。


「…王女なんて、いらない」

「…え?」

「王女なんて、呼ばないで。それに、さっきみたいに…普通に話して」

「どういう意味ですか?」

「そういう話し方、きらい」


エルフィードの腕の中で、シャレルが大きく首を振った。


「…じゃあ、シャレル?」


そう呼ぶと、腕の中のシャレルが小さく頷いた。


「名前、教えて」

「俺の?俺は、エルフィード・フェイルだよ」

「…じゃあ、エル…ね」


この時、腕の中のシャレルが初めて笑顔を見せたことが、エルフィードは何だか無性に嬉しかった。









ウォレス隊長とハーヴェイが待つ騎士隊の控え室に、エルフィードが戻ると、部屋にいた全員が目を丸くして驚いた。


「…エルフィード、その方が…?」


ハーヴェイが真っ先にエルフィードに近づいてきた。

小さな女の子を抱かかえて戻ってきたエルフィードに、周りは未だに驚きで静まり返っていた。


「はい。ベリアル王家の末の王女・シャレル王女です」

「そうか。具合が悪いのか?」

「いや…離れてくれないだけで…」


ちょっと呆れた声で、エルフィードが告げると、堅かったハーヴェイの表情が少し和らいだ。

それと同時に、シャレルが小さな拳でエルフィードの胸を軽く叩いた。


「降ろして」


シャレルの言葉に、エルフィードはゆっくりとシャレルを自分の腕から降ろした。

降りた途端、シャレルはエルフィードにしがみ付き、顔を隠そうとした。


そんなシャレルの様子に、ハーヴェイは笑いが堪えられないといった表情でエルフィードを見た。


「随分と懐かれたな。エルフィードに任せて正解だった。これでベリアル王家の解体も滞り無く進むよ」


ハーヴェイの後ろの方では、ウォレス隊長もその通りだと頷いている。

周囲の緊張した空気も一気に和やかになった。

人に押し付けておいて、よく言うもんだと、エルフィードは少し呆れもしたが…

それほど悪い気はしなかった。




それから、エルフィードはウォレスやハーヴェイと共に、ラベルト国王・イシュメルと宰相の元へ、末の王女の処遇を改めて報告に行った。

イシュメル国王は、さほどベリアル王族の末の王女の問題には興味が無かったらしく、「任せる」との一言で終わらせた。


報告が終わるとすぐに、エルフィードはシャレルの出発の準備を手伝うこととなった。


エルフィードに用意されたベリアル王城の小さな客間の一室で、シャレルと向かい合わせに座り、用意された箱に荷物を詰めていく…

エルフィードの片腕ぐらいの長さの箱が3つ。

それが、シャレルが持つことが許された荷物の量だった。


他の王女たちや、王妃、側妃は口を揃えてこれだけじゃ何も持っていけないと嘆いたというが…


「…まだ1つ目の箱、半分も埋まってないけど…他に何かいるもの、無い?」


シャレルの箱には、寝巻きと数着の服が詰められただけで、1箱を埋めることすら出来ていなかった。


「じゃあ、これも…」


おずおずとシャレルが出してきたのは、古いオルゴールだった。

所どころ、欠けている箇所もあり、装飾の色が剥げているものだった。


「これ?」

「…だめならいい!」


膨れっ面で、オルゴールを箱に入れるのを止めたシャレル。

そんなシャレルが、エルフィードには微笑ましいぐらい可愛らしかった。


「いや、持って行こう。もっと他にもあったら、入れて良いんだよ」

「…もう無い」

「そうか」


先ほど、イシュメル国王への報告が終わった後、ハーヴェイがシャレルについて色々と教えてくれた。

ベリアル国王が、側妃の侍女に生ませた子供だということの他に、王妃や側妃はその侍女、シャレルの母親に嫌がらせをしたこと、

そのストレスもあったのか、シャレルを生んでから体調を崩しがちだった母親は、シャレルが6歳の時に他界したこと。

ベリアル国王はそれなりにシャレルのことを王女として扱ったが、王妃や側妃はそうでは無かったこと。

ベリアル国王の目の届かないところで、随分と酷い扱いを受けていたということも。


そんな話を一通り聞き、エルフィードはより一層、シャレルを大切にしようと心に決めた。

最初は厄介な仕事を押し付けられたのだと思ったエルフィードだったが、今はそんな風に思えなかった。


「私…お姉様たちみたいに、綺麗な服を持ってないから」

「買ってあげるよ。まあ…王族ご用達のお店で一級品とか…そういうのは無理だろうけど」


そんなにお金持ちじゃないからね、とエルフィードはおどけたように笑って見せた。

その笑顔につられて、シャレルも少しだけ笑顔を見せる。


「…エルって馬鹿みたい」

「馬鹿って…」

「馬鹿だよ。今日会ったばっかりの私にそんなこと言うんだもん…」


少し照れたように俯くシャレル。

頬が赤く色づいているのを見て、エルフィードの表情が自然と綻んだ。

シャレルはそんなエルフィードを見て、膨れっ面になりながら箱の中にオルゴールを詰め込み、蓋をした。




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