27
屋敷はもうすっかり夜の静寂に包まれている。
コートネイやセイムも、もう就寝しているのだろう。
静まり返った食堂の隅にある貯蔵庫から引っ張り出してきた蒸留酒を、エルフィードは適当なグラスに注いで一気に煽った。
喉を通り過ぎるルコールの熱さに、気持ちは紛れるどころか、更に不快感を増幅させる。
不快だ、と思うのに…何故か、またグラスに酒を注いでしまう。
何杯目かの酒を口につけた時、食堂の入口の扉がゆっくりと開いた。
シャレルではないかと思い、グラスを持つ手に力が入る。
扉の向こうから現れたのは、侍女のセイムだった。
燭台を片手に、セイムは食堂の中を覗き見ている。
セイムはすぐに端の椅子に腰掛けるエルフィードを見つけ、どこか楽しそうに微笑んだ。
「エルフィード様、飲みすぎはお体に悪いですよ」
足取り軽く、セイムがエルフィードの元へやって来た。
誰かと顔を合わせたい気分では無かったが…
自分では潰れるまで止めることの出来なかったであろう酒を止めてくれる存在に心のどこかで安堵した。
「ほどほどにしておくよ」
グラスに残っていた僅かな酒を煽り、エルフィードは酒瓶の口にコルクを押し込んだ。
それを見ていたセイムは満足そうに頷いた。
酒の瓶を元の場所に戻そうと立ち上がったエルフィードに、セイムは嬉々とした様子で話しかけた。
「今日の夜会はどうでしたか?」
セイムは目を輝かせながら、エルフィードの言葉を待っている。
頭の痛くなるような話題だ…と、エルフィードは小さく溜息をついた。
「シャレルお嬢様、お美しかったでしょう?」
「…ああ、そうだな…」
あまりに嬉しそうにセイムが言ってくるので、その勢いに押されながらエルフィードは軽く頷いた。
「そうでございましょう。本当に…誰よりもお美しくて、振る舞いも優雅でございましょう」
確かに…セイムの言う通りだ。
薄っすらと施された化粧も、細身のドレスも、更にシャレルを輝かせていた。
他の貴族の厚化粧のごてごてしたドレスのお嬢様方より、ずっとシャレルは美しかった。
だからこそ、嫌だった。汚い社交界に、シャレルを放り込むのが嫌でたまらなかった。
「…エルフィード様。お嬢様はあのドレスを買うのにとても頑張ったんですのよ」
セイムが秘密ですよ、と指を一本立てて小声で話を続けた。
「え?買う?あれは家の家計から出して買ったんじゃないのか。シャレルが欲しがるなら俺はある程度、許可しているだろ」
「まあ!!お嬢様はあのドレスも靴も…!全て、ご自身で稼いだお金でご用意されたんですよ!」
「は…?稼いだ…?」
セイムの言葉に、エルフィードは思わず持っていた酒瓶を手から落としてしまいそうになった。
ずっとこの田舎の屋敷で暮らしていた、世間知らずなあのシャレルが?稼ぐ?何をどうやって…
理解出来ない内容に、少しアルコールが回り始めたエルフィードは頭がついていかなかった。
「お嬢様、街の王族もご用達の有名な衣装店のレース編みや刺繍を手伝ってますのよ。これなら、屋敷内でも出来ると仰って」
セイムは自慢げに、シャレルが針子の仕事を手伝うようになった経緯やその仕事っぷりを話し始めた。
数年前、街に出かけた際、レース編みや刺繍の内職の仕事を見つけたらしく、それを手伝うことにしたそうだ。
シャレルは案外、器用だったらしく…綺麗な刺繍だと評判になり、それからかの有名な衣装店から直々に仕事を頼まれるようになったという話だった。
シャレルは稼いだお金を大切に取っており、
今夜のドレスも、その衣装店に通う貴族のご令嬢が出来が気に入らないからと、捨てられた物を安く買い取って手直ししたのだという。
「お嬢様、ハーヴェイ様からご招待のお言葉を頂いて、とても嬉しかったようです。エルフィード様と踊れるのを楽しみにしておりました」
セイムの言葉に、アルコールが一気に抜けていく気がした。
シャレルはそれだけ、頑張って、楽しみにしていたというのに…
エルフィードは自分がしたことは間違っていないのだと、そう思っている。
だが、正しいやり方だったのだろうか…
一言でも、綺麗だと言っておけば良かった。
心の底から、綺麗だと思ったのに。
シャレルが美しかったからこそ、隠したかった。
庇護欲だと思っていた感情が、実は嫉妬だったのだとエルフィードはもう気がついている。
嫉妬から傷つけたシャレルの泣き腫らした目を思い出す。
居ても立ってもいられず、エルフィードは酒瓶を机に置き、すぐにシャレルの部屋へと向かった。




