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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
焦がれる日々
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シャレルが去っていくのを見送った後、ヴェスはダンスホールへ足を運んだ。


「ヴェスアード様」


煌びやかなダンスホールの光が漏れる扉の前で、ヴェスは声をかけられ、振り向いた。


「ハドリーか…」


ヴェスと同じ年頃の青年が呆れたように溜息交じりで近づいてくる。


「今夜の主役が何をなさっているんですか」

「いや、別に」

「…服のボタンを引きちぎって…何を」

「すぐにバレるなんて。本当にハドリーは目ざといな…」


左の袖口をそっと隠しながら、ヴェスは苦笑を浮かべた。

ハドリーは面白いものを見つけたかのように、ヴェスの顔と袖口とを交互に見てくる。


「袖のボタンには…殿下の紋章がついてましたよね?それを誰かにお渡しになられたんですか?」

「…まあ、何となく」

「これは陛下もお喜びになられるでしょう!」


ハドリーが飛び跳ねんばかりの勢いで喜ぶ。

その様を見て、ヴェスは慌ててハドリーの腕を掴んだ。


「早とちりするなよ」

「もう誰だって構いませんよ。女性なら。殿下にもいい加減、落ち着いて頂きたいので」

「何だその物言いは…」

「ところで、どなたなんですか?そのボタンを引きちぎって渡したお相手は」


ハドリーは興味津々にヴェスの顔を覗き込んだ。

ボタンを渡した相手…そう言われ、ヴェスはバルコニーに泣きながらやってきたシャレルのことを思い出した。

美しい絹のような肌に、涙が伝って…それが月に照らされて儚くて綺麗だった。

抱きしめると、細くて小さな肩が震えていて、もっと強く抱きしめたくなる。

そんな彼女が泣きながら呟いた名に、どれほど嫉妬したことか。


「…どこの誰か…知らないんだ。ああ、でも…騎士隊の副隊長の、クラーク卿と一緒に帰って行ったよ」


どこの誰か知らない。

彼女のことも、彼女をあれほどに泣かせた相手のことも。

もしかすると、今もまだ彼女は泣いているのかもしれない。

そう思いながら、ヴェスは眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。


「クラーク卿が?ああ、入口で少し話題になったあの女性ですか?」

「…知らないよ」

「ええ、でしょうね。殿下はろくに夜会に参加されてませんから」

「…そんな厭味、いらないから」


ハドリーのさらりとした厭味に苦笑いを浮かべ、ヴェスは話の続きを促した。

ヴェスが自分の為にと開かれる夜会に参加しないのは毎度のことだ。

今更、それを咎められても、仕方ない話だ。


「クラーク卿が連れてきた女性が美しいと話題になってましたよ。どこのご令嬢か分からない方でしたが」

「そうか…その、人かもしれない」


ヴェスは引きちぎった袖をそっと手で覆い隠しながら呟いた。

ヴェスが認めたことにハドリーは満足げに頷く。


「名簿を調べましょう。殿下、明日にでも会いに行きましょう」

「クラーク卿にか?」

「いいえ、そのご令嬢に」


何の為に開かれた夜会か。

中々、結婚相手を選べなかったヴェスアードの為に国王が開いた夜会だというのに。

それに、無駄に時間をかけるのは得策では無いだろう。

ハドリーはヴェスの返答を待たず…すぐに踵を返し、近くにいた使用人に何かを告げた。


「…ハドリー、早すぎる」

「明後日には、そのご令嬢はあなたを忘れているかもしれませんよ。時間をかけて良い結果が生まれるとは思えません」

「…そう、か」

「そうです」


まだ少し何かを思い悩むヴェスに、ハドリーは強い口調で肯定した。

ここでこうしている時間も惜しい。

ボタンを渡しただけで満足していたらしいヴェスに代わって、そのご令嬢を見つけ出し、再会の機会を作らねばならない。

そして、そのご令嬢の素性というものも調べ上げなくてはならない。


「…では殿下。また」


ハドリーは満面の笑みで優雅にお辞儀をし、さっさとその場を去っていった。

残されたヴェスは胸に手をあてながら、ゆっくりと息を吐いた。


明日、また彼女に会えるかもしれない。

太陽の下で見る彼女はどんなだろう。

今日は儚い美しさがあった。

明日はどんな姿が見れるのだろう。

そんな期待を胸に秘め、ヴェスは再び隠れるようにその場を立ち去った。




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