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「お前は…」
はあ、と大きな溜息と共に、ハーヴェイがエルフィードの肩を叩いた。
「…可哀相だと思わないのか?」
「世間知らずなシャレルを、この場に連れてくる方がずっと可哀相だ」
「何も分かって無いな。可愛がるのも結構だが…あの王女をどうして引き取ったのか、忘れたか?」
どうして引き取ったんだ、そう言われてエルフィードはハーヴェイを睨みつけた。
直接言われた訳では無いが…フェイル男爵家の名を上げようと引き取った王女、というのがハーヴェイの考え方だということを知っている。
今更、何故またそんなことを言われるのか。
エルフィードには理解できなかった。
「あんな綺麗で礼儀も弁えているんだ。引く手数多だろう?有力な貴族の元へ嫁がせれば、フェイル家の為になる。彼女なら公爵家だって喜んで迎えてくれると思うんだが」
そんな有力貴族との繋がりが出来るなんて、素晴らしいだろう?
ハーヴェイの言葉に、エルフィードは唇を噛み締めた。
あんな狸公爵の?冗談じゃない。
不快な味が口の中に広がる。あまりに苛立ちすぎて、いつの間にか血が出る程に噛んでいたことも気がつかなかった。
「そんなことの為に引き取った訳じゃない」
「分かってるよ。じゃあ…シャレルをそこらの商人か農夫の妻にでもするつもりなのか?それだったら、貴族に嫁がせる方が彼女も幸せだろう?」
どちらも嫌だ。
考えただけでエルフィードは気分が悪い、そう思った。
何がそれほど嫌なのか。
シャレルが他の男と結婚すること、他の男に触れられること。
貴族にだって、どこにだって…シャレルを出すつもりは無い。
「お前もいい年なんだ。自分の結婚相手を探すことを考えろ」
自分の相手を、とハーヴェイに言われても今は何も考えられない。
今までずっと結婚というものを避けてきた。
家に帰ればシャレルが出迎えてくれる。それだけで十分だったから。
今更、他の女性がそこにとって代わることは出来ない。
そんなことは到底、考えられない。
どうして、と聞かれても…エルフィードはまだ答えを出すことが出来ない気がする。
自分の中で消化出来ない気持ちを抱え、エルフィードは黙ってその場から離れた。
これ以上、ハーヴェイと話しても、苛立ちが募るだけ。
無言で去っていくエルフィードに、ハーヴェイは深い溜息をついた。
「頑固なもんだ」
何もかも、上手くいく予定だったのに…ハーヴェイは小さくそう呟いた。
ダンスホールに音楽が響き渡る。
国王陛下の短い挨拶と共に、夜会が始まったらしい。
ダンスホールから漏れてくる音楽を聞きながら、シャレルは廊下を挟んだ先にあるバルコニーに駆け込んだ。
堪えていた涙が、一気に溢れ出てくる。
馬鹿みたいだ。
シャレルは薄暗いバルコニーから、煌びやかなダンスホールの様子を見た。
エルフィードと踊りたかっただけだ。
しかし、それはエルフィードにとっては邪魔でしかなかったらしい。
仕事で来ている、とエルフィードに叱責されて、シャレルは自分が情けなくなった。
それと同時に、どんどん自分が惨めで場違いにも思えてきた。
煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちが、じろじろと自分のことを見てくる。
薄っすらと笑みを浮かべて視線を寄こす男性は、きっと自分をこの場にそぐわない惨めな女と思っているのだろう。
見下したように見てくる女性も、きっと同じことを思っている。
シャレルは周りの視線が自分を見下し、笑っているようにしか見えなかった。
実際はそうで無かったのだが。
静かなバルコニーの柵に体を預け、シャレルは流れ出る涙をそっと拭った。
エルフィードと踊るのが楽しみだった。
それが、エルフィードをあんなに怒らせて…困らせるだけだったなんて。
思えば思うほど、情けなさに涙が溢れてくる。
その涙を拭っていると…
「泣いてるの、お嬢さん?」
薄暗いバルコニーの隅から知らない人の声が聞こえてきた。
誰もいないと思っていたシャレルは、その声に驚きのあまり、一瞬涙も止まった程だった。
「…だれ」
「驚かせて申し訳無い。夜会が嫌で逃げてきたら…君が泣きながら来たから」
物腰柔らかく、穏やかな声の人影がゆっくりとシャレルの方へ近づいてくる。
バルコニーの隅は、暗くて分からなかったが…その人物はどうやらシャレルより少し年上の男性のようだった。
ダンスホールの光が少し漏れる場所、シャレルのすぐ傍にやって来たその人物は、僅かな光でも反射する程、綺麗な宝石をあしらったボタンをその礼装につけていた。
凄く身分が高い貴族なんだろう、そう思ったシャレルは少し身構えたが…
その青年は、とても優しい顔でシャレルに微笑みかけた。
「誰に泣かされたの?」
柔らかな口調で話しかけてくる青年に、シャレルは涙を隠すように俯いた。
「…誰、なんて…ことありませんわ。ただ…私が何も知らずに失礼なことを…」
「失礼なこと?何かあった?」
「…何でもありません」
「言ってごらんよ。楽になるよ。そんなに泣くぐらいなんだから。悪いヤツに泣かされたなら、仕返ししてあげるよ」
「仕返しなんて!私が…悪いの、に…」
こんな光る宝石を服にあしらっている貴族は、先ほどのダンスホールの中でも見かけなかった。
礼儀を弁えなきゃいけない、きっと目の前の人はとても身分の高い人だろう。
そう思いながらも、頭の中はいっぱいいっぱいで上手く振舞うことが出来ない。
シャレルはまたも、大粒の涙が流れて来るのを必死で堪えた。
「そんなに我慢しなくて良いよ。泣きたいなら、落ち着くまで泣いていいから。話は後でも…いいんだから」
その青年に頭を撫でられ、シャレルは我慢していた涙を堪えることが出来なくなった。
優しいその手は、少しだけエルフィードを思い出させて…また胸が痛くなった。
暫くシャレルは知らない青年の傍で泣いた。
「…エル」
小さく、エルフィードの名を呟いては涙を流した。




