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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
焦がれる日々
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ダンスホールの中にいたエルフィードの耳に、周囲のざわめきが大きくなるのが聞こえてきた。


「見た事が無いご令嬢だな」

「着飾らなくても美しい」

「誰が彼女と踊るのか、今から競争だな」


口々に男どもがそう言ったのを耳にし、エルフィードはダンスホールの入口へ目を向ける。


「どこのご令嬢かしらね。質素なドレスだわ」

「今から競争ですって?男はすぐ物珍しい方へ行くのね」


男たちの言葉とは異なり、ひそひそと聞こえてくるのは女たちの妬み嫉みの言葉だった。


その言葉を受けているであろう本人に、エルフィードの眉間の皺が更に深くなった。


淡い紫色のドレスを身に纏い、輝く金色の髪を一つに結い上げている。

薄っすらと施された化粧は更にその魅力を高めていた。


今回の夜会は国王陛下主催ということで、有力貴族のご令嬢たちはこぞって派手な衣装と宝石を身に着け、厚化粧を施している。

滑稽なまでに自らを飾り付けたご令嬢たちとは違い、

上品なレースと小さなラインストーン、そして小さなレースのモチーフだけのあまり飾り気の無いドレスにも関わらず、この場にいる誰よりも目立つ。


煌びやかなシャンデリアの下で微笑みを浮かべるその顔は、見慣れているはずのエルフィードですら、一瞬魅入ってしまうほどに美しかった。

綺麗だ、素直にそう思うのと同じぐらい…周りから聞こえてくる言葉にエルフィードの不快感が増した。



「是非、お相手を申し込みたいものだな」


好色家で有名な肥え太った公爵がいやらしい笑みを浮かべながら、自分の髭を撫で付ける。

こんな男がシャレルに触れると思うだけで、吐き気がする。


「火遊びを卒業しても良いぐらいだね、彼女の為なら」


女遊びが激しいことで有名な伯爵子息も溜息交じりでそんなことを言っている。

今まで火遊びばかりの頭の中身が空っぽな男に、シャレルが見られていること自体が無性に腹が立つ。


エルフィードは険しい顔で人の輪を掻き分け、ハーヴェイとシャレルの元へと向かった。




シャレルはダンスホールの中に入るとすぐにエルフィードを探し始めた。

周りが自分のことをじろじろ見てくるのが気になったが…それよりも、早くエルフィードに会いたかった。


談笑している人だかりの中から、エルフィードがこちらに向かってくるのが見えた時、シャレルの心臓が一つ跳ねた。

いつも見ている騎士服や、普段着とは違って、きちんと礼装に身を包んだエルフィードは凛々しく、いつもと違う雰囲気があった。

周囲の貴族たちはフォークやナイフ以上に重たいものは持ったことが無いような人たちばかりで…細すぎたり、太りすぎていたりする。

その中で、騎士として働くエルフィードの無駄無く鍛えられた体躯は、似たような礼装の中でも一人違って見える。


高鳴る胸を押さえながら、シャレルはエルフィードを待った。

どこか険しい表情で近づいてくるエルフィードに、シャレルは少しだけ不安を感じた。

その不安は、エルフィードが傍までやって来た時には、期待や胸の高まりよりも大きくなっていた。


「シャレル、どうして来たんだ」


挨拶も無しに、エルフィードは苛立った声でシャレルの前に立った。


「エルフィード、挨拶も無しか?」

「…ハーヴェイ」


エルフィードは、大げさに溜息をつくハーヴェイをも睨みつけた。


「エルフィード、何を怒ってるのか知らないが」

「少し黙っててくれ。シャレルに聞いてるんだ」


いつに無く苛立った様子のエルフィードに、ハーヴェイもこれ以上は何も言えない、と手を上げて口を閉じた。


「シャレル、どうして来たんだ」


エルフィードが再び同じ質問をシャレルに投げかけた。

表情も先ほどと全く変わらず、険しいままだった。


頑張って用意したドレスに靴。

薄っすらと化粧を施し、髪をセイムに結い上げて貰った。

出来上がった姿をセイムやコートネイ、ハーヴェイも絶賛してくれた。

なのに、一番褒めて欲しかった相手…エルフィードは眉間に皺を寄せ、苛立った声色をしている。


先ほどまで笑顔を浮かべていたシャレルは、そんなエルフィードの態度に一気に惨めになった。


「…クラーク卿に招待されて…」

「何故来ることを黙っていたんだ」

「…それは…」

「勝手にこんな場所に来て。迷惑をかけるにも程があるだろう」


エルフィードからの冷たい言葉に、シャレルは胸の奥が苦しくなった。

浅い呼吸を繰り返し、必死で今にも出てきそうな涙をぐっと飲み込む。


「エルと、踊りたかっただけ…なの…ごめんなさい…」

「俺は仕事で来ているんだ。それに、夜会なんてシャレルが来る場所じゃない」


煌びやかなダンスホールの中で、シャレルはどうして周囲が自分をじろじろと見ているのかを理解した。

この場にそぐわないのだ。

それなのに、エルフィードの仕事の邪魔までしてしまった。


自分が情けなくて、惨めで…シャレルはぐっと息を止めて流れ出そうな涙を堪えた。


「夜会には参加させない。俺の仕事が終わるまで、バルコニーにいるんだ」

「…はい」


シャレルは俯いたまま、震える声で返事をした。

そして、そのままゆっくりエルフィードに背を向け、ダンスホールを後にした。




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