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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
焦がれる日々
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王城の騎士隊はどの貴族よりも先に夜会が行われる王城の広間で警護にあたっていた。

一般参加者に扮して仕事をするエルフィードは、他の参加者として装う騎士隊の誰よりも早くその場に来ていた。


「楽団の準備も始まりました」

「ああ、最後に名簿も確認しておく」


今回の夜会は国王陛下主催で、王太子殿下も参加すると聞いている。

エルフィードは最後に参加者の名簿を確認する為に、ダンスホールの入口へと向かった。

そこには、先にエルフィードと同じく、一般参加者に扮していた騎士隊の同期でもあるパーシーが立っていた。


「エルフィード」


少し癖のある黒髪を一つに束ねたエルフィードと同じ背丈のパーシーはどこか楽しそうな表情で名簿から目線を上げた。


「何だ。名簿に不審者でも?」

「いいや。もっと良い人物を見つけたよ」


パーシーは面白いと言わんばかりに笑って答えた。

何の話だ、とエルフィードは眉間に皺を寄せた。


陛下主催で、殿下も参加する。

そんな夜会で、何かあれば笑い話ではすまない。

真面目なエルフィードはパーシーが笑っていることを少し苛立った様子で見た。


「仕事をしろ」

「仕事してるって。だから、名簿もチェックしてるんだ。そしたら…これ、見ろよ」


パーシーは最終決定された名簿の最後のページを指差した。

そこに連ねられていた名…ハーヴェイ・クラークの下にある名にエルフィードは目を疑った。


「お前のお姫様だろ?可愛くて仕方が無いシャレル王女が来るんだな」


パーシーは硬直しているエルフィードの肩を抱き、からかうように笑った。


エルフィードとパーシーは全く性格も似ていないのに…騎士隊に入隊した当初から、何故か気が合い、仲が良かった。

エルフィードがハーヴェイの提案で亡国の王女を引き取ったことも、その王女をとても可愛がっていることもパーシーはよく知っている。

「そんなに可愛いなら一度会わせろよ」と言ったパーシーに、エルフィードは断固として「ダメだ」と言い続けた。

それほど屋敷の中で隠して大切にしてきたお姫様が来る。

しかも、エルフィードはそれを知らなかったらしい。

硬直してしまうほどに驚いているエルフィードを見るのが、パーシーは面白くて仕方が無かった。


「…クラーク副隊長が来たら教えろ」


シャレルが来る。

そのことをようやく頭の中で整理出来たらしいエルフィードは、不機嫌そのもので…

渡された名簿を投げつけるかのようにパーシーに返した。


「まあ、そう不機嫌になるなよ。王女様が変な男に絡まれないように、俺も見張っててやるよ」


パーシーにそう言われ、エルフィードは更に苛立ちを募らせた。

名簿の中に連ねられている名には、好色家の公爵や、手当たり次第に女を口説く伯爵子息もいる。

王女としても扱われず、引き取られてからもずっと田舎の屋敷の中で暮らしてきたシャレルは、こんな貴族の社交場に慣れていないだろう。

そんなシャレルが変な男どもに言い寄られるかもしれないなんて、エルフィードは想像しただけで気分が悪くなった。


「シャレルを参加させるつもりは無い」

「…過保護にも程があるだろ」


呆れ顔のパーシーのことなど無視して、エルフィードは相変わらず厳しい表情でダンスホールへと戻って行った。




夕日が王城の背に沈もうとする時間。

貴族たちは馬車を連ねて王城へ向かってきていた。


シャレルはその列から、そっと外の様子を眺めた。

金の採掘で国が潤ったというラベルトの王都は、まさに活気に溢れてる。

田舎町では聞かれないような活気に満ちた声は王都に入ってから途切れることが無い。

そんな王都から少し離れた小高い丘の上に大きく聳え立つ王城は、ベリアルのものよりも荘厳だ。


「君が住んでたお城とは少し違うかな」

「…ええ」


ベリアル王城は華美な装飾が多かったが、ラベルト王城はあまり装飾を施してはいない。

代わりに、大きく、力強い印象を与える。


「夜会は城の中央にあるダンスホールで行われるよ」


楽しみだね、そうハーヴェイに微笑みかけられ、シャレルは少し頬を染めて頷いた。






馬車から降りたシャレルは、ハーヴェイにエスコートされてゆっくりと王城のダンスホールへと向かった。

緊張した面持ちのシャレルに、ハーヴェイは、やって来る馬車の紋章を指差して、あれがどこの貴族でそれはどこの貴族だ、と教えてくれた。

失礼が無いように、と必死にシャレルはその話を頭に留めておこうとした。


ダンスホールの入口の扉に来た時。


「クラーク副隊長」


後ろから誰かに声をかけられ、ハーヴェイと共にシャレルも振り返った。


「ああ、パーシーか」

「クラーク副隊長がエルフィードの所のご令嬢を連れてくるなんて聞いてませんでしたよ」

「秘密にしていたからね。シャレル嬢、こちらはパーシー・エアルドだ」


ハーヴェイと、パーシーと呼ばれた青年の会話を聞くところによると…この人はエルフィードの騎士隊の仲間らしい。

紹介されたシャレルは、少し緊張した面持ちながらも、綺麗に礼をした。

目の前のパーシーも騎士らしく片手を胸の前に当て、ゆっくりと礼をした。


「…エルフィードがあれだけ可愛がるのも頷けるね」


まだ少し緊張気味だが、柔らかな微笑みを浮かべるシャレルに、パーシーはぼそりと呟いた。


「シャレル嬢、エルフィードはあなたが可愛いんだ。だから…」

「さあ、シャレル嬢。立ち話も何だろう。早くダンスホールに入ろうか」


パーシーの言葉を遮り、ハーヴェイはくるりと踵を返した。

シャレルはパーシーに小さく頭を下げ、そのままハーヴェイに引きずられるようにダンスホールへと入った。



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