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楽しんで来てね、
店の皆からそう見送られ、シャレルはドレスを抱えて迎えの馬車に乗り込んだ。
「お嬢様、とても楽しそうですね」
迎えに来てくれたコートネイは目尻を下げながらシャレルを見た。
「ええ、とても」
本当に嬉しそうにシャレルが頷いた。
それからシャレルは街の靴屋で夜会用の少し踵の高い靴を買い、余ったお金でちょっとした首飾りも買うことが出来た。
一通り用意し終えたシャレルは、それらの品を眺めては嬉しそうに帰路についた。
それから夜会の日まで…
シャレルは楽しみで仕方が無いという風に、毎日そのことを話した。
それを聞くセイムやコートネイも…最初はシャレルが夜会へ行くことに不安もあったが…
エルフィードと踊れる、と目を輝かせるシャレルを見ていると、そんな感情はすぐに無くなった。
今では二人もシャレルと一緒に夜会を楽しみにしているほどだ。
「いつもよりずっと綺麗なお嬢様を見せてエルフィード様を驚かせましょうね」
「お願いね、セイム」
セイムとシャレルは毎日、この髪型はどうか、こう結い上げるのはどうかと楽しげに鏡と向かい合っている。
それを見守るコートネイも自然と顔が綻ぶ。
そんな風に夜会までの日はあっという間に過ぎて行った。
「こんにちは、シャレル嬢」
夜会の当日。
王都まで時間のかかるこの田舎にハーヴェイがやってきたのは昼過ぎだった。
夕日が沈む頃に始まる夜会まで、結構時間がある。
それでも、この町から馬車で向かうにはちょうど良い時間だった。
「こんにちは、クラーク卿」
シャレルは朝からセイムと一緒に時間をかけて準備を進めてきた。
髪もセイムに綺麗に結い上げて貰ったし、普段はほとんどしない化粧も施した。
少し色づいた頬に、唇の上にあまり主張しないけれども、艶やかな口紅を引く。
ドレスを着て、靴を履いて…
仕上がったシャレルを見て、セイムもコートネイも溜息を漏らした。
それはハーヴェイも同じだったようで。
階段からゆっくりと降りてくるシャレルを見て、小さく息を呑んだ。
「…元から綺麗だとは思っていたけれど…こんなに綺麗だったなんて」
ハーヴェイからの言葉を、シャレルは社交辞令として捉えたのか、ただ薄っすらと笑みを浮かべて小さく礼をするだけだった。
「社交辞令じゃないよ。本当に…綺麗だよ」
「…ありがとうございます」
皆が綺麗だと言ってくれる。
それが嬉しく無い訳では無い。
だが、一番そう言って欲しい相手からの言葉がまだだ。
きっと皆が綺麗って、そう言ってくれたから…もしかしたら、エルフィードもそう言ってくれるかもしれない。
綺麗って、美しいって、そんなこと言ってくれなくても良い。
似合うって言ってくれるだけで…一緒に踊ってくれるだけで嬉しい。
シャレルはエルフィードの笑顔を思い浮かべて、高鳴る胸をゆっくりと息を吐いて落ち着けた。
馬車に乗っている間、ハーヴェイは今回の夜会のことを色々と教えてくれた。
「今回の夜会はね、国王陛下主催なんだよ。君にとっては…あまり好ましく無いかもしれないけれど」
「…どうしてですか?」
「ベリアルはイシュメル国王陛下がいたから滅んだようなものだからね」
劣勢だったラベルトを勝利に導いた国王の名は、ラベルトでは讃えられているが…
滅ぼされた国の王女にとってはどうだろうか。
ラベルトの貴族の元へ嫁いだベリアルの王女たちは皆、口には出さないが、それなりに恨みを抱いているようだった。
「…私は、何も思っておりません。ベリアルでの暮らしは幸せではありませんでしたから」
むしろ、イシュメル国王には感謝しているほどだ、とシャレルは思った。
自分がベリアルの王女であったということも、正直、他人事のようであまり実感が無い話だ。
王女なんて肩書きだけで、ずっと一人ぼっちだったシャレルは、ベリアルでの暮らしを幸せだと思ったことは無かった。
王女で無くなってから、エルフィードと過ごした7年の方がずっと幸せで大切な時間だった。
「そうか。君は本当に引き取らせて正解だったよ。エルフィードのために、これからも尽くしてやってくれ」
「もちろんです」
シャレルは笑顔で頷いた。
ハーヴェイの意図する所と、シャレルの思う所は全く違っていたのだが。
ハーヴェイは満足気に微笑み、今回の夜会に参加する貴族たちの話を始めた。
どこの伯爵は出世頭だとか、どこの公爵子息は将来の宰相ではないかと噂されているだとか。
シャレルは夜会に初めて参加する自分が、失礼をしないようにハーヴェイが教えてくれているのだと思った。
自分の失礼はエルフィードにも迷惑がかかる。
シャレルはハーヴェイの話を真剣な表情で聞いた。
「あと、エルフィードは仕事で参加しているけど…普通に夜会を楽しむことも仕事の内だからね。気にしなくて良いよ」
騎士隊の仕事がどういったものなのか…シャレルはあまり知らない。
夜会に参加するのも仕事、と言っていたが…どういう事をしているのか分からなかった。
邪魔にならないか、ほんの少し心配していたシャレルだったが…
エルフィードの上司でもあるハーヴェイが気にするな、と言ってくれたのが嬉しかった。
「ありがとうございます」
シャレルは微笑みを浮かべ、頭を下げた。
この夜会を、自分も楽しんで良いのだろう。
エルフィードの仕事を邪魔しない程度に…一曲だけで良いから一緒に踊りたい。
シャレルは、エルフィードに会えるのが楽しみで仕方なかった。




