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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
焦がれる日々
20/55

19



翌日。


シャレルは馬車で一時間程かけて、この辺りで一番大きな街へと出かけた。

内職で作った品を渡すのと、自分の持っている予算でドレスが買えないかを相談する為だった。


街の中心を走る大通り。

それに面した大きな仕立て屋…シャレルはその店の裏口からそっと入った。


「こんにちは」


シャレルが声をかけると、作業場で仕事をしていた従業員たちが一斉に振り返る。


「あらシャレル、もう仕上げたの?」

「相変わらず早いのね」

「あ、シャレル!待ってたの!後でこのドレスの裾のレースを直しを手伝って」


作業場に明るい声が響く。

黙々と仕事していた女性たちが、シャレルが来たことで少し和んだ雰囲気になる。


もう、この店の手伝いを始めて3年になる。

田舎ながらも、男爵令嬢という肩書きを持つシャレルに、最初は皆どこか余所余所しかった。

だが、身分など関係無く、誰とでも分け隔て無く接するシャレルは、すぐにこの店の面々からも受け入れられた。

今では友達のような存在だ。


「仕事の品を店長に渡してくるわ。メイリー、後で裾のレースも手伝うわね」


シャレルはにっこりと微笑み、作業場を通り抜けた。

作業場の奥の部屋は店長であるダリーダの仕事場となっていた。

小さくノックをして入ると、ダリーダは難しい顔をして机の上の注文書とにらめっこしていた。


「ダリーダさん、こんにちは。これ、今回の仕事の品です。これで問題無いか確認お願いします」

「ああ。シャレル、ありがとう。君の作る品は確認しなくても大丈夫だよ」


ダリーダは笑顔でシャレルから品を受け取った。

綺麗に編まれたレースのモチーフは注文通り…それ以上に細部まで細かく気を配ってくれている。

刺繍も、先に決めた図案より繊細なほどだ。


ダリーダはシャレルの仕事に大変満足した様子で、机の中から封筒に入ったお金を手渡した。


「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらだよ。いつも急な仕事も手伝ってくれて」


ダリーダはまた次の仕事もお願いするね、と言ってシャレルに図面を手渡した。


「また期日までに作ります」

「ああ、頼んだよ」

「…あの、ダリーダさん…相談があるのですが…」


図面を受け取った後…シャレルは少し緊張した面持ちで再び口を開いた。

ここの店のドレスは、王室御用達でもあると聞く。

シャレルが今まで稼いだお金で、買わせて貰えるようなドレスがあるのか…


「装飾はあまり無くても良いので、何か…お安く売って頂けるドレスはありませんか?」


不安を含んだ声色で、シャレルが尋ねる。

ダリーダは少し考えた後、思いついたかのように椅子から立った。

そして、後ろにある棚から、一冊のファイルを取り出し、それを広げて見せた。


「これなんだけどね…前にどこかご令嬢が気に入らないと言って受け取らなかったドレスでね。それを格安でどうかな?」


そこに描かれているドレスは、淡い紫色で、幾層かになったレースのスカートに細かなラインストーンが散りばめられたものだった。


「これ…物凄く良いものじゃありませんか…?」

「布も良いものを使っているし、レースのスカートだから…まあ、良いものだよ。でも、いらないって言われたからね」

「…いいんですか…?」

「いいよ。それでも…元の値段の5分の1はかかるけど、ね」

「ありがとうございます。十分です」


シャレルは勢い良く頭を下げた。

王都の夜会だから…あまりなものを着ていくことは出来ないと思っていた。

だが、そんな王室御用達のお店で夜会用ドレスなんて買おうと思えば、シャレルの今までの給金全てを支払っても買えない。

5分の1の値段だったら、シャレルも支払うことが出来る。

手直しに費用がかかっても、大丈夫な範囲だ。


「…あ、手直しは店のサービスで受けるよ。メイリーがいつも君にドレスの細かい作業を手伝って、って言ってるみたいだし」


シャレルは何度もダリーダにお礼を言った。

手直しの費用が無くなれば、靴やちょっとした装飾品まで買うことが出来るだろう。

綺麗なドレスや靴を、自分で揃えて…それを着てエルフィードと踊る。

何もエルフィードやハーヴェイに頼らず、自分で揃えたのだ。

シャレルは、これで少しはエルフィードの隣に立つ女性として、胸を張って言える気がした。





それから、シャレルは他の従業員のドレス作りを手伝った後、自分のドレスの手直しに掛かり始めた。


他の従業員たちも喜んでシャレルのドレスの手直しを手伝ってくれた。

サイズを測り、裾と腰を詰め、飾り気が無かった胸元に小さな花のレースのモチーフをつけていく。


シャレルもその作業を手伝いながら、従業員の女性たちとの会話に花を咲かせていた。


「いいな、夜会にでも行くの?素敵な貴族の殿方たちと踊るのかしら?」

「素敵ね。これを着て夜会に行くシャレルを見てみたいわ」

「本当に。きっと似合うわ。シャレルぐらい綺麗なら」


皆がうっとりとしながら、胸元のモチーフを縫い合わせていく。

シャレルは裾の縫製をしながら、少し頬を赤らめた。


「…このドレスを着るのが今から…本当に楽しみ。みんな、ありがとう」


皆からの気持ちが嬉しくて、シャレルは照れくさそうに微笑んだ。

それを見て、皆は顔を合わせた。


「シャレルのためならね。頑張るわ」

「いつも手伝って貰ってるのはこっちだからね!」

「メイリーはすぐ手伝ってって言いすぎなのよ~」


皆、楽しげに口々に話しながらも、作業は進んで行った。

いつもよりも頑張ったわ、と皆が胸を張るだけあって、とても綺麗なドレスに仕上がった。


それを試着した時の感動は、何とも言えないもので。

シャレルは鏡に映った自分が他人のように思えた程だった。



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