02
「ハーヴェイめ…こんな厄介ごとを押し付ける為に俺をあの場に呼んだのか」
エルフィードはぶつぶつと文句を言いながら、ベリアル王城の東の使用人部屋に続く廊下を歩いていた。
自分が預かると言えば良いのにと愚痴を零したが、ハーヴェイは「自分は伯爵だから」という理由で逃れた。
残りの王女たちは、伯爵以上の貴族や、軍の上位階級の人物の元へ嫁ぐ。
末の王女は、田舎の男爵家の養子になった、と言えば、王妃もそれなりに納得するだろうという提案だった。
「確かに、俺の家はしがない田舎貴族だよ。男爵家の中でも身分は低いだろうけど…だからって…!」
思っていることを口にでもしないと、気が治まらない。
いくら王女を預かることによって報奨として土地を与えられるとしてもだ。
大体、与えられる土地は極寒で草が少し生える程度の貧相な場所だ。利用価値も低く、あっても無くても大差ないような場所だ。
本当に厄介ごとを押し付けられた、とエルフィードは苛立ちを隠せなかった。
が…歩みを進めるにつれて、どんどん質素でボロボロの石造りの壁に変わっていく廊下を見て、少しずつ苛立ち以外の感情が湧いてきた。
末の王女を預かるにあたって、東の外れにある使用人部屋へ向かえと言われたのだが…
この様子は使用人の中でも、身分が低い部類の扱いだ。
そこに末の王女がいる?
王族でありながら、そんな場所にいるのか…と、少し末の王女が可哀相に思えてきた。
そして、日当たりの一番悪いかび臭い大部屋の前にやってきた時には、苛立ちよりも王女への同情の方が勝っていた。
「…ラベルト王国騎士隊のエルフィード・フェイルと申します。末のシャレル王女にお会いしたく、参りました」
叩いただけで、木片がボロボロと落ちてくるような、古い扉を何度かノックし、騎士然とした口調で告げた。
暫くして、ゆっくりと扉が開かれ、中から白髪交じりの髪を束ねた壮年の女性が顔を出した。
「…ラベルトの騎士…?王妃の使いでは無く?」
懐疑的な目で、女性はエルフィードをじろじろと見た。
「はい。シャレル王女の処遇が決まりましたので申し伝えに参りました」
「…シャレル王女はどうなるのですか?」
「…私の家で預かることになりました」
「あなた様の家で?王妃は何と?」
「王妃にはその決定を伝えただけで、特に何も」
いやに王妃の存在を気にするな、とエルフィードは不思議に思った。
その女性は、ゆっくりと頷き、中にいるであろう、シャレル王女を手招きで呼んだ。
「王妃に、酷い扱いを受けるのではないかと心配だった。少し安心しました。シャレル王女を、どうかよろしく…」
女性はそっと扉の内側から、ぬいぐるみを抱いた小柄な少女を。その肩を押し出すようにしてエルフィードの前に立たせた。
王族にしては質素な装いで、口をへの字に曲げて、そっぽを向く小柄な少女だった。
肩まで伸びた緩やかなウェーブのかかった薄い金髪と、深い緑の瞳、透き通るような肌を持った、実年齢より幾つか幼く見える可愛らしい少女だった。
さっきの言葉が引っかかる。
王妃はこんな幼い少女をどう扱うつもりだったんだろう…
難癖つけて、王族じゃないとか言うだけでも十分酷い扱いだが。
侍女として連れてくと言ったぐらいだから、こき使うつもりだったんだろうか。
エルフィードはこんな幼い少女を蔑ろに扱う王妃を心底軽蔑した。
「…初めてお目にかかります、シャレル王女」
エルフィードは、シャレルの目線に合わせるように、ゆっくりしゃがみ込んだ。
相変わらず、シャレルはそっぽを向いて目を合わせてくれないが、エルフィードは出来るだけ柔らかく微笑みかけながら、そのまま言葉を続けた。
「あなた様はこれから、私の家でお預かりすることに…」
なりました、という言葉を言い終わる前に、エルフィードは顔面に息苦しい衝撃を感じた。
シャレルが、無言で持っていたぬいぐるみをエルフィードの顔に押し付けたのだ。
「シャレル王女!いけません、これからお世話になる方に…!」
慌てて壮年の女性がシャレルの腕を取った。
エルフィードは、とんでも無い厄介ごとを押し付けられたんだと、再び苛立ちを感じたが…
ぬいぐるみが顔から離れた後、目の前のシャレルを見て、そんな苛立ちはすぐに消え去った。
ようやく目を合わせてくれたシャレルは、その小さな肩を震わせて、目に涙をいっぱい溜めていた。
「申し訳ありません…ですが、どうか…シャレル王女を見捨てないで下さい」
無言で俯いてしまったシャレル王女の横で、壮年の女性がエルフィードに何度も頭を下げた。
エルフィードは、自分がシャレルを厄介ごとだと思っていたことを反省した。
きっと、この少女には、その気持ちが分かってしまったのだろうと。
「…ごめん。俺が悪かったよ。不満もあると思うけど、俺の家はそんなお金持ちの貴族でも無いけど、苦労なんてさせないから…だから、一緒に来てくれる?」
義務や仕事として接するから、余計に警戒もするんだろう。
妹のように大切にしよう、これから一緒に暮らすなら、仲良くしていきたい。
義務的な言葉では無く、自分の言葉で伝えることで、少しでも心を砕いてくれたら…とエルフィードは、精一杯気持ちを伝えた。
エルフィードがそう言い終わったと同時に、目にいっぱい涙を溜めたシャレルが、エルフィードの胸に飛び込んできた。
震える小さな肩を抱きながら、エルフィードの顔から思わず笑顔が零れた。
シャレルの後ろで、壮年の女性は柔らかく微笑んで、深々と頭を下げた。