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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
焦がれる日々
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門の前でエルフィードとシャレルは並んでハーヴェイを見送った。

疲れた顔のエルフィードとは対照的に、ハーヴェイは上機嫌そのものだ。


「それじゃあ…あ、これはシャレル嬢に」


別れの挨拶の際、ハーヴェイは思い出したかのように上着の中から小瓶を取り出した。

シャレルの手の中にもすっぽりと収まる程の小さな瓶の中には、色とりどりの小さな粒が入っている。


「ありがとうございます。砂糖菓子…ですか?」

「ああ、シャレル嬢一人で食べるんだよ。エルフィードには勿体無いから」


にっこり、とハーヴェイは小瓶を持つシャレルの手を包み込むように握り締める。

「夜会について書いてある紙が入ってるよ」

その際、ハーヴェイはシャレルにだけ聞こえるように小さく呟いた。

思わず、シャレルは小瓶を握る手に力を込めた。


「砂糖菓子なんて食べ無いよ」


だから取らないよ、とエルフィードは笑いながら続けた。

ハーヴェイが持ってきた物だろうから、きっと王都の有名な菓子屋のものなのだろう。

隠すかのように小瓶を握り締めたシャレルの姿がどこか子供のようでエルフィードはただ可愛いと思った。


小瓶の中には、「秘密」が詰まっている。

シャレルは、エルフィードに隠し事をしていることが少しだけ心苦しい。

内緒で参加する夜会…そして、小瓶の中にある夜会のことを記したメモがあること。

そんなことなど、疑いもせずにエルフィードはただ微笑んでいる。

それがシャレルを後ろめたくさせた。


「それじゃあ、また」


ハーヴェイは満足そうな笑顔を浮かべて二人に手を振り、馬車に乗り込んだ。

エルフィードが相応しい結婚相手を見つけ、そしてシャレルが身分の高い貴族から見初められる。

そうすれば、フェイル家の名もまた上がるだろう。

今度の夜会は楽しくなりそうだ。

ハーヴェイの顔は自然と綻んでいた。


それに対して、浮かない顔でエルフィードはハーヴェイの馬車を見送った。

たった2時間程度の訪問だったにも関わらず…普段の仕事よりも、騎士隊の訓練よりもずっと疲れる。

エルフィードは馬車が見えなくなった頃、体の力を抜くかのように大きく溜息をついた。


「エル…クラーク卿とは何の話をしたの?」


盛大な溜息をついたエルフィードの顔を窺いながら、シャレルは尋ねた。

エダンを求めたぐらいだ。

よっぽど聞かれたく無い話をしていたのだろう。

それに相手はあのハーヴェイ…シャレルに秘密を提案してきた人物だ。

こんなにエルフィードが疲れて溜息をつくぐらい…何か不穏な話だったのだろうかと、シャレルは心配になった。


「え?ああ…仕事の話だ。今度の夜会へは騎士隊として、参加しなくてはならないんだ」


エルフィードの答えに、シャレルは首を傾げた。


「夜会って…そんなに楽しく無いの?」


シャレルは夜会に参加したことが無い。

マナーの先生から聞く話の中でしか知らない世界だった。

煌びやかな貴族たちの社交の場ですよ、というぐらいの話で聞く程度の知識しか無い。

でも、楽しい場所なんだと、そう思っていた。

キラキラとしたシャンデリア、楽団が奏でる優雅な音楽…その中でエルフィードと一緒に踊れたらどれほど楽しいだろうか。


「夜会にはうんざりしているよ。出なくて良いなら出て無い」


田舎貴族だ、と厭味を言われ続けたこともあり、エルフィードはそういう貴族の社交場というのが嫌でたまらない。


その中でも、特に夜会は行きたく無い場所だった。

シャレルの憧れとは正反対に、エルフィードは夜会を楽しいと思ったことなど無い。


エルフィードの知っている夜会というものは、貴族たちが笑顔で厭味を言い合い、自慢話を繰り広げる場、

そして、結婚や商売、一夜の相手…様々な「相手」を見定める場だった。

どこの家はどこの家より劣っているだの、自分はこんな素敵な宝石を身につけているとか、そんな事ばかりの会話は聞く気にもならない。

結婚や商売相手を探すのならまだ良いかもしれない。

だが…好色家の貴族たちが一夜の相手を探す様も、その会話も…見るだけ、聞くだけでうんざりする。


「仕事だから、仕方ない…けどな」


ただでさえ、嫌いな場所だと言うのに。

今回、ハーヴェイが更に重苦しい話題を持ってきた。

今度の夜会のことは考えれば考えるほど、頭が痛くなる。

エルフィードはまた一つ、大きな溜息をついた。


「…そうなの。楽しそうなのに…」


シャレルがぼそりと呟いた。

エルフィードは夜会が嫌いだという。

それでも、シャレルは夜会に憧れを抱いている。


話の中でしか知らない夜会…そんな夜会に憧れる理由は一つ。

シャレルはエルフィードと踊りたかった。

ただ、それだけだった。


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