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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
焦がれる日々
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「…ところで、エルフィード」


畏まったシャレルの姿に未だに納得がいかない様子であれこれ思い出を掘り返していたエルフィードに、ハーヴェイは、こほん、と一つ咳払いした。

エルフィードがその視線を向けると、ハーヴェイは椅子にゆったりと腰掛け、穏やかな笑みを浮かべている。

何だか嫌な予感がする…エルフィードは、ハーヴェイのその笑みがどうにも何か企んでいるようにしか見えなかった。


「…改まって…何か?」

「ああ。お前はいくつになったんだ?」

「いくつって…25だ」

「俺がお前の年の頃はもう子供がいたよ」


足を組み直し、ハーヴェイは盛大に溜息をついた。


数年前はうるさい程、結婚しろと進めてきたハーヴェイだったが…3度目の見合いを断ってからというもの、何も言って来なくなった。

諦めたものだと思っていたが、そうでは無かったらしい。

久々に口やかましく「結婚しろ」と責めたれられるのかと思うと、エルフィードはもう頭が重かった。


「ああ、そうだな…」


次の「そろそろ結婚したら」という言葉を覚悟し、ハーヴェイの言葉に答える。

しかし、それからハーヴェイは暫く黙り込んでしまった。

穏やかだった表情は少し険しいものになり、ぐっと身を前のめりにし、エルフィードの顔を覗き込んできた。


「…なんだ」

「いや、あれほどシャレル嬢が礼儀正しい淑女になったから…彼女を妻として迎えるつもりなのかと」


ハーヴェイの言葉に、暫くエルフィードは時が止まったかのようにぴくりとも動かなくなった。

そんなエルフィードの様子を、ハーヴェイはじっと目を逸らさずに見定めようとしているようだった。


思考回路まで動かなくなったエルフィードは、暫く経ってその言葉の意味をようやく理解出来たようで…


「…は?」

「だから、シャレル嬢を妻として迎えるつもりなのか、と」


悪い冗談かと思ってハーヴェイを見るが、どうにも本気らしい。

先ほどと変わらず真剣な面持ちでこちらを見ながら、早く返事しろ、と言わんばかりに少し苛立ったように何度か足で床を叩いた。


「…どうしてそうなるんだ」


がっくり、と項垂れながらエルフィードは首を横に振った。

どこからそんな発想が出てくるんだ、と。


「社交界に出せば引く手数多だぞ、あれほど美しく淑女なシャレル嬢は」

「ハーヴェイには淑女に見えるかもしれないが、あれは猫を被ってるだけだ。シャレルは小さい頃と何も変わっていない」

「そうか。小さい頃と変わらない…か」

「ああ。変わってないよ」

「お前があまりに結婚しないからな…シャレル嬢が原因かと思っていたよ。あのお美しい王女様に骨抜きにされたのかと。いや、勘違いだったよ。すまない」


子供の頃から変わっていない、と言ったエルフィードにハーヴェイは満足そうに頷いた。

エルフィードはシャレルを未だに子供扱いしているのだろう。

引き取った頃と変わらず、妹のように接しているのだろう、とハーヴェイは判断した。

ハーヴェイにとって一番気がかりだったことは杞憂だった。


後は、上手くことが運ぶように…エルフィードとシャレルを夜会に来させるだけだ。

シャレルは上機嫌でそれを承諾してくれた。

あれほど美しいシャレルのことだ。

ただ立っているだけで十分、ハーヴェイの望むように事が運ぶだろう。


問題はエルフィードだが…ハーヴェイにも考えがあった。


「エルフィード、今度の国王陛下主催の夜会だが…良い機会だ。素敵なご令嬢と巡り会えるかもしれない。参加しろ」

「…命令ですか、副隊長」


参加しろ、という最後の言葉が、有無を言わせない雰囲気を孕んでいる。

項垂れながら、エルフィードはハーヴェイを見た。


「ああ、命令だとも。どちらにしろ、陛下主催の夜会を欠席なんて…出来ないだろう」

「そうだな。そればっかりは…出来ない」


はあ、と溜息をつくエルフィードを、ハーヴェイは満足そうに見た。


どちらにしろ、陛下主催の夜会に不参加、ということは出来ない。

護衛の意味も兼ねて、騎士隊からも数名が一般参加者として夜会に参加する。

周囲に何か異変を感じれば、すぐに行動出来るように、そして、一般参加者に混じることによってより異変を感じれるように、という…一種の「仕事」も含まれている夜会だ。

遊びで行く訳ではない。

なのに、わざわざこんな田舎へ、ハーヴェイが足を運んでまで伝えたいことがあったとしたら…

結婚しろ、夜会で良い相手を見つけるよう努めろ、ということだろう。


「…今更」


ぼそり、と呟いたエルフィードを無視し、ハーヴェイは今度の夜会の参加者の中にいる気を配るべき主だった貴族の話を始めた。

その中にたまにどこのご令嬢は素晴らしい、などという情報も入ってくる。


エルフィードはそれをただ、ひたすら受身になって聞くだけだった。


そんなエルフィードにとっては重苦しい時間は、澄んだ声と控えめなノックによって終わりを告げた。



「シャレル」


エルフィードが扉を開くと、ワゴンを持った侍女のセイムと一緒にシャレルが深々と頭を下げた。


「お茶をご用意致しました」

「…ありがとう」


相変わらず、畏まった態度のシャレルに、エルフィードは苦笑した。

ハーヴェイが絶賛するシャレルは、マナーの本に書かれてある通りの行動をする。

貴族というものは、こういう本に載っている行動をする女性が好きなんだろうか。

こんな人形のように動くシャレルを、素晴らしいと言うのだろうか。


「シャレル、いつものシャレルの方が俺は良いと思う」


そっとワゴンを部屋に入れ、エルフィードの傍を横切ろうとしたシャレルの耳に届くか、届かないか…

そんな小さな声でエルフィードは呟いた。


少しだけ、シャレルの耳が赤くなる。

それを悟られないように、シャレルは忙しなく動きながら、茶を入れる準備を進めた。


ハーヴェイは二杯ほどお茶を飲み、帰ることにした。

その頃には、エルフィードはぐったりと疲れきっていた。




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