13
バベッジ嬢との最初の見合いから、エルフィードは数年の間に二度ほどハーヴェイに縁談を進められた。
二度目の見合いは、シャレルが馬を逃がして間に合わなかった。
三度目は着ていく服を汚された。
服など代わりはいくらでもある。
まだ可愛い悪戯だと思っていたエルフィードだったが…
あまりにシャレルが悲痛な顔で泣くので、「最後だと思え」と言われていたその三度目の見合いを断った。
エルフィード自身も見合いや結婚に乗り気では無かった。
最後だと思えと言われて焦りもしたが…今となってはシャレルがどうこうしなくとも、断っていたように思う。
それから後は何も無く、フェイル家は穏やかな日々を送った。
そうして、月日は流れ…
シャレルがフェイル男爵家に来て、7年が経った。
春の日差しが柔らかなこの季節、庭には色とりどりの花が咲き乱れている。
そんな庭の新緑の芝の上で、エルフィードとシャレルは手を取り合ってくるくると回っていた。
「エル、ステップが早いわ!」
「ちゃんとダンスの練習してるのかと思って」
「早すぎるの!」
王城勤務が終わって暫くの休暇が取れ、帰ってきたエルフィードは昼食後にシャレルのダンスの練習に付き合っていた。
最初はゆったりとステップを踏んでいたエルフィードだったが、それが徐々に早くなり、今ではシャレルが振り回される程だ。
「もう、ちゃんとしてって…」
くるりとターンした所でシャレルは足がもつれ、そのままバランスを崩し、前のめりになった。
勢い良くエルフィードにぶつかり、エルフィードもシャレルを抱えたまま後ろに倒れこむ。
柔らかい芝がクッションのようになって、勢い良く倒れてしまっても、痛くは無かった。
「悪かった。怪我は無い?」
背中から倒れ込んだエルフィードは、自分の体の上に抱え込んだシャレルの頬を撫でた。
シャレルはむすっとした顔でエルフィードの胸を軽く叩いた。
「練習にならないじゃない」
「もっと上達しないとな。まだまだ一緒に踊るのは無理だな」
「ひどい!あんな早いステップじゃ誰もついていけないわ!」
「それもそうだな」
怒るシャレルをエルフィードは楽しげに見て笑っている。
怒っていたシャレルも、エルフィードが笑うのを見て、次第に表情が柔らかくなっていく。
それから暫く芝生の上に座り込んで話していた二人の元に、シャレルを呼ぶ侍女のセイムの声が聞こえてきた。
「シャレル、今日は何の先生が来るんだ?」
「今日はマナーの先生」
「…マナーか。まあ、無理しなくて良いから」
「どういう意味なの」
「いや、一向に良くならないから」
未だに子供の頃と同じように抱きついてくるし、とエルフィードは昨晩のことを思い出して笑った。
普通なら、一列になって主の帰りを待つものだが、シャレルはいつも走って抱きついてくる。
子供の頃から変わらないその姿を思い出しただけで何だか微笑ましくなる。
あの小さな少女が大人になれば、何か変わってしまうのかもしれないと、そう思っていたが…シャレルは何も変わらなかった。
17歳になったシャレルは、とても美しく成長した。
たまに騎士隊の仕事も兼ねて夜会に参加させられるエルフィードだったが、そこでどんな令嬢を見てもシャレルの方が美しいと思った。
親馬鹿だな、と心の中で苦笑するものの、贔屓目無しでもシャレルは綺麗だ。
それでも、中身は少しも変わらなかった。
幼い頃のまま、何か不満があると叩いてくる癖も、子供の頃のように抱きついてくる所も。
何も変わらなかった。
「シャレルお嬢様、マナーの先生が到着されましたよ」
「ええ。今、行くわ」
セイムの呼びかけに応え、シャレルは立ち上がり、ドレスの裾についた芝や土を払った。
「髪も乱れてる」
「…誰のせいよ、まったく…」
不満げな表情でシャレルは手で髪を梳き、髪飾りをつけなおす。
ある程度身なりを整えると、シャレルは駆け足で屋敷へと向かった。
「シャレル、終わったらお茶を持ってきてくれ」
「分かったわ。文句は受け付けないからね!」
エルフィードに手を振り、シャレルはセイムと共に屋敷の中へと入って行った。
シャレルを見送った後、エルフィードも服についた土を払ってゆっくりと立ち上がった。
今日は休みとは言え、やらなければならない仕事がいくつかある。
それらを頭に思い描きながら、エルフィードも屋敷の中へと入った。
「エル!お茶を持ってきたわ!」
書斎に篭って仕事を片付けていたエルフィードの元へ、マナーの授業が終わったらしいシャレルが入ってきた。
ノック無しに入ってくるシャレルに、先ほどまで何の勉強をしていたのか、改めて聞いてみたくなる。
「シャレル…マナーの勉強はどうなんだ」
「え?まあ、それなりよ」
「そうか…それなりか」
ガチャガチャと持ってきたワゴンの上でお茶を注ぐシャレルを見て、エルフィードは溜息を漏らした。
どうぞ、と差し出されたお茶は…見た目からも薄い。
「…相変わらず薄い茶だ」
「文句があるなら飲まないで!」
シャレルの淹れるお茶はいつだって薄い。
蒸らすのに時間がかからないと言われる種類の茶なのにも関わらず…薄い。
それに対してああだこうだ言えば、膨れっ面で飲まなくていい、とカップを取り上げられる。
「悪かったよ」
カップを取り上げようとしに来たシャレルの手をかわし、エルフィードは再び茶を啜った。
美味しくないと分かっていても、エルフィードはシャレルにお茶を頼む。
机での仕事に疲れた時、何故かこの薄いシャレルのお茶を飲むと気分が楽になるからだ。
暫く休憩がてら、エルフィードはシャレルとの会話を楽しんだ。
再びエルフィードが仕事を始めると、シャレルは黙って机の上の書類を整理し始める。
もう何年もエルフィードの仕事を見てきたシャレルは、次にどの資料が必要か、どの書類はもう片付けるのかをしっかりと把握していた。
ある程度、片付けが終わると、シャレルは「また夕食の時にね」と言って、茶器を乗せたワゴンと一緒に部屋を出て行った。
「中々優秀な補佐官だな」
そんな独り言を言いながら、エルフィードは体を伸ばした。
いつ覚えたんだろう。
気がつけば、シャレルはエルフィードの仕事を少しずつ手伝うようになっていた。
昔はコートネイと二人でしてくれていたが、今ではコートネイが「仕事を奪われました」と苦笑する程だ。
「さてと…」
残った数枚の書類にサインをし、エルフィードはその日の仕事を終えた。
翌日も休みだったエルフィードは、午前中から書斎に篭って残りの仕事に取り掛かっていた。
シャレルに川釣りに連れて行って欲しいと頼まれていたのを思い出し、出来るだけ早く終わらせようといつに無く集中して書類に目を通していた。
その頃、
シャレルはと言うと、庭園の花々の様子を見に行っていた。
自分が育てた花々を見て過ごすのは、シャレルにとって日課の一つだった。
そんないつもと変わらぬ穏やかな春の日。
それは、突然の訪問者によって乱されることとなった。
シャレルは17歳
エルフィードは25歳になりました。




