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西側の森は、エルフィードが幼い頃、よく遊んだ場所だった。
馬で木々の間を走るのも慣れたものだった。
森に入ってすぐに小さく草が踏まれている跡を見つけた。
シャレルだ、とエルフィードは辺りをよく観察し、シャレルが通った跡を探した。
小さな跡は、森の奥へと続いており、それを見たエルフィードは馬の腹を蹴って走り出した。
森は奥へ進めば進むほど、道が無くなる。
背の高い尖った草や木々の根がその行く手を阻むように地面を覆っている。
まだ小さなシャレルが歩める道は限られていた。
途中、馬で進む方が時間がかかると判断したエルフィードは、その場で馬を繋ぎ、木々の間をその足で走った。
「シャレル!!」
大声で名を呼ぶが、返答は無い。
だが、辺りをよく見ると、シャレルが歩いた跡が残っていた。
枯葉が踏まれた跡、木の根についた真新しい土…
エルフィードは少しずつ、焦る気持ちを抑えながら、シャレルの跡を追った。
少しだけ開けた場所に出た時、盛り上がった木の根の上で横たわるシャレルを見つけた。
「…シャレル!」
心臓が早鐘を打ち、嫌なほどにその音が耳にまで響く。
エルフィードはシャレルに駆け寄り、その体を抱きしめた。
「シャレル、目を覚ませ!」
弱いながらも、手の脈は打っている。
最悪の事態では無いにしろ、エルフィードは不安で仕方なかった。
体は冷え切っているし、ぐったりとしているシャレルがもう目を覚まさないんじゃないかと、さっきから息が止まりそうだ。
「ん…」
小さくシャレルが身じろぎし、ゆっくりと目を開けた。
「…シャレル…良かった」
良い年して、柄にも無く涙が溢れてくる。
エルフィードはシャレルを抱きしめながら、流れてくる涙を堪えらなかった。
「…エル、ごめ…んなさい…」
「悪いのは俺だよ…ごめん、シャレル。こんなに寒い中…」
エルフィードは、冷え切ったシャレルの体を強く抱きしめた。
シャレルはまだ眠い頭で、エルフィードの首にしがみついた。
「…帰ろう」
コートの中にシャレルを抱き込み、エルフィードは来た道を引き返した。
屋敷に戻る頃には、シャレルは少し苦しそうに息をしていた。
冷えていた体は、今は逆に怖いぐらいに熱くなっている。
「エルフィード様…!シャレル様っ!」
「セイム、氷嚢の用意と湯の用意を!」
涙目で出迎えてくれたセイムに、エルフィードはすぐに指示を飛ばす。
既に戻っていたコートネイだったが、シャレルの熱っぽい顔を見るとすぐに医者を呼びに屋敷を飛び出した。
エルフィードはシャレルをベッドに寝かせ、その頬をそっと両手で包んだ。
「俺が悪かった」
何度もシャレルの頬を撫で、額をくっつけながら…エルフィードは呟いた。
熱に浮かされながら眠るシャレルをエルフィードは暫く抱きしめていた。
「エルフィード様。私が代わりにお嬢様についています。少しお休み下さい」
深夜になっても、エルフィードはずっとシャレルの傍で看病を続けた。
見かねたコートネイが何度も代わると申し出ても、エルフィードは首を縦に振らなかった。
「コートネイこそ休んでくれ」
「いいえ、そういう訳にはいきません!」
「すまないな…」
「いいえ。お嬢様が心配なのは私も同じですから」
コートネイは穏やかな笑顔で悲痛な顔をしているエルフィードを励ました。
「水桶の水を替えて参ります。ついでに、何か飲み物も取って参ります」
シャレルの額に乗せている布は、すぐに熱で熱くなってしまう。
何度、水を替えてもまたぬるくなってしまうのだ。
コートネイは、水桶を手に部屋を後にした。




