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エルフィードが振り向くと、シャレルは地面に蹲っていた。
蹲って、地面に散らばった花を集めていた。
「…シャレル。どういうつもりだ」
きつく言ってみたが、シャレルからは何の返事も無い。
エルフィードの言葉を無視して、そのまま花を集めている。
「シャレル!あんなことして良いと思っているのか!」
シャレルの腕を取って、無理矢理、顔を上げさせる。
「…あ、お花…」
「花なんかどうでもいい!俺は怒ってるんだ」
シャレルが拾おうとした花を、エルフィードは知らずに踏みつけていた。
だが、この状況でも花がどうと言っているシャレルに、エルフィードは少し腹が立っていた。
「…ご、めん、なさい」
震える声で、シャレルが言った。
シャレルから謝罪の言葉を聞けたからか、エルフィードは少しずつ気持ちが落ち着いてきて、冷静になれた。
「…暫く反省するんだ。悪いことをしたんだから」
エルフィードはシャレルの腕を放し、それだけ言い残して足早に屋敷の中へと入って行った。
シャレルは、エルフィードが踏んだ花を握り締めて、じわりとこみ上げてくる涙を拭った。
悪いのは自分だ。
エルフィードを誰かに取られるのが嫌だった。
だから、あんなことをしたのだ。
なんて醜いんだろうと、シャレルは自分が嫌になった。
大切に育てた花までこんな風に撒き散らすつもりは無かったのに…
勢いのままに籠ごと放り投げてしまったのだ。
「…ごめんね…」
シャレルは地面に散らばった花を拾い上げながら、涙を流した。
エルフィードの紫の目が好き。
優しくて、綺麗な色の紫が大好き。
エルフィードの目と同じ色の花を、エルフィードに贈るんだと毎日頑張って世話をした。
大好きとありがとうを伝えたくて育てた花は、今、醜い嫉妬の為に散ってしまった。
シャレルは、地面の花を拾い終えた後、そのままふらりと庭園の方へと向かった。
いよいよ日が暮れるという時間になっても、シャレルは屋敷に戻って来なかった。
エルフィードはシャレルが昼食を食べに来なかったことを、ただ部屋で反省してるんだろうと簡単に考えていた。
確かめもせずに、セイムに後で食事を運ばせるようにとだけ指示した。
そのセイムが、シャレルがどこにもいないと言ってきたのは、日が傾き始めた時間だった。
「お嬢様が…部屋から出て来てくれないので、部屋の内側に食事のワゴンを置いたんです…この時間になってもお食事に手をつけられてなくて…」
心配になって中に入ってみたが、薄暗い部屋の中にシャレルの姿はどこにも無かった。
セイムは不安そうな表情で言葉を紡いだ。
それを聞かされたエルフィードは、頭を鈍器で殴られたような気分だった。
それから、懸命に屋敷中を探して見たが、どこにもシャレルの姿は無い。
庭園も、その奥にある農園にも足を運んだが、その姿は見当たらない。
日が暮れる時間になって、エルフィードの焦りはますます募っていった。
子供や女性が野犬に襲われる事件もこの田舎町ではよくある話だ。
そんな悪いことを考えないようにしながらも、時間と共に不安だけが大きくなる。
「…コートネイ、屋敷の東側の森を探してくれ。俺は西側を探す」
「分かりました」
「セイム、屋敷に残った侍女ともう一度、庭園と農園を探してくれ」
「はい、エルフィード様!」
エルフィードの指示の元、各々が駆け足で言われた場所へと向かった。
日が落ちきる前に何とかしなければ、と屋敷の者たちも焦りだけが募っていった。
農園の西側の森には、一年を通して葉をつけている木が立ち並んでいる。
尖った葉をつける木々は、温かい季節にはどこか寒々しい雰囲気もあるが、この季節には逆に緑豊かで柔らかい印象すら与えた。
年間を通して雪が降ることが少ないこの地方だが、空気も地面も冷え込んでいる。
シャレルは、手に息を吹きかけ、何度か擦り合わせた。
農園の隅から続く小道の先にこの森があり、その入り口にこの寒い季節に咲く花が群生していた。
白く小さなその花を見たシャレルは、他にも色々な花が咲いているのでは無いかと、この森に入り込んだ。
所々にある草むらの中を覗きこんで、森を進んでいくうちに迷ってしまった。
辺りは同じ木が並んでいるだけで、一体自分がどこにいるのか、屋敷からどれだけ離れているのかも分からなかった。
「…寒い」
先ほどから、震えが止まらない。
日が傾き始めてからは、冷え込みもどんどん厳しくなってくるし、足も徐々に凍り付いていくように、動かなくなってきた。
歩くのが辛くなって、シャレルは木の根が盛り上がっている部分に腰かけた。
エルフィードには反省しなさい、と言われた。
エルフィードが許してくれないなら、帰れない。
シャレルは背を丸くし、何とか冷え切った体を温めようとした。
屋敷に戻ってエルフィードに抱きつきたい。
でも、エルフィードに拒絶されたら…エルフィードがまだ怒っていたら…
拒絶されたらきっと立ち直れない。
屋敷に戻ってエルフィードに抱きつきたい気持ちの裏で、シャレルはエルフィードに会うのが怖かった。
こんなことなら…エルフィードという存在に出会わなければ良かった。
誰かに取られたくないとか、嫌われたら怖いなんて、そんな感情を知りたくなかった。
エルフィードに嫌われるぐらいなら、このままこの森でひっそり暮らす方がいいな…でも、どうやって暮らせば良いんだろう…
シャレルは徐々に重くなってくる瞼に抵抗しようと、必死で色々と考えてみるが、思考がまとまらない。
そうこうしている間に、何も考えられなくなって、瞼を閉じてしまった。




