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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
幼い恋
11/55

10


エルフィードが振り向くと、シャレルは地面に蹲っていた。

蹲って、地面に散らばった花を集めていた。


「…シャレル。どういうつもりだ」


きつく言ってみたが、シャレルからは何の返事も無い。

エルフィードの言葉を無視して、そのまま花を集めている。


「シャレル!あんなことして良いと思っているのか!」


シャレルの腕を取って、無理矢理、顔を上げさせる。


「…あ、お花…」

「花なんかどうでもいい!俺は怒ってるんだ」


シャレルが拾おうとした花を、エルフィードは知らずに踏みつけていた。

だが、この状況でも花がどうと言っているシャレルに、エルフィードは少し腹が立っていた。


「…ご、めん、なさい」


震える声で、シャレルが言った。

シャレルから謝罪の言葉を聞けたからか、エルフィードは少しずつ気持ちが落ち着いてきて、冷静になれた。


「…暫く反省するんだ。悪いことをしたんだから」


エルフィードはシャレルの腕を放し、それだけ言い残して足早に屋敷の中へと入って行った。


シャレルは、エルフィードが踏んだ花を握り締めて、じわりとこみ上げてくる涙を拭った。

悪いのは自分だ。

エルフィードを誰かに取られるのが嫌だった。

だから、あんなことをしたのだ。

なんて醜いんだろうと、シャレルは自分が嫌になった。


大切に育てた花までこんな風に撒き散らすつもりは無かったのに…

勢いのままに籠ごと放り投げてしまったのだ。


「…ごめんね…」


シャレルは地面に散らばった花を拾い上げながら、涙を流した。


エルフィードの紫の目が好き。

優しくて、綺麗な色の紫が大好き。

エルフィードの目と同じ色の花を、エルフィードに贈るんだと毎日頑張って世話をした。

大好きとありがとうを伝えたくて育てた花は、今、醜い嫉妬の為に散ってしまった。


シャレルは、地面の花を拾い終えた後、そのままふらりと庭園の方へと向かった。






いよいよ日が暮れるという時間になっても、シャレルは屋敷に戻って来なかった。


エルフィードはシャレルが昼食を食べに来なかったことを、ただ部屋で反省してるんだろうと簡単に考えていた。

確かめもせずに、セイムに後で食事を運ばせるようにとだけ指示した。


そのセイムが、シャレルがどこにもいないと言ってきたのは、日が傾き始めた時間だった。


「お嬢様が…部屋から出て来てくれないので、部屋の内側に食事のワゴンを置いたんです…この時間になってもお食事に手をつけられてなくて…」


心配になって中に入ってみたが、薄暗い部屋の中にシャレルの姿はどこにも無かった。

セイムは不安そうな表情で言葉を紡いだ。


それを聞かされたエルフィードは、頭を鈍器で殴られたような気分だった。


それから、懸命に屋敷中を探して見たが、どこにもシャレルの姿は無い。

庭園も、その奥にある農園にも足を運んだが、その姿は見当たらない。


日が暮れる時間になって、エルフィードの焦りはますます募っていった。

子供や女性が野犬に襲われる事件もこの田舎町ではよくある話だ。

そんな悪いことを考えないようにしながらも、時間と共に不安だけが大きくなる。


「…コートネイ、屋敷の東側の森を探してくれ。俺は西側を探す」

「分かりました」

「セイム、屋敷に残った侍女ともう一度、庭園と農園を探してくれ」

「はい、エルフィード様!」


エルフィードの指示の元、各々が駆け足で言われた場所へと向かった。

日が落ちきる前に何とかしなければ、と屋敷の者たちも焦りだけが募っていった。






農園の西側の森には、一年を通して葉をつけている木が立ち並んでいる。

尖った葉をつける木々は、温かい季節にはどこか寒々しい雰囲気もあるが、この季節には逆に緑豊かで柔らかい印象すら与えた。

年間を通して雪が降ることが少ないこの地方だが、空気も地面も冷え込んでいる。


シャレルは、手に息を吹きかけ、何度か擦り合わせた。


農園の隅から続く小道の先にこの森があり、その入り口にこの寒い季節に咲く花が群生していた。

白く小さなその花を見たシャレルは、他にも色々な花が咲いているのでは無いかと、この森に入り込んだ。


所々にある草むらの中を覗きこんで、森を進んでいくうちに迷ってしまった。

辺りは同じ木が並んでいるだけで、一体自分がどこにいるのか、屋敷からどれだけ離れているのかも分からなかった。


「…寒い」


先ほどから、震えが止まらない。

日が傾き始めてからは、冷え込みもどんどん厳しくなってくるし、足も徐々に凍り付いていくように、動かなくなってきた。


歩くのが辛くなって、シャレルは木の根が盛り上がっている部分に腰かけた。


エルフィードには反省しなさい、と言われた。

エルフィードが許してくれないなら、帰れない。


シャレルは背を丸くし、何とか冷え切った体を温めようとした。


屋敷に戻ってエルフィードに抱きつきたい。

でも、エルフィードに拒絶されたら…エルフィードがまだ怒っていたら…

拒絶されたらきっと立ち直れない。

屋敷に戻ってエルフィードに抱きつきたい気持ちの裏で、シャレルはエルフィードに会うのが怖かった。


こんなことなら…エルフィードという存在に出会わなければ良かった。

誰かに取られたくないとか、嫌われたら怖いなんて、そんな感情を知りたくなかった。


エルフィードに嫌われるぐらいなら、このままこの森でひっそり暮らす方がいいな…でも、どうやって暮らせば良いんだろう…

シャレルは徐々に重くなってくる瞼に抵抗しようと、必死で色々と考えてみるが、思考がまとまらない。


そうこうしている間に、何も考えられなくなって、瞼を閉じてしまった。



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