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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
幼い恋
10/55

09



翌日も機嫌の悪かったシャレルだったが、その次の日にはいつも通りに戻っていた。

育てていた花がようやく咲いたというのが嬉しかったようで、今までの不機嫌が一気に無くなっていた。


そんな上機嫌で花を摘んでいたシャレルの元に、侍女のセイムがやって来た。


「お嬢様、もうすぐお客様がいらっしゃいます。お屋敷にお戻り下さい」


籠いっぱいになった紫の花を満足そうに見ていたシャレルは、セイムの言葉に首を傾げる。


「お客様って誰?」

「エルフィード様の…そうですね…ご友人…でしょうか」

「…何かあるの?」

「まあ、何と申しますか…エルフィード様の…その、お見合い…だそうで」


別にお見合い相手が来たことを言うなと口止めされている訳では無い。

それでも、エルフィードを慕うシャレルの気持ちを知っているセイムは、「見合い」と告げることが少し躊躇われた。


シャレルは驚いた顔を見せたが、すぐにセイムの言葉に頷いてみせた。


「エルのお見合いなのね?」

「ええ、そういうことらしいです。お嬢様も、お客様をお迎えする準備を、とのことです」

「…うん、ちょっと待って。すぐに戻るわ」


シャレルは駆け足で、籠を持ったまま、農園のある方へと駆けて行った。

すぐに連れ戻すよう言われていたセイムは困った顔で、屋敷へ戻るしか無かった。






「シャレルは」

「すぐに戻ると仰って…農園の方へ向かわれました」

「そうか。戻ってこないなら、それで良い」


セイムの言葉に、エルフィードは心のどこかで安堵した。

出来れば、バベッジ嬢に会わせたくない。

香水の匂いがきついのも、華美な装いを好むところも、シャレルがそれを見て手本としたら困る。

親心というのか…出会って間もない少女にこれほどまでに傾倒しているのか、と自分でも変に思う。


「エルフィード様、バベッジご令嬢がお見えになりました」


別の侍女が部屋の扉の外から声をかけてきた。

セイムは困った顔して、エルフィードを見た。


「どういたしましょう。お嬢様のお着替えの時間もありますし…呼びに参りましょうか?」

「いい。シャレルには部屋に入らないように言っておいてくれ」


溜息交じりの重い足取りで、エルフィードは扉に手をかけた。






バベッジ嬢から「お屋敷にお邪魔しても良いかしら」との連絡があったのは、昨日だった。

2日前に会った時に来たいとは言っていたが…あまりに早いこの展開は、きっとハーヴェイが用意したシナリオだろう。


エルフィードは溜息交じりで、屋敷の外までバベッジ嬢を迎えに行った。


あの華美なお嬢様は、この質素な屋敷を嫌うだろう。

それで早く帰ってくれれば良いのに、見合いも破談になれば良い。

そんな風に思いながら、エルフィードは門からゆっくりとこちらに向かってくるバベッジ嬢に一礼した。


「ようこそ、こんな田舎まで」

「いえ、王都とは違ってのどかで素敵ですわ」


思いの他、バベッジ嬢は上機嫌に微笑を浮かべている。

田舎道に飽き飽きしているだろうと思っていただけに、少し意外な反応だ。

バベッジ嬢が上機嫌な分、この見合い話が進んで行きそうで…エルフィードは内心焦った。

エルフィードは顔に貼り付けた笑顔で、ありがとうございます、と返すだけだった。


「大したお持て成しも出来ませんが、どうぞ」


エルフィードがそっと屋敷の扉に手をかけ、

バベッジ嬢が屋敷へ足を踏み入れようとした時…


「エル!」


農園の方から、駆けてくるシャレルの姿が見えた。


今日もバベッジ嬢の香水は辺りに充満しているし、口紅も化粧もやっぱり濃い。

この前より胸が開いた服を着ているし、ドレスのごてごてした飾りは煌びやかを通り越して目に痛い。

シャレルにはやっぱり会わせたくなかった。

エルフィードはシャレルに向かって小さく首を横に振った。

来るな、という意味を込めて。


「エルのばか!」

「シャレル!あっちに行ってなさい」

「ばか!ばか!」


涙目でこちらへ駆けてくるシャレルの姿に、バベッジ嬢は扇で少し口元を隠しながら、「まあ可愛いこと」と微笑んだ。

可愛い、なんて口にしている割には目が笑っていない。

シャレルはそのまま駆け足でエルフィードとバベッジ嬢の間に割り込み、持っていた籠の中身をぶちまけた。


「まあ、まあ。子供らしい悪戯だこと」


辺りに飛び散ったのは、紫の花…それを見て、バベッジ嬢は更に扇で口元を隠した。

ところが…地面に散った紫の花の下から、足が何本もあるうねうねとした虫や、黒光りする虫が現れた瞬間…


「キャアッ!!な、な、な…」


バベッジ嬢は声にならない叫びを上げなら、引きつった顔でシャレルを睨んだ。

スカートの裾に虫が迫ってきて、更にバベッジ嬢は更に悲鳴を上げる。


「なんて、ことを!」


バベッジ嬢は涙目でスカートについた虫を払おうとするが、ただスカートをひらひらとさせるだけで、一向に取れる気配は無い。

エルフィードは慌ててバベッジ嬢のスカートの虫を払った。


スカートの虫を取り除いた後も、足元にはまだ虫がうねうねと体を動かしている。

バベッジ嬢はじりじりと後ずさり、虫から離れた。


「なんて憎らしい子なの!田舎の子は皆、こんなに品が無いのね!」


顔を真っ赤にして、バベッジ嬢はシャレルを怒鳴りつけた。

シャレルは口をへの字にして、バベッジ嬢を睨みつけている。

間に立たされたエルフィードはしばらく呆気に取られていた。


「もう結構!最悪だわ!」


最後に持っていた扇をシャレルに向かって投げつけ、バベッジ嬢はそのまま踵を返した。

バベッジ嬢の怒りに呆気に取られていたエルフィードも、シャレルに投げつけられた扇だけは腕で遮った。

銀で出来た扇は、鳥の羽でふわふわと飾り付けた柔らかそうな見た目に反し、腕に当たると痛かった。


シャレルのしたことは悪いことだろうが、こんなものを平然とシャレルに投げつけてくるバベッジ嬢にも腹が立った。

はあ、と大きな溜息をつき、エルフィードはシャレルをきつく叱るつもりで振り向いた。



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