09
第二部です
その日はやけに鴉が多かった。
鴉共はがあがあとやかましく鳴き叫びながら夕暮れに差し掛かった妖怪町の上をぐるぐる旋回している。
灸は、その声によって叩き起こされた。
「……うるさい」
開口一番そう愚痴りながら小さくあくびをし、それでも布団が恋しくなってくる秋の入口、自分の精神力を振り絞って布団から出ることに成功した。
「……寒い」
寝起きで機嫌が悪く半眼になっている灸のその目は、迫力をいつもの二割増しにしている。
そして灸は、寝像悪く床に転がっている聖を勢い良く蹴飛ばしてから着替えを始めた。完璧なる八つ当たりである。
「くそっ……。こんな時間から開いてるのか?一体いつ来たら閉まっているんだっ!周りを見ろ周りを、店と言っていい店見渡す限り全部閉まってるだろう?客なんか来ないんだ周りを見習っておとなしく閉めておけ!」
「そんなに閉めている所が見たいなら一日中見張っていたらどうだ?現に客なら来ただろう。ところで灸。蛙、買うのかい?冷やかしなら帰ってくんな。こっちも忙しいんだ」
店の主のいない屋台に向かって叫ぶ灸。だが屋台の中からは声が聞こえてくる。
寝起きから続く灸のイライラもピークに達した原因は、こんな夜早くだと言うのに相変わらず店を開けている要の蛙串焼きの屋台にあった。
「忙しくなんか無いだろ……あぁわかったわかった買うよ。六銅で適当に聖と私の二人分見繕ってくれ」
「ん、まいどあり」
せめてもの腹いせに、と灸はがま口から銅貨を六枚取り出すと力の限り投げた。が、やはりその銅貨は屋台の中の空中で何かに飲み込まれたかのように消えてしまう。
「はいこれ。二人で仲良く食べなよ」
何か微かな気配がしたかと思ったら、いつの間にか茶色い紙袋が灸の目の前に差し出されていた。灸はそれをむんずと掴むと後ろを向き、言った。
「ありがとさん。今日は鴉が多いから店の前の串焼き、取られないようにしろよ」
「ご忠告どうも。そんな優しい灸に私からの贈り物だ」
要の声が灸の元に届くと同時に、灸の首には何か暖かいものが巻かれていた。
「マフラー。これから寒くなるし、灸はそんな女らしいものを持っていなかったと思って。大事にしろよ」
マフラー、か。首に巻くものはそう言えば持っていなかったな。灸は首だけ後ろに向け、微かに笑った。
「ああ。大事にするよ」
「……と、言うわけでだな」
帰宅早々聖に詰め寄られてマフラーの説明をすることになっている灸。手に持っている串焼きが段々熱を失っていくのが分かる。
「えーキュウだけずるいっ。僕も要さんに言って作ってきてもらうーっ!」
「いやセイ、別にこれは手作りと決まったわけではないぞ」
「だってそうじゃないなら何でマフラーの模様にキュウの漢字が編みこんであるのさ!」
「ん?……あ」
そう言えば見ていなかったが、確かにマフラーの真ん中に可愛らしい字体で「灸」と編みこんである。ご丁寧にその漢字の周りには炎のシルエットも。これでは手作りではないと言い訳が出来ない。町の編み物屋にもこのような柄のものは無かったはずだし……。
「じゃっ……じゃあ、僕もキュウに何か贈り物するーっ!!」
「そうか、頑張れ。とりあえず串焼きが冷めるから食べてしまおう」
「僕牛蛙四本!」
そう言った瞬間考えが食べ物にシフトする聖を見て、灸は聖のことが少し心配になった。