08
明け方近く、灸と元に戻った聖に黒狐は無事町の壁の前まで帰って来た。
「あの後、大丈夫でしたか……?灸様も、黒狐様も」
壁の上から心配でたまらないという顔で結が覗いている。
「大丈夫だった。心配するな」「ああ、有難う」
それに対し、輝かんばかりの笑顔で灸と黒狐は答えた。
「待って待って!僕はぁっ?」
後ろから聖の声がするが、皆無視。
「良かった……きゃっ」
「痛ぇっ」
どさ。とか、ぽさ。とか言う擬音と共に結の姿が壁の上から消えた。と同時に壁の向こうから掬の汚い悲鳴が。
結に怪我が無くて良かった、と思いながら灸は町の中に入った。
「皆、この身を梢一団の手中から救い出してくれたこと、感謝する」
いつかの大広間で黒狐が皆を前にし、深々と頭を下げた。めでたいめでたいと酒の入った妖怪たちは恐れ多くも黒狐と白狐を囲み、なぜか胴上げを始める。わっしょいわっしょいと言う声がまだ酒を飲んでいない灸と聖の所まで聞こえてくる。その灸と聖は、二人きりで自分たちの家にいた。そして、縁側で騒がしい朝を見つめていた。
「なあセイ」
「何、キュウ」
「ありがとう」
何気なく言い放った灸の言葉に聖の顔が真っ赤になる。
「なななな何をっ……」
「穢から聞いた。ずっとずっと、私を守りたいと思っていたそうだな」
「そそそれはそうだけど何でそれで……っ」
ぐるぐると目まぐるしく目まで回しあたふたとうろたえる聖にあえて落ち着き、台詞を一つ一つ並べる灸。
「私は自分が強いと思っていた。だからお前をいつまでも守るつもりでいたし、自分は常に敵にやられる危険のある先駆けでいいとも思っていた」
そこまで言った所で灸は無理やり聖を立たせ、自分も立つ。
「だがたとえ妖怪だとしても……妖怪だからこそ男女の差、体格の差というものは顕著に表れる」
ほら、このように身長だけでも。と、灸は聖を見上げた。
「それを気にも留めず慢心していた私は救いようの無い馬鹿だ。だからそれに気付かせてくれて、ありがとう」
「う……うん……」
慌てる聖に軽く笑い、灸は聖と共にまた縁側に座る。
「んんっ……。今日は妖力も多く消費したし、疲れた」
くーっ、と伸びた灸は徐に立ち上がった。
「キュウ」
そして唐突にした背後からの聖の声に振り返る。
灸は、強引に自分の口の中に舌がねじ込まれるのを感じた。
「……何をする」
灸はそう言った瞬間、妖力が流れ込んでくるのをまた感じる。その感覚はくすぐったいようであり気持ち良いようでもあり、灸は何と無くそのままでいた。
「妖力の補給」
灸から口を離した聖は、そう言った。
「セイ……じゃない、穢か」
「そうだよ」
にこりと怪しげに笑い、穢はくいっと灸のあごを持ち上げる。
「そこまでだ。それ以上は許さん」
そして二度目の口付けを穢がしようとした時、灸は穢の口を押さえた。
「借りはこれで返せたか?」
「ううん、まだまだ」
「そうか、なら……」
これで本当に終いだ。
そう言って多少顔を赤くしながら、今度は灸が穢に口を付けた。
「私はもう寝る」
そして照れ隠しのようにそう呟きながら、部屋に引っ込んでいった。
これにて第一章「黒狐」はお終いとなります。
ですがまだ続きますので、よろしくお願いします。更新速度ももう少し早く出来るように頑張ってみます。
希望があれば、第一章終了時点の人物紹介を書いてみたいと思います。