07
「うん、いいよ?」
聖は例の超絶悪笑顔で返答した。絶ッ対こいつはあのセイと認めない!と、まあ常人(妖怪?)なら誰しもが思うようなことを心内で大きく叫ぶのは灸。少しはときめいてしまったということは秘密だ。なんてったっていつもの聖の十倍程かっこいい。が、それをこの悪聖に知られてしまったら最後何をされるかわからない。もうこいつは聖ではなくて穢と呼んだ方がいいのではないかと灸は一人密かに思い始めていた。
「でもさぁ、一人で突っ走るのは悪いと思うんだよね俺は。うん」
悪聖――もとい穢――の一人称が僕から俺に変化した。もう自分の本性を隠そうともしない穢に灸は呆れた。
「ところで穢……何でも無い何でも無いセイ、お前はそれが本性なのか?」
「うーん、まあ大雑把に言えばそうだよ?正確に言えば違うけどそれがどうかしたの?ていうかさっきの穢って何?」
灸に返答しながらも穢は灸の頭を撫でたり胸を揉んだりする行為をやめない。
「うーん、キュウはもうちょっと女の子らしくした方がいいと思うんだけどなぁ。そもそも胸を揉まれて平然としているのは女子としてどうかと思う。まずその言葉遣いをどうにかしようよ」
更に自分で灸に質問をしておいて喋ることをやめない。
「放っておけ。……あと胸を揉む行為はセイだから許していることだ。お前は触るな。身体に障る」
「えー俺も一応聖なのにー」
そしてこの期に及んで自分のことをセイだとのたまう。
「姿形こそ同じであれお前がセイではないのは私には既に解っている。生まれてからずっと傍にいたのだ間違えようが無かろう。大体一応が付く時点でお前はセイではない!良いからその手を放せ!」
「はぁい」
穢は聖を意識したのか可愛く言って灸から名残惜しそうに離れた。正直、気持ち悪い。
「それから黒狐様を助けに行くぞ!あと道すがらお前の正体を教えろ!」
灸は無駄なかっこよさの穢の顔から目を逸らして穢の持っている自分の刀を奪い取るようにかっさらうと自分の腰にある鞘に挿した。
「そんな怒らなくてもいいのに」
「何か言ったか?」
「いいえ、何にも」
そのようなやり取りを繰り返しながら、灸と穢は黒狐がいると思しき方向へと足を進めた。
穢によると、穢という者は「聖の‘灸を守りたい’という心と‘自分の力量では灸を守ることは出来ない’という思いの葛藤によって生まれた存在」なのだそうな。
だから穢と聖は記憶も感情も共有しているし、灸を守りたいという強い想いは同じだそうだ。つまり、一般に見る物程は自己の人格が分かれていない曖昧な二重人格だと考えてもらったらいいらしい。
穢の方の人格に名前は付いていないということなので、灸は改めて穢を「穢」と命名した。あまりにも合いすぎている、と当人の穢には大うけだった。
「黒狐様、助けに来ました」
そんなことをしている間にももう灸と穢は黒狐の檻の前へと到着していた。
灸は目の前にある檻に声をかけた。そして檻を無理やり破壊する。
「キュウは本当に人使い荒いんだからー」
ぶつぶつと呟きながら闇を自由自在に操って、そこかしこの敵たちを一人残さず気絶後悪夢へ誘っている穢は灸の後ろから付いてきた。灸はもう穢さえいれば後の戦闘部隊はいらないのではないかと思う。
『済まない。が……灸よ、この首輪を外してくれまいか?』
黒い狐の姿でのそりと檻から出てきた黒狐は、その首を伸して付けられている首輪を指した。
「はい」
灸は後ろの穢には構わず言われた事柄を実行した。途端に黒狐の姿が人型に変化する。
そこには、漆黒の狐耳に白狐と同じく九つの尻尾を生やし、優しげに微笑む若い男の姿があった。
「黒狐様っ!」
灸は黒狐の腕の中へと飛び込んでいく。黒狐はそれを優しく受け止めた。
「……これって俺、割に合わないんじゃね?」
向こうの方で静かに呟く穢の言葉は、聞かなかったことにしよう。