06
自分の身体が地面から浮いている感覚がする。いや、感覚ではない。実際にその人影が灸を抱きかかえているのだ。
「その玉は……妖怪のみに効果を発揮する……蚊取り線香みたいなものか」
まだ視界がぼんやりとする中、その人影は小さく独り言のように呟いた。途端になぜか目を灼くような光が消えたが、まだ灸の視覚は回復していないので人影はぼやけた人影としか認識できない。
「き……消えた?!『光・妖怪弾』が!……何をした!!」
向こうから敵と思しき慌てた声がする。
「そんな変な名前なんだアレ。ネーミングセンス最悪だね。……それはさておき、僕はただそれに闇をぶつけて相殺しただけ。僕にはそれぐらいしか出来ないから」
自嘲するように軽く笑って、その人影が言った。
「でも……僕はキュウを守るって言ったからね」
人影はそう続ける。
灸は人影のその台詞で、そいつが誰なのか認識できた。が、理解は出来ない。
「セイか?……セイなのか?」
よく聞くとその声も聖のものである。が、口調とその身に纏う雰囲気が全く違う。セイは、聖は……もっと何にも考えてなさそうな、皆から愛される間抜けた性格だったではないか。
「そうさ、僕はセイ。聖だよ」
怪訝そうに訊ねる灸に聖はそう返すと、言った。
「キュウは女の子なんだから……たまには僕に任せてよ。皆も大丈夫だよ、町の中にいるから」
そして聖は灸を優しく自分の後ろに降ろすと、灸の腰の刀をすらりと抜いた。
「ちょっと借りるね」
「……あ、ああ」
そうして聖は刀を両の手に持ち、構えた。
「お前らには負けない」
突然の大声。
その声が固まっていた周りの敵たちを動かした。
一気に囲まれる聖。その敵たちの目はどこか血走っていた。
「やれやれ、僕も嫌われたものだね」
その言葉と同時にぶんぶんと刀を振り回し、敵との間隔を空ける聖。
「あと、灸に危害を加えようとした奴は約束を破ってこの命を糧にしてまで殺すからね。それ以外は気絶させるだけだけど」
そう言ってにやりと口の端を歪め意地悪そうに笑う聖には、もう以前の聖の面影は無かった。
その言葉に敵がひるんだ隙に聖は自身の持つ「闇」の力を解放した。
月に照らされた聖の背後の影が不自然なほど濃く、昏くなる。
その影から真夏の陽炎のように何かが立ち昇った。ゆらり、とまわりの空間が揺らぐ。その揺らぎに合わせるように、細い、黒い糸のようなものが無数に敵の周りをうねり始める。
「この力、僕とキュウの両方の刀が無いと出来ないから一度やってみたかったんだよねー」
聖はまるで玩具を与えられて喜ぶ幼児のような事を呟く。そして、その両の手に持った刀を一振りすると叫んだ。
『闇の巻・空間移動→悪夢 持続時間半刻』
その不思議な響きを持つ言葉と同時に闇は敵全員の首に巻きつき、全ての敵がその場から姿を消した。
「まあ半刻|(30分)程悪夢を見せるぐらいなら約束には違反しないと思うし、僕が直接危害を加えたわけでもないしね。悪夢を見るのは梢一団の勝手だし?僕には関係ないよなー。むしろ僕たち被害者だよねー?と言うわけで一生トラウマになるような夢見て来い人間。けたけたけたけた」
その声は異空間にいるであろう彼らに届いているのかいないのか。判らないがとりあえず聖はお茶目を装いそう言った。その様子を見ていた灸は、いよいよあの可愛かった頃の聖が懐かしくなってきた。何にせ裏聖、密度が濃すぎる。何のかと問えば性格の。
まあそれはともかく。
「……ありがとう、セイ。助かった」
とりあえず親しき仲にも礼儀あり。というわけで灸は聖にそう感謝した。
……聖がやばいことなってますがお気になさらずに。むしろスルーしてあげてください。