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本当に長らくお待たせした上に短いと言う踏んだり蹴ったりな状況ですが、それでも読んでくれる方はどうぞ
「鴉、橋」
灸はそう独りごちた。
「はい、鴉橋です。ほら、橋の色が鴉の濡れ羽色でしょう?」
便はそんな灸の手を引き手を引き、橋の前まで連れて来る。
「この先はどこに繋がっているんだ?」
ぴこぴこと興味深そうに尻尾を動かしながら、灸。
「やぁ、それは行ってからのお楽しみってことで」
にんまりと悪い笑いをしながら、便。
結果。
「いふぁいいふぁいいふぁいいふぁい」
手の早い灸に両頬を引っ張られながら半泣きの便の出来上がり。
「もう、痛いなぁ……もっと優しくして下さいよ、ねぇ」
くねくねくね。
「正直お前にそのポーズをとられると私の鉄拳が唸るのだが」
「止めて下さいお願いします」
「なら早く教えろ」
キラリンと灸の目が輝く。何だかんだ言っても、灸はこの手の話題がたまらなく好きなのだ。そこがまたこの手の話題に付け入られる隙を生むのだが。
「分かりましたよぅ。えっとですねぇ、ご主人様によりますと此処鴉橋を渡った者は二度と帰ってこないとか」
「駄目じゃないか」
「でもご主人様のご命令ですもの。ご主人様は、灸様に多大なる期待を寄せておいでですの。鴉橋を無事渡る事、そして戻ってくる事が出来ると固く信じているのです」
思いがけず真剣な顔でそう言われた灸は、目をぱちくり。
そして、
「や、そんな事を言われずとも最初から渡るつもりでいたのだが。ふむ、面白い。そう言う事ならあの変態の期待に応えてやらんでもないな。ふむふむ」
などと表面上は冷静に返しておきながら、耳がぴこぴこ、尻尾がぱたぱた。嬉しいのである。
まあ、それはそうだろう。たとえ変態であろうと自分のことを手放しで褒めてくれているのだ。嬉しくないはずが無い。
「では行って来ようぞ。便、お前はここで見ているが良いぞ。私の勇姿、とくと見せてやろう」
ぱたぱたぱた。激しく尻尾を振りながら意気揚々と鴉橋を渡っていく灸の背を見ながら、便は呟いた。
「分っかりやすっ」
そうやって鴉橋の半分程まで来た灸だが、そこでふと立ち止まった。
「そうだ。一度下の大河を見てみよう」
何てこと無い思いつき。しかしそれは妙案であった。
「何だ、これは」
橋の下を覗き込んだ灸の目に、橋げたから明らかに飛び出している棒のようなものが見えた。
とりあえず手を伸ばしずるりと抜き取ってみると、それはただの手首ほどの太さの黒い棒。
「うー……む」
抜き出した四十センチほどの真っ黒い棒を眺めてみた灸だが、別段それには変わった様子は無い。
「まあ、何かの役に立つこともあるだろう」
こういったことにそこまで悩まない、それが灸の良いところ。なのかどうかはさておき、灸はまた橋を影しか見えない目的地に向かって歩いていった。