17
「…………は?」
恐らくとても間抜けた顔。灸は自分では見ることの適わない顔を、そう自己分析した。
誰か助けてくださいと辺りを見回すも、灸と神木以外誰もいない。
「……何で?」
「灸様は僕なんか及びもつかないほどたくさんの力を持ってるから」
「……いや、私に仕えるぐらいなら白狐様や黒狐様に仕えた方が」
そんなそんな恐れ多い、と困惑した顔のまま両手をぶんぶんと顔の前で振る灸。
「じゃあ強引に契約を」
「……え、今何て……?!!」
小さく呟かれた神木の言葉が聞こえなかったので聞き返そうと灸が耳を寄せると、神木はいきなり――
いきなり――灸の首筋に噛み付いてきた。
「うっぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ??!」
痛いのと恥ずかしいのと驚きと困惑と。あとその他もろもろが入り混じった灸の悲鳴と共に灸の体からあふれ出す炎の塊。
その炎で辺りの植物はあらかた塵に還ってしまったが、神木はそんなものなど気にしない。
灸が自分の体に何かを流し込まれたと感じる頃には、神木は灸の体から既に二メートルほど距離をとっていた。
「なっ……何をする!!」
「正確には、『何をした』ですよ。灸様」
からかうような神木の言葉にまた灸の顔が朱に染まる。
ああこんなことが前にもあったな、と脳裏を過るかすかな記憶。
しかしその記憶を呼び戻す前に、はたと灸は気づいた。
「神木、お前……その目はどうした?」
神木の緑色をした目は、両方とも朱になっていた。赤でもない、橙でもない、そんな色。
……灸の炎の色。
「ああこれですか?契約したから。灸様と」
また気づけば丁寧な口調になっている神木は、精霊は契約をするとその契約主の色に体のどこかが染まるのだ、と灸に教えた。
それは髪しかり、神木のように目しかり。
「これで灸様も僕が仕えるのを拒めないでしょう?」
にやりと確信犯的に笑う神木の顔は似ていないはずなのに誰かに似ていて。
灸は、仕方が無い、と運命を享受した。
「で。本当の目的は何だ?」
灸は静かに神木に訊ねた。
「こんな用でここまで呼びつけたわけではないだろう?」
「やっぱり気づいてたか。さすが灸様」
また、誰かを髣髴とさせる薄笑い。
「灸様には、ちょっとまた来てほしいところがあるんだ」
そう言うと、神木は灸に手を差し出した。
「……ん?」
訝しげな顔をしながら灸がその手を取ると、それで良しという風にうなずく神木。
そして神木は灸と繋いでいる手を天に向かって高く上げ、叫んだ。
「〔転移〕!」
何かに引っ張られるような感覚。
混乱した頭でその感覚に軽くデジャヴを感じながら、灸は神木と共にその空間から転移した。
一方、残された聖とコスモと縁。
「……キュウ、また何かに巻き込まれたのかなぁ」
「何かって?」
「いや、キュウはちーっちゃい頃から何かにつけて色んな出来事に巻き込まれやすいっていう不思議な性質を持ってるんだ」
「灸様のことは、誰に聞いても皆灸様が何かしらに関わっているって言うんです」
「……やっちゃんも大変なのね」
「その大変の原因の一つにコスモが関わってるんだけどね」
「……そうなんですか?まあ……それっぽいですけど」
「ひーくん、縁ちゃん、何か言った?」
「「いえ、何でもないです」」
「ところでひーくん、今度やっちゃんには何をプレゼントするつもりなの?」
「なっ!……んのことかなーぁ……」
「隠しても無駄よ。昨日奥の小部屋に青緑の毛糸玉があったわ」
「え?聖様、灸様に何か贈り物をされるのですか?」
「ふふん、編み物は得意なの。ひーくん、良ければあなたに手袋の編み方を教えてあげても良くてよ?」
「い……いいもん!要さんに教えてもらってるもん!」
「「へーぇ」」
「……はっ!ち…違うからね?灸の好きな色で灸に手袋を編んであげようとか考えてないからねっ?!」
「「ふぅーん」」
「違うもん!違うったら違うの!」
聖の服のあちこちに青緑色の毛糸が散っているのを知らぬは本人のみ。
白々しく否定する聖を、優しい目で見つめる二人だった。
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