16
「ほら」
そう言ってコスモは神木に抱きつく。
灸と聖と縁は、その様子を静かに眺めていた。
「この木、呼んでる」
そうコスモが言った途端、神木が淡く輝きだす。
「「「…………」」」
あんぐりと口をあけて驚きを表す三人。
それも無理はない。今まで三人は神木の神木たる所以を全く知らずに過ごしてきたのだ。散々ただの木として扱っておきながら今更神木らしいところを見せられても、どう反応していいかわからなかったのだろう。
「うん……うん、わかった」
神木に抱きつき、額を樹皮にくっつけながらコスモはそう呟く。
まるで神木と会話をしているかのようなその姿は、やはり一介の大精霊。
普段は全くといっていいほど精霊らしいところがないコスモだが、こんなところだけはしっかりしているらしい。
しばらくそんな状態が続いただろうか。
おもむろに、コスモが顔を上げた。そして灸たちのいる方向を向く。
「やっちゃん、この木があなたについてきてほしいって言ってる」
「……は?」
「だから、この木がついてきてほしいって」
「……どこにだ?」
少し遅れながらもそう返してしまう灸は、恐らくまだ驚きから完全に抜け切っていないのだろう。
普段ならそんなことはないとやっきになって言い返しているはずだ。
「『秘密』の場所に。とりあえずこっちに来て」
灸はコスモの言葉どおり神木の傍まで歩いていった。
「この木に触れてくれる?」
「……ああ」
我ながらこんなことに付き合うなど酔狂だな、と自嘲しながら、灸は神木に手を触れた。
瞬間。
灸はまるで神木の中に吸い込まれるような感覚と、神木から聞こえてくる葉をこするような音に包まれた。
意識が宙に浮いているような感じ。思わず灸が目を閉じると、灸の周りを緑色の風が覆う。
「……っ!」
そして次に灸が目を開けると、そこは全く灸の知らない場所だった。
「ここは……」
思わず灸は呟く。
そこは、植物で出来た大きな空間のようなところだった。
地面からも、壁や天井と思しきところからも植物が生い茂っている。それは季節や地域に関係なく、恐らく全ての植物が。
だから、そこはとても大きな空間だった。
『気に入った?』
見とれていた灸の後ろから、不思議な声が聞こえた。
灸が振り返るが、そこには誰もいない。
「誰だ?」
『あ、ごめん。姿を現してはいなかったね』
その言葉とともに、振り返った灸の前に現れる人。
それは、コスモを更に大人にしたような姿の男の精霊だった。
「これでいいかな?この姿をするのは何分久しぶりなもので」
目の前に現れたその精霊は、灸に向けて軽く笑う。
「……誰だ?」
灸はいきなり現れた精霊に向かってもう一度問うた。
「あぁ、名乗っていなかったか。僕は妖怪町の神木。名前は……特に無いや。神木とでも呼んでおいて」
「……神木……って、あの?」
「うん、その神木。そしてここは妖怪町の中にある『秘密』の場所」
「ふーん、秘密……か。…………ん?」
実にさらっと流されたその事実に、灸は反応しそこなう。
「ここは多分白狐とか黒狐とかも知らないんじゃないかなぁ。だって僕が招待しないと入れないからね」
「んなっ……!そんな所なのか?!」
更に流される妖怪町最高機密。
今度は流されてしまうことなく、灸は反応することが出来た。
「そうだよー。で、君をここに連れてきたわけは便に言わせたでしょう?……っていうかあの馬鹿また話の内容をぼかしたとかそんなことある?」
「……確かに何を言っているのかいまいち分からなかったが……」
「ふぅん……まあいいや。じゃあ説明するね。端的に言うと、灸様」
「様付けなのか?……で、何だ?」
「僕はあなたに忠誠を誓い、仕えようと思います」