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「……鴉?」
呆然と灸が呟くと、その何万羽もの鴉は一斉に灸たちの方を向いた。
『はい、鴉です。私たちは何万羽でひとつの妖怪なのです』
そしてその鴉たちが口を開いているわけでもないのに、一羽一羽の羽根の擦れる音や黒い足で地面を蹴る音などがまとまってひとつの言葉を形成している。
この連携は間違い無く、ただの鴉の群れには成せない芸当。それを聞いて灸は更に訊ねる。
「ではあの神木に集まっていた鴉が、お前だと言うのか?」
『ええ』
「そのことを知っていて黒狐様はお前をコスモの護衛にしたのか?」
『いいえ、灸様。決して黒狐様はこの事を知りません。それに私たちは護衛でもありません。ほら、もうすぐ本当の護衛が到着しますよ』
そしてそう言うと、何万羽の鴉はまた一瞬で元の女の子の姿に戻ってしまった。
「私はただ灸様と聖様にご挨拶をしておきたかっただけ」
「それはどういう意味――」
「お待たせしました!護衛の縁と言います!」
灸が何かを言いかけ、それでも突然飛び出してきた少女に一瞬気を取られている隙に便はいなくなっていた。
「わ……私ではない護衛、ですか?」
家の中。
とりあえず遅れて到着したその縁という護衛に、灸は訊ねていた。
「そう。何か心当たりはあるか?」
「いえ……。私と同年代なのはあと二人しかいなくて、そしてその二人は男の子なので今回の護衛にはなることが出来ないと……」
「そうか、変な事を聞いたな」
「い、いえそんな!」
どうやら本当に便という女の子はあの鴉だったようだ。
だとしたら、便の目的は何だったのか。
灸は一人首をひねった。
「まあ、これからよろしく」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
面白い程に慌てる縁を見ながら灸は軽く微笑んだ。
奥の小部屋からは聖の悲鳴とコスモの楽しそうな声が響いていた。
すっかり鴉の木と化した神木の上で、鴉の身体のままの便たちは考えていた。
『この木に呼ばれて来て良かった』
『あんな面白い人に会えたのだもの』
『灸様になら、教えてもいいかも』
『――この町に潜む、秘密を』
「灸様、灸様。起きて下さい」
耳元でささやくようなその声に灸は身を起こした。そして本能的に身構える。
「……何だ縁か」
耳元でささやいていた声は、縁のものだった。窓からはまだ射るような日差しが降り注いでいる。どこからどう見ても、真昼間だ。
「こんな時間に何だ?侵入者でも来たか?」
そして大きく欠伸をしながらからかうように言う灸の耳に流し込まれる、熱湯のような言葉。
「あの……失礼ですが、この方はどなたでございましょう?この……灸様の隣で気味悪く笑っていられる聖様に瓜二つのこの方は」
「ええい穢またお前か!」
灸は自分の隣を見て、鞘付きの刀をそこにいた穢の首に叩き込んだ。
幸せそうに声も無く昏倒する穢。
そしてなぜかその後ろでにっこりと笑っているコスモ。
それを見て安心したような顔でまた元のようにぱたりと就寝した灸を見て、縁は思った。
「……私は、侵入者よりこの方からコスモ様をお守りしたい気分になってきました」