第7話:平和そうな神流学園と石動家のカレー
※本話は【美玲視点/神流学園】の回です
今日も神流学園は平和だ。
これといったトラブルも起きたことがない。
株はまだ未成年では誰も取引できない。
だから話題にもなりようがないのかもしれない。
もし、この年齢から株が買える世界だったらどうなるんだろう。
学内はもっと殺伐として、投資の話ばかりが飛び交って――
そんなことを想像して、少しだけ背筋が寒くなった。
食事はおいしいし、経済の授業はためになる。
体育を除けば……あ、次、体育だ。
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今日の体育は、持久走だった。
まったく、どこが「ゆるい体育」なんだ。
後、こんな寒すぎる時に走るなんて聞いてない
「なんで体育に持久走なんて科目があるんだよ……。いつもは緩いのに、なんで今日に限って」
「何ブツブツ言ってるの?」
「あ、美玲……。そうか、今日は二組と合同か」
「楔、持久走が体育の中で一番嫌いだもんな」
「……走ってタイム計測して、何になるんだよ」
「1500メートルくらい、ちゃちゃっと走りなさいよ」
「……ちゃちゃっと走れる距離じゃないだろ」
「はーい、みんな位置について~。よーい、スタート!」
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この前のショッピングモールで、私は楔に聞いた。
――私のこと、好き?
返ってきた答えは、
「好きだけど、どう好きなのかは分からない」。
恋愛の「好き」が欲しかった。
でも、楔らしい答えだとも思った。
株のことばかり考えてるし、簡単に答えを出さない人だから。
……それでも、ちょっともどかしい。
この関係、変わることあるのかな。
「一着、瀬尾美玲! タイム六分二十秒!」
えっ、私一位!?
何も考えずに走ってただけなのに。
……はぁ。これからどうしよう。
「美玲ちゃん、速いね。ずっと先頭だったけど」
「ありがと――って、楔どこ行ったの?」
「美玲ちゃん、下、下」
「えっ!? 大丈夫!? 楔!」
「ははは……大丈夫、大丈夫」
「身体が校庭と同化してるけど!?」
……まあいいや。
今は、この楽しい関係が続けばそれでいい。
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昼休み、俺は珍しく美玲と校舎横のベンチに座った。
美玲が弁当を作ってきてくれたらしい。
正直、心臓に悪い。
校舎の陰から、槇原がニヤニヤ見ていたので、全力で追い払った。
「これ、楔に」
「え、この弁当、俺に!?」
「うん。多めに作ったから、ちょっと食べてみて」
「いただきまーす」
「冷蔵庫の残りも使ったから、こんな構成なんだけど……おいしい?」
「おぉ。玉子焼きちょっと塩辛いけど、うまいぞ。タコさんウィンナーにもしてくれたんだな」
「ホントに?」
「大丈夫。俺、塩辛いの好きだから」
そう言うと、美玲は少し安心した顔をした。
「そういえば、楔は来年卒業だけど、内部進学だから受験ないんだね」
「ああ。下宿先探すくらいかな」
「全然焦ってないもんね。知り合いのいとこ、受験だ受験だって大変そうだよ」
「大学の準備に集中できるから、助かるよ」
「それはそうだね」
少し間を置いて、俺は言った。
「なあ、今朝ふと思ったんだけどさ」
「うん?」
「この学園って平和だけど、もし十六歳から株が買えたらさ……。
株の話ばっかりになって、投資始める人が増えて、最悪、退学選ぶ人とか、損して寝込む人も出てくるのかなって」
「怖っ! 私やだよ。
『株買うお金ないから貸して』とか言われるの」
「それは殺伐としすぎだな」
「あと、変な株関係の業者が授業に来たりしそう」
「それはさすがに学校が止めるだろ」
二人で顔を見合わせて、苦笑した。
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その日の石動家の夕食は、カレーだった。
家族四人で作る、いつもの光景。
トントントン……と、にんじんと玉ねぎを刻む。
玉ねぎは、言うまでもなく目にくる。
「お兄ちゃん、泣いてるねぇ」
「う、うるさい」
牛肉はなかなか立派だった。
……でも、半額シール付き。
母さんは、いい食材を選ぶが値札の確認は忘れない。
父さんはというと、カレーにインスタントコーヒーを入れていた。
「苦みも、必要なんだ」
やがて、石動家特製――
苦み走ったコーヒー……じゃなくて、カレーが完成した。
「みんな悪いな。辛味だけじゃなく、苦みまで入れて。でも、これがあると違うんだ」
「まずは食べてみましょう」
「いただきます!」
今まで食べたことのない味だった。
変な意味じゃない。
苦いというより、深みがある。
「コーヒーはアクセントだ。入れすぎないのが大事だぞ」
「俺、好きだよ。大人のカレーって感じで」
父さんは、少しだけ満足そうに笑った。




