第27話:赤い本の行方 ――答えを知る女、答えを選ぶ男
【今回の話は楔視点の回です】
季節は秋。
今年も、ゆるゆるサークルの文化祭の季節がやってきた。
例年どおり、サークルでは株主優待の展示を行っている。
日赤食品のカップラーメン、ガルビーのポテトチップス。
今年はそれに加えて、ヤ〇ルトやミ〇バといった乾麺系の優待を持っている部員が多く、
「どれだけの人に、うどんやにゅう麺を振る舞えるか」
という、少し実験的な企画も用意されていた。
今年は美玲も加わり、例年よりも賑やかだ。
俺は本来、株の基礎説明を担当する予定だったが、今年は舞華さんにその役を任せ、
自分は質問を受ける側と、補足説明に回っていた。
浅見さんと、まだ一度も接触していなかったからだ。
文化祭が始まるまで、なぜ彼女が姿を見せなかったのか。
その理由は分からないままだった。
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会場が人で混み始めた頃、ふと視線の端に、見覚えのある姿が映った。
文化祭では使われていない、校舎裏。
その影から、浅見雪菜が、こちらに向かって手招きをしている。
「ねぇ楔君。ちょっと、こっち来ない?」
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俺は質問を聞いている最中だったが、舞華さんに軽く目配せをした。
「すみません、少し代わってもらっていいですか?」
舞華さんは何も聞かず、小さく頷いた。
浅見さんが来る可能性は、あらかじめ伝えてあった。
俺はそのまま、人の流れを抜けて、校舎裏へ向かった。
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「ごめんね、楔君。忙しいところ」
「いえ……ただ、どうしてこのタイミングなんですか?」
「だって、なかなか一人になる隙がなかったんだもん。人気者だね、君は」
「最近は、そうでもなかったですよ。世間から、ずれてましたから」
「それって、赤い本の影響かな?」
浅見さんは、軽い調子で言った。
「やっぱり真面目な楔君には、あの本、ちょっと刺激が強かった?」
「……」
「あの本には、全部書いてある。
いつ爆上がりするか、いつ爆下がりするか。全部」
浅見さんは、楽しそうに続ける。
「私なら、機械的に入力して、もらえるものは全部もらうけどね。
正しい買い方とか、そんなの突き詰めるつもりもないし」
「……結果が、全てってことですか?」
「そう。分かってるじゃない」
浅見さんは、迷いなく言い切った。
「結果が全てよ。この本さえあれば、努力も分析も必要ない。
未来が分かってるなら、考える必要なくない?」
「……そうかもしれません」
俺は、正直に答えた。
「実際、使えば勝ち続けて、人生が大きく変わるのも分かってます」
「でしょ?」
でも――。
「俺は、父さんと話したんです。
『考えられない時に無理に考えると、変な方向に行く』って」
その言葉が、今も胸に残っている。
「実際、その通りでした。
赤い本を使って無理に利益を出そうとして……俺は、壊れかけた」
自分でも、驚くほど、落ち着いた声だった。
「自分の“正しさ”を、この本で説明しようとして、
それが、できなくなったんです」
「そんなの、関係ないじゃない」
浅見さんは、あっさりと言った。
「この本があれば、勝てるのよ。確実に」
「それでも――」
俺は、一歩だけ踏み出した。
「使った時点で、俺じゃなくなるんですよ……浅見さん」
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「ふーん……がっかりさせてくれるわね」
浅見さんは、肩をすくめた。
「せっかく、大きく儲けられるチャンスを渡したのに。
君には、その素養もある」
「なのに、自分が壊れるから使わない、か」
少しだけ、目を細める。
「どこまでも、真面目ね。君は」
「……浅見さん。どうして、俺にこの本を渡したんですか?」
「どうして?」
浅見さんは、即答した。
「試したかったからよ」
「努力して積み上げてきた人間が、
それでも壊れるのか。
それとも、全部捨ててでも、勝つ人間になるのか」
「……」
「勝つなら、隣にいればいいと思った。
どっちになるか、見たかったの」
「そんなことをしなくても……」
俺は、静かに言った。
「言ってくれれば、話くらい聞きますよ。投資仲間として」
「もういいわ」
浅見さんの声から、温度が消えた。
「この話は終わり。
この本は、私一人で使う。
一人で利益を出して、大金持ちになる」
「楔君には、何もさせない」
「浅見さん、ひょっとして……」
「もういいから、その本、返してよ」
「……っ」
言葉が、喉で止まった。
――この先は、もう引き返せない。
--つづく




