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ゆるゆる株式投資物語ー配当と優待が人生を少しだけ変える  作者: 稲毛塔名
大学生編

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第26話:赤い本の悩み――楔、胸の内を打ち明ける

【今回の話は楔視点の回です】


俺はPCの前に座り、赤い本を横に置いたまま、株の注文画面を見つめていた。


まず、注文株数を三百株で……

リンルートの株を――。


……あれ?


俺、今なにを買おうとしてた?


それに、この買い方。

いつもの俺なら、絶対に選ばない。


いや……いいんだ。

これが、赤い本の“正しい”買い方なんだから。


気づけば、俺はその株を信用取引で買おうとしていた。

普段の俺なら、絶対に触らない取引方法だ。


……くそっ。


俺は赤い本を、机の端へと押しやった。


……違う。


……違う違う違う!


俺は、こんな買い方はしない。

赤い本に引っ張られているのか……?


そういえば、前回のサークルの時もそうだった。

周りが、まったく見えていなかった。


松神さんと、言い合いになった。


「……これは、普段の俺じゃない」


株の買い方も。

説明の仕方も。


でも、どうしたらいい。

実際、この本を使えば、大きな利益を得られるのは確かなんだ。


……だめだ。

考えが、まとまらない。


俺はスマホを手に取り、電話をかけようとした。

そのとき――


舞華さんの名前が、一瞬浮かんだ。


でも、違う。


今の俺は、理屈じゃなくて……。


「……突然すまない。ちょっと、話せるか?」


──────────────


俺は、大学の正門前で立ち止まっていた。


「楔……どうしたの?」


美玲だった。


「美玲……ちょっと相談したいことがあるんだけど、

 どこかで話せないか?」


少し考えてから、美玲は言った。


「じゃあ、お昼時だし。

 ご飯食べながら、聞くよ」


美玲に連れられて入ったのは、小さな喫茶店だった。


看板には、CAFE・KNOT と書かれている。

名古屋の方にもあるらしい。


入口の脇には、紙が一枚、控えめに貼られていた。


『話したくない人は、話さなくていい』


……ゆるそうな店だな。


少し戸惑いながら、ドアを開ける。


店内は、コーヒーとシフォンケーキの甘い香りで満たされていた。


重い話をしていても、

いつの間にか笑い声に変わっている。


深刻な話をしていても、

誰も急かしているようには見えなかった。


「よー、美玲ちゃん。

 全体的に色香が漂ってるね~。いや~、たまらんね~」


「も~、古橋さん。セクハラですよ~」


「いや、すまんすまん。

 まぁ、ゆっくりしてってよ。そこの彼も、話したくなったら話せばいいから」


……なんだか、

悩みを抱えてるの、見抜かれてる気がする。


「ほら、楔。

 まずは何か食べよ。お腹すいてたら、何も話せないって」


美玲に促されて、

BLTサンドとブレンドコーヒー、唐揚げ、

それから食後にシフォンケーキを注文した。


「楔が、ちゃんと食事しようとしてるの、久しぶりに見たよ。痩せた?」


「……この前量ったら、三キロくらいかな。

 あんまり、食欲なくて」


「三キロも!?

 元気だったら、ちょっと腹立つかも」


「なんでだよ……食欲なかっただけだって」


「でも、今すごい勢いで食べてる」


「この店が美味しいってのもあるけどな」


「雰囲気もいいし、チェーン店よりご飯おいしいかもね」


「……」


「……」


穏やかで、ゆっくりとした時間が流れていた。


──────────────


「美玲」


「ん?」


「心配かけて、すまなかった。

 最近の俺、様子おかしかっただろ」


「……うん。正直、心配してた」


俺はバッグから、赤い本を取り出した。


「この本を見てたら……

 だんだん、自分の気持ちがおかしくなってきて」


美玲は、ぱらぱらとページをめくった。


「この本って……!

 高校の時に話してた、七不思議の一つ?」


「……ああ。俺が持ってる」


「……で、楔はこの本、どう思ったの?」


「率直に言うと……

 未来の株価が、全部載ってる」


「えっ……本当に未来の本じゃない!?」


「俺は、この本を使って株を買おうとしてた。

 でも、そんな自分が、いつもと違うって気づいて……」


「うん」


「これを使い続ければ、利益は確実に出る。

 だから……使おうとも思ってる」


「…………それ、楽しいの?」


「え?」


「それ、楔らしくないよ」


胸に、突き刺さった。


「赤い本に振り回されてるだけじゃない?

 それで勝っても、虚しさしか残らないよ」


「……」


「楔も、そう感じたから、私に相談してきたんでしょ?」


「ああ……」


「だったら、その本は楔にとってマイナスだよ。

 儲かったとしても、心が先に壊れちゃう」


「あぁ……俺は、この本に価値観を粉々に壊されて……

 どうしていいか分からないまま、操られて……」


声が、詰まった。


美玲は、むせび泣く俺の両手を、そっと握った。


「……辛かったよね。怖かったよね。

 ごめんね。私、そばにいられなくて」


「……ありがとう」


「答えを見つけていく楔にとって、

 この本は相性が悪かったんだよ」


「答えを……見つけなくてよかったから」


「……あぁ。

 赤い本の魔力に、囚われてたんだ。俺は……」


落ち着いた頃、

この本を浅見から借りたことを、俺は話した。


──────────────


「でも、楔。

 これからどうするの?」


「このまま、浅見さんに返す?」


「……もう、使わない。

 でも、そのまま返すのも、違う気がする」


「浅見さんも、

 この本で儲けさせようとまでは、思ってないと思うよ」


「……そうかもな。

 俺が、どうなるかを試したかったのかもしれない」


答えは、まだ出なかった。


でも、一つだけ分かった。


――このまま、何もなかったことにはできない。


ここでは、正しい答えを出さなくていいらしい。


だから俺は、

まだ答えを出さないことにした。

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