第24話:赤い本の魔力 ― 楔に積み重なる小さなほころび
【美玲視点/舞華視点/楔視点】
ゼミのパート(美玲視点)
私は、楔や槙原さんと同じ経済のゼミを受講していた。
このゼミは、学年に関係なく履修できる形式だった。
教授の講義は、いつも通り淡々と進んでいく。
「最近はAIによる技術革新も多く……」
「また、訪日外国人によるインバウンド需要により、ホテルの回転率は年々右肩上がりとなっていて……」
講義が終わると、私たちは自然と集まって雑談を始めた。
「しかし、この三人でゼミを受ける日が来るとは思わなかったな~」
「ふふ、そうですよね。槙原さんもお元気そうですね」
「あぁ、最近は食事が美味しすぎてさ。二キロも太っちゃったよ」
「やだ~、そうなんですか~?」
和やかな空気の中で、私はふと思い出して口を開いた。
「そういえば槙原さん、さっき教授が言ってたインバウンドの訪日客って……」
「中国からの訪日客だろ。爆買い爆買いって、最近テレビでもよく出てるけど」
楔の声が、私の言葉に重なった。
「……楔には、聞いていないんだけど」
一瞬、空気が止まる。
「……そうなんだ。悪い。先行くわ」
楔はそれだけ言うと、足早にその場を離れていった。
「美玲ちゃん、楔、なんかあったのか?」
「最近、口数少ないし、どこか上の空だし……今みたいに途中で答えを言い出すしさ。
前の楔とは、明らかに違うんだよな」
そう。最近の楔は、変だった。
何がどう変なのか、うまく説明できない。
ただ、一言、二言しか喋らなくなっている。
怒っているわけでもない。
悲しんでいるわけでもない。
……いや、少しだけ悲しい。
「知らない人を見ている感じ」だった。
楔の言っていることは、間違っていなかった。
だからこそ、余計に分からない。
「うーん……どこかで、楔にちゃんと聞けるタイミングがあるといいんだけどね」
「せっかく三人そろったのに、高校の頃の楔とは別人みたいだよ」
「何かあったのかな……今だけだとは思うんだけど。
あっ、ごめんなさい。ゆるゆるサークル始まっちゃう。楔、待ってよ~」
私は、楔の背中を追いかけた。
───────────────
ゆるゆるサークルでの活動(舞華視点)
今日のゆるゆるサークルは、
日常の株主優待や、各自が持っている株の状況について話す日だった。
勉強会が続いていたから、
久しぶりに“ゆるい”空気が戻ってきた気がする。
……と思っているうちに、
楔君が美玲ちゃんと一緒にやって来た。
美玲ちゃんから、
「楔君、最近ちょっと変かも」
という話は聞いていた。
何があったのかは、まだ聞けていない。
結論を先に言ったり、
人の話を最後まで聞かなかったり。
でも、そういう人もいる。
気のせいかもしれない、と自分に言い聞かせていた。
それでも――
楔君らしくない行動が、続いていた。
前は、説明するのが楽しい人だった。
今は、正しさを押しつけている。
サークルの空気も、少しずつ変わっている。
「楔、最近ちょっと決めつけ多くない?」
「前は、もっと聞いてくれたよね」
そんな声が、ちらほら聞こえてくる。
……いけない。
サークル活動が始まる。
──────────────────
ゆるゆるサークルでの活動(楔視点)
俺は、ホテル関連銘柄が伸びている理由を説明した。
「現在、ホテル関連銘柄は伸びています。
理由は、訪日外国人による宿泊者数の増加。
決算も、どの会社も黒字です。
特に、西日本で行われる万博の需要を加味すると、
万博周辺でホテルを運営している会社は、
将来、二期連続で黒字になっても不思議ではありません」
「ちょっと待て、楔」
松神先輩が口を挟んだ。
「お前、最近決めつけが多くないか?」
「そんなことないですよ。この株は、伸びていくはずです」
赤い本に書いてあった。
だから、説明する必要はない。
「確かにインバウンドで黒字にはなってる。
でもそれは“今”の話だ。
水物なのは、前から分かってるだろ?」
「だからさ、『イケる』『伸びる』って言い方は、
このサークルではしないようにしてたんじゃないのか?」
「……そこは関係ありません。
この株、上がるって、もう分かってるから」
「分かってる?
“分かってる”って、何なんだよ、楔!?」
「今日の報告は、以上です」
赤い本に書いてあった。
だから、説明する必要はない。
──────────────────
舞華視点
楔君の言っていることは、正しい。
でも、事実を“知っているから”
強引に押し切っているようにも見えた。
松神さんとのやり取りも、
論理的には間違っていないはずなのに。
……それでも、不安になる。
──────────────────
楔視点
俺は、ちゃんと説明している。
間違っていない。
なのに――
なぜか、うまくいっていない。




