第18話:銀世界と、寒いからのプレゼント
【この話は恋愛・ラブコメ回です】
今、俺はとある長野県のスキー場へ向かって、高速道路を走っている。
車内には、うちの家族と美玲。
後部座席では、お菓子をつまみながら、のんびりした空気が流れていた。
正直に言えば、不安しかない。
スキーを滑ったのは、子どもの頃が最後だ。
かといって、スノーボードなんて、どう滑るのかも分からない。
ちなみに――美玲はスノーボード派だ。
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スキーウェアに着替え、気づけば、俺はゲレンデに立っていた。
「あれ……俺、いつの間に着替えたんだろ」
「スキーしてないからって……苦手意識、強すぎない?」
美玲が苦笑する。
「そうだよ、お兄ちゃん。これから滑るんだよ」
葵が追い打ちをかけてくる。
「え、ちょっと待って。久しぶりすぎて、何も覚えてないんだけど」
「まあ、そのうち思い出すだろ。行くぞ、楔」
「えぇ!? ちょっと待ってよ、父さん!」
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結局、俺は何も教わらないまま、
下のレストハウスまで滑り切ってしまった。
――直滑降だった。
いや、めちゃくちゃ怖かった。
途中、間違えて上級者コースに入りそうにもなったし。
「楔~、大丈夫? でも一回もこけなかったね。ある意味すごいかも」
「えっ、お兄ちゃんこけなかったの? 昔の滑り方、思い出したのかな」
「なんとなく曲がった気はするけど……猛スピードすぎて、覚えてないな」
「よし、こけなかったな。次はボーゲンだ。曲がり方、ちゃんと教えるぞ」
……うちの父親は、
息子を一度、谷に突き落としてから這い上がらせるタイプなのかもしれない。
それでも――
こけなかったのは、
株と同じで、考えすぎない方がいい場面もあるということなのだろう。
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「じゃあ、父さんたちは上級者コース行ってくるからな」
そう言って、父さんと母さんはリフトへ向かった。
……玄人すぎる。
昼どきになり、
俺と美玲、葵はレストハウスで食事を取っていた。
美玲はカルボナーラ、
葵はロコモコ丼。
「スキー場って、カレーとかうどんとか、山小屋メニューしかないんじゃなかったのか?」
「お兄ちゃん、イメージ古すぎ」
「そうだよ、楔。今それじゃ誰も入らないよ」
「そうだぞ楔。スキー場を大企業が運営してるってニュース、見てないのか?」
「そうそう。パウダールームとか、おしゃれなウェアも充実してるんだから」
「……って、松神さん!? 鈴ノ下先輩!? いつからいたんですか!」
「ついさっき。近く通ってたら、お前の声が聞こえてな」
「先輩方もスキーですか?」
「スノーボードだよ。冬休み入ったら、大学生は結構来るよ」
「あ、こちら、ゆるゆるサークルの先輩の松神さんと鈴ノ下さん。
こっちは幼馴染の美玲と、妹の葵です」
「文化祭で、きれいなショートカットの子いるな~って思ってたのよ」
「も~、やだ~。美玲ちゃん、お上手♪」
「……というか、美玲。文化祭、来てたのか?」
「あ、うん。楔が株の話してるところね。
動画は撮ってないから安心して」
その後も、
葵を可愛がる鈴ノ下先輩、
俺と美玲の関係を羨ましがる松神先輩。
幼馴染だと知って、
興味津々で聞き耳を立てる二人に、
「もうその辺で」と釘を刺す羽目になった。
――まあ、慣れた光景だ。
妹の葵でも、よくあるパターンだから。
聞けば、
先輩たちも偶然、同じ宿を取っていたらしい。
その後は五人でゲレンデへ。
俺は、ボーゲンでのブレーキと、
緩やかな左右のターンを教えてもらい、
なんとかついていけるようになった。
美玲は、
薄いピンクのジャケットとパンツ。
胸元には、胡蝶の刺繍。
――よく、似合っていた。
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一日滑った後、
俺は温泉付きのホテルで露天風呂を楽しんでいた。
「……美玲も、露天風呂入ってるのかな」
――いかんいかん。
思ってない。
混浴でもいい、なんて思ってない。
こういう時は、株のことを考えよう。
居酒屋の優待券の株か。
おこめ券がもらえる株か。
どっちも十万円以内だし……。
……などと考えていたら、
完全にのぼせた。
ふらふらと大風呂の近くへ行くと、
星空を眺めている美玲がいた。
湯気の残る頬は、ほんのり赤く、
いつもより目元が柔らかい。
髪も、少しだけしっとりしている。
「あ、楔~」
「……おぅ。月、きれいだな」
(あ、今のは……まずかったか?)
「……楔。その言葉、分かってて言ってる?」
「分かって……なかった」
「(……風呂上がりに言われると、ドキドキするじゃない)」
「……そうだ、美玲。これ」
「えっ!? なに、この紙袋」
「……誕生日プレゼント」
美玲は、少し戸惑いながら袋を開けた。
「ここ、スキー場だろ。寒いと思ってさ。
サイズ分かんなかったから、フリーサイズで……」
中に入っていたのは、
シンプルな、淡い色の手袋だった。
(ああ……この人は)
(“何をあげたら喜ぶか”じゃなくて、
“どうして寒いか”を考える人なんだ)
「……実用的すぎない?」
そう言いながら、
美玲は小さく笑い、
その場で手袋をはめた。
「……あったかい」
「ねえ、楔」
「ん?」
「“寒いから”って理由――
一番うれしいんだけど」
その一言に、
俺の胸は、少しだけ高鳴った。
その夜の冷たい空気は、
不思議と、さっきよりも
やさしく感じられた。
翌日
手袋のぬくもりが残る手で、
俺は父と酒を酌み交わすことになる。




