第17話:距離が縮まる恋と、キャピタルゲイン派の成功と失敗
【この話はサークル活動/プレゼント決める回です】
冬の朝。
窓ガラスには結露が浮かび、部屋の空気はひんやりしていた。
寒さに身をすくめながら、何気なくスマホを手に取る。
──通知は、葵からだった。
画面いっぱいに表示された長文を、思わずため息交じりに読む。
「お兄ちゃんへ
株投資に集中してるお兄ちゃんを、お父さんお母さん、私は心配してます。
そこで、お兄ちゃんの運動不足を直すため、
来月、2泊3日のスキー&温泉旅行が決定しました♪
どうせ大学も長い冬休みに入るから、
スケジュールくらい空けられるでしょ?
もちろん美玲さんも誘ってよね。
誘わなかったら、いきなり上級コース連れてって鬼の猛特訓するから。
じゃね♪」
……長い。
そして、美玲を誘わなかった場合の罰ゲームが重すぎる。
両親はスキー、葵はスノーボードを普通に滑れる。
俺も昔はスキーをしていたが、中学・高校と株にのめり込んでからは、
雪山とはすっかり縁がなくなっていた。
家族に誘われても、断ってばかり。
今となっては、ほぼ素人と言っていい。
──はっ。
そうだ。
美玲の誕生日プレゼント。
使い道を決めかねていたバイト代、
ここで使うのが一番自然じゃないか。
でも、何をあげればいい?
ブローチ?
ピアス?
……いや、彼氏じゃない。重すぎる。
財布?
……だから重いって。
株主優待の割引券や優待券?
論外だ。
……うーん。
──あ。
そういえば、槙原がラーメン屋で言ってた。
「寒そうなものにしとけ」
美玲は、寒いとき、
よく人のポケットに手を突っ込んでくる。
……それだ。
──────────────
さかのぼること、二週間前。
松神は自宅のパソコンで、とある情報サービス系の大企業の株を睨んでいた。
十分に下がったと判断し、購入。
数日後──
株価は、爆上がりしていた。
「……5万も上がってる!
まだいける!」
────────────────
場面は変わって、神流学園のゆるゆる株投資サークル。
楔
「あの……誰か、松神さんが横たわってるんですけど、
知ってる人います?」
辰野
「情報サービス系の大企業の株を買ったら、一時的に急騰したらしいんだけどさ。
松神、“まだ上がる”って言って持ち続けた結果、
数日前から連続で急落。
かなりのマイナスになって、ひどく落ち込んでるんだ」
鈴ノ下が慰めても、反応はないらしい。
「データの問題じゃないわよ!」
甲高い声が、部室に響いた。
長篠
「あーあー、お気の毒様。
松神、結構やらかしてるわよね?
私が見ただけでも、三つは間違ってるわ」
楔
「その声は……神流トレーディングクラブの……」
長篠
「長篠よ。
あら、楔君もいたの。
この前はどうも。
あんたは冒険しないタイプだから、大きく値崩れしてないみたいね」
楔
「そもそも、大企業の株を買う余裕がないだけです。
……データの問題じゃないなら、何が原因なんですか?」
長篠
「一番のミスは、
急騰した時点で売らなかったこと。
大手投資会社の思うつぼよ。
あいつらは大量に株を持ってる。
上がったタイミングで売らないから、痛い目を見るの」
舞華
「もうやめてください。
松神先輩、ピクリとも動かないんですから……」
長篠
「そもそもデータなんて限界があるのよ。
相手は“生きた株”。
過去の数字は、あくまで参考にすぎないわ」
「そこまでだ、長篠君」
水窪部長が、
とちおとめを長篠副部長の口に突っ込んだ。
長篠
「むぐっ……部長!
……むぐむぐ。
甘っ……とちおとめ最高……」
(向こうの部長、
いつもいちご持ち歩いてるのか……?)
水窪
「うちのクラブでも、同じように失敗して落ち込んでる奴はいる。
よそのクラブに意見しづらいんだがな。
……なあ、山下」
「……」
浅見(心の声)
(……ほらね。
上がる。
でも、下がる。
赤い本を使わなくても、
この程度の結末は分かることよ)
松神
「そっちのクラブも……損した人、いるんだ……」
水窪
「一言だけ言わせてくれ。
デイトレードは、安ければ買い、高ければ売る。
その判断を瞬時にできなければ成り立たない。
長期保有でも、
株にはそういうシビアな側面があることを忘れちゃいけない」
「帰るぞ。今日はここまでだ」
天竜
「……水窪」
神流トレーディングクラブの面々は、そうして去っていった。
その後、
部長の提案で、この出来事を議題にすることになった。
舞華
「部長。
長篠副部長が言ってた“三つの間違い”、
売るタイミングと、投資会社の仕掛け以外に、
もう一つは何ですか?」
天竜
「いい質問だ、大河内君。
三つ目は、松神が“株価の高い株”を買ってしまったことだ。
……楔、説明できるか?」
楔
「はい。
株価が三千円くらいまでの株は、
大きな材料がない限り、値動きは比較的穏やかです」
「でも、五千円以上になると、
少しの業績悪化でも急激に上下しやすくなります。
値動きが読みにくい、投資家泣かせの株だと思います」
天竜
「その通りだ。
松神は七千円前後の株を買っていた。
高い株はニュース一つで暴れる。
優待目的には向かない。
利益狙いならいいが、
暴れ馬を乗りこなす覚悟が要る」
松神
「……俺、軽い気持ちで買いすぎたのか……」
天竜
「高い勉強代だが、身に染みただろ。
株は、こういう失敗から学ぶことも多い」
この日のサークル活動は、
生きた株の扱いづらさを、
痛いほど実感する一日になった。
──────────────
サークルが終わった後、
俺は美玲に電話をかけた。
「もしもし?──楔?」
「ああ。今、いいか?」
「……うん」
「来月の天皇誕生日、
家族でスキー旅行に行くんだけど、
美玲も来ないか?」
「……うん」
「……なあ、美玲。
株価が上がる要因と、下がる要因って何だと思う?」
「え、急に?
……うーん。
上がるのは好景気とか、配当が増えるとか、好業績?
下がるのは、その逆じゃない?」
「すごいな。
合ってると思う。
勉強したのか?」
「……これくらい、ちょっと調べれば。
あ、あわわ、違う違う……」
「変わろうとしてるんだな、美玲」
「そうね。
少しでも、楔のいる世界を知りたいから」
「……そっか」
「え!?
スキー旅行?温泉も?
行く行く!
それって……私の──」
「……誕生日だろ」
「……期待していいんだよね?」
「うーん。
さあな~」
「あ~、はぐらかした~♪」
久しぶりに、
無理をしていない会話ができた気がした。




