第16話:いろいろ巻き起こる文化祭。変わりゆく楔の世界!
【この話は文化祭/美玲視点/浅見視点の回です】
株主優待展示のブースには、
クロカードや図書カード、おこめ券などの金券類が並び、
フジオフード、ヤマハ発動機といった
カタログや好きな商品を選べる優待も紹介されていた。
ドーミーインやロイヤルホテルなどの宿泊割引券、
カゴメや味の素といった食料品の優待は、
写真付きの説明文とともに掲示されている。
思った以上に人が足を止めている。
――前から好評だった、というのも納得だ。
さらに、
北国まいたけファクトリーの「マイタケご飯の素」「エリンギご飯の素」を使った
炊き込みご飯企画も大盛況だった。
安く提供していることもあり、次々と売れていく。
物価高とインフレで米の値段も上がっている中、
正直なところ、負担は小さくない。
だが、
お米の優待やおこめ券、
そして舞華さんの家から少し分けてもらった分で、
どうにか回っているようだった。
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この賑わいの中で、
うまく話ができるだろうか――
そう考えていた、その時だった。
こちらに向かってくる一団がある。
……嫌な予感がする。
「優待品の冷やかし」だ。
長篠
「(優待品を手に取りながら)ふーん。
実際、これでどれだけ人の心が動くのかしらね。
まあ、吉報を待ってるわ」
「ちょ、ちょっと。優待品、触らないでよ」
モブ
「別にいいじゃん。減るもんじゃなし」
長篠
「雪菜、ちょっと軽く披露してあげなさいよ」
浅見
「うふふ~。
株主優待をやめて爆下がりしてたお寿司屋さんの株、
数百株まとめて買ったら――
優待復活で、爆上がりしちゃった~」
長篠
「ふふ。そういうことよ。
株式投資の醍醐味は、
いかにうまく儲けるか。
利益を出して、資産を大きく増やす。
それが一番楽しいんじゃない!」
楔
「松神さん……この人たち、
毎回こんな感じなんですか?」
松神
「ああ。向こうの副部長、声がデカくてな。
客が寄り付かなくなるから、正直困ってるんだよ」
……来てくれないのは困る。
あまり目立ちたくはないけど――やるしかない。
僕はいつものようにミンティアを口に放り込み、
小さく息を吐いて、気合を入れ直した。
楔
「すみません。
一旦、話を区切ってもらってもいいですか?」
長篠
「……誰よ、あなた」
楔
「神流大学1年の、石動です。
他のお客さんもいらっしゃるので」
長篠は、鼻でふんっと息を鳴らした。
長篠
「言っておくけど、
私は事実を話してるだけよ。
株が持ち上げられてる、この世の中ではね」
楔
「言っていることは、よく分かります。
それも一つの考え方だと思います。
でも、利益を追求できるのは、
株を扱い慣れている人たちが中心ですよね。
まだ慣れていない人、
これから始める人にとっては、
NISAや株主優待、
投資信託――
少額でも着実に資産を増やす方法も、
立派な選択肢だと思います」
長篠
「……っ」
楔
「大きな利益が出るのは、確かに楽しい。
でも今は、多様化の時代です。
いろんな考え方があっていいと思います」
浅見
(……あっ。
副部長が暴走したら、
いちご大福で止めろって、部長に言われてたんだっけ)
浅見
「あ~、部長。
そろそろ行きましょうよ。
部室の戸棚にある三郷屋のいちご大福、
全部食べちゃいますよ~」
長篠
「……っ!
待ちなさいよ、それ楽しみにしてたんだから!
ほら、行くわよ、あんたたち!」
一団が去っていく。
――と、その途中。
浅見が、足元に落ちているものに気づいて立ち止まった。
一見すると、
「週刊少年セレクト」と書かれた、
マンガ雑誌のように見える。
子供が拾おうとしたが、
「僕たち、何してるの~?」
と声をかけられ、驚いて走り去っていった。
表紙は貼り付けただけのもの。
中身は、赤い色の本だった。
浅見は、そっとページをめくる。
(……なに、これ)
株価?
しかも、これから上がる銘柄……?
冗談にしては、出来すぎている。
文化祭に、わざわざ落ちているのも不自然だ。
(……もし、これが本当なら)
私だけが知っている。
あの人たちが必死に勉強している“答え”を、
私は、もう持ってしまっている。
(……でも)
これって――
“面白い”のかな。
当たると分かっているゲームを、
続けることって。
浅見は、赤い本を閉じ、鞄にしまった。
(……使うかどうかは、後で決めればいい)
ただ一つだけ、
胸の奥に残った感覚があった。
“知ってしまった”という感覚。
それは、
少しだけ――冷たかった。
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「美玲、次どこ行く?」
真岡
「ん~どうしようかな。
(思い切って会いに来たんだけど……楔、どこにいるの?)」
「なんか、人が集まってる場所があるね」
美玲
「(……楔がいる!)
ね、あそこ行ってみない?」
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一応、前日に話す内容は考えてきた。
……それでも、やっぱり緊張する。
舞華
「楔君、準備OKだって。いける?」
――いつも通りだ。
説明するだけ。
僕は深呼吸して、説明コーナーへ向かった。
「何が始まるんだろうな」
「株を、簡単に解説するらしいよ」
「お父さん、何が始まるの?」
楔
「皆さん、お待たせしました。
これより
【誰にでも分かる。株とは何か?】
を始めます。よろしくお願いします」
株って聞くと、
難しい、怖い、
裕福な人たちの世界――
そんなイメージを持つ人も多いと思います。
でも、
ものすごく簡単に言うと――
「この企業、
サポーターになってみようかな」
そんな気持ちを、
形にしたものです。
企業は、新しいことを始める時、
お金が必要になります。
その時に、
「手伝ってくれませんか?」
と声をかける。
それに
「いいですよ」
と応えるのが、
投資する、ということです。
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美玲Side
(……あ)
声を張り上げてるわけでもない。
偉そうなわけでもない。
ただ、
ちゃんと「分かる言葉」で話してる。
(楔は……
私が知らなかった世界に、
ちゃんと連れてきてくれる人なんだ)
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だから、必ずしも
「収入を増やさなきゃいけない」ものでもないし、
「毎日チェックしなきゃいけない」ものでもありません。
優待が好きな人もいる。
配当を楽しみにする人もいる。
応援したい企業を、長く持つ人もいる。
株って、
一つの正解じゃなくて、
選び方が無数にあるものなんです。
――言い切った、その瞬間。
パチパチパチパチ。
拍手が、僕の周囲から起こった。
途中で立ち去った人もいた。
首をかしげている人もいた。
それでも――
「なんか全部は分かんなかったけどさ。
気持ちは伝わった気がするよ、おじさん」
……よかった。
少しでも、届いたみたいだ。
……って、おじさん。
僕、まだ大学一年生ですから!
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俺は知らなかった。
「あれが彼氏の楔君?」
美玲
「……まだ」
「“まだ”って言い方、
完全に好きな人いる時のやつじゃん」
美玲
「……っ!」
「終わったみたいだし、行こ。
私、イカ焼き食べたいし」
美玲
「(……楔)」
――この時、
俺の解説を、美玲が聞いていたことを。




