第14話:値段じゃなくて、理由で選ぶ人
※本話は【舞華とのデート】の回です
デートの前日、僕はノートパソコンの前で考え込んでいた。
服選びでも、デートプランでもない。
一番悩んでいたのは――どの店で食事をするか、だった。
舞華さんは、大河内財閥のお嬢様だ。
高級すぎる店を選べば、無理をしたと思われるかもしれない。
逆に、あまりに安い店だと、株主優待で安く済ませようとしたと見られるかもしれない。
……実は、舞華さんとのデートって、結構な難題なんじゃないか。
そんなことに、今さら気づいた。
ノートパソコンの画面には、立派な外観のレストランが次々と表示されていく。
そもそも舞華さんのことだ。
美味しいものなんて、きっと慣れている。
じゃあ、どうしたらいい?
そのとき、ふと頭に浮かんだ言葉があった。
【株以外にも、趣味になることはいっぱいある】
――そうだ。
大事なのは、株と関係ない時間をちゃんと挟むことなんじゃないか。
食事の前に、少し体を動かす。
そのあとに、美味しいものを食べる。
方向性が決まったところで、改めて店を探す。
すると、いくつかの店の紹介文に、同じ一文があった。
【株主優待使えます】
「……この店なら」
優待が使えるからじゃない。
単純に、僕自身が食べてみたいと思った。
それが、決め手だった。
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数日後、僕は舞華さんを待ち合わせ場所――バッティングセンターに呼び出していた。
舞華「ここでいいのかしら? ご飯だと思ってたんだけど」
楔「そう思ってたんですけど、その前に体、動かしませんか?」
舞華「ここ、初めて来たけど……バッティングセンターよね?」
楔「そうですよ。僕も大学入ってから、数回来たくらいですけど」
そう言いながら、僕はコインを両替して打席に立った。
一球目、空振り。
二球目も、空振り。
舞華「ふふっ、どうしたの? 力入りすぎじゃない?」
楔「まだまだです」
三球目。
少しだけ当たる。
四球目。
打球が、少し高く上がった。
舞華「え……?」
五球目、六球目、七球目。
楔「うおおっ!」
乾いた音が響き、打球は大きな弧を描いて、ホームランの手前まで飛んでいった。
舞華「きゃー! すごいすごい、楔君! もうちょっとじゃない!」
楔「僕、エンジンかかるの遅いんですよ。もう一回やっていいですか?」
舞華「楔君って負けず嫌いよね。ダメ、次は私」
楔「え、ここ結構速いですよ……あっ」
空振り。
もう一球、空振り。
舞華「あれ……打てないわね」
楔「舞華さん、ちょっといいですか?」
よく見ると、舞華さんは下を振りすぎていた。
上の方を意識するよう、軽く伝える。
三球目、四球目。
今度は、ちゃんと上に上がった。
五球目以降は、ネットの方まで飛んでいく。
舞華「あ、飛んでる! 飛ぶようになったわ、楔君!」
楔「どうして、そんなに下を振ってたんですか?」
舞華「知らないうちに、ゴルフの癖が出たのかしら。野球はやったことなくて」
楔「ゴルフやってるんですか?」
舞華「家の裏庭が、父の練習場みたいになってて……時々、私も使ってたの」
楔「……さらっとスケール大きい話、挟まないでください(笑)」
その後、僕たちは競うように球を打ち込み、
周りが少しざわつき始めたところで、休憩することにした。
舞華「楔君、結構飛ばすわね。途中から、タイミングが一気に合っていくんだもの」
楔「それは舞華さんもですよ。普通、ちょっとアドバイスしたくらいで、あんなに変わりません」
舞華「タイミングが合うって、野球に限らず大事よね」
楔「……他のことに応用するのは、難しそうですけどね」
僕らは子どもたちのキラキラした視線を振り切るように、バッティングセンターを後にした。
舞華「……不思議ね。初めてなのに、嫌じゃなかったわ」
そのまま地下鉄に乗り、表参道ヒルズの高層階へ向かう。
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(どうせ高級店かしら?
それとも、気を遣わせないために安い店?)
舞華「ねえ、楔。
財閥の娘だからって、遠慮しなくていいのよ?」
楔「遠慮じゃないです。
理由があって、この店を選びました」
僕は、フランス料理の店へ彼女を案内した。
舞華「……素敵なところね。思ったより、落ち着いてる」
楔「窓側の席を用意してもらえるって聞いて。
それに、料理の説明がちゃんとしてるんです」
舞華「説明?」
楔「“何を出してるか分からない高級”より、
分かる贅沢の方が好きで」
舞華さんは、少し驚いたように僕を見た。
楔「もちろん、味もちゃんと美味しいですけど」
舞華「どう美味しいの?」
楔「普段食べられない、新鮮な野菜が使われてるところ……ですかね」
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会計前。
舞華「……ここ、株主優待が使えるの?」
楔「はい。でも、“安くなるから”じゃないです」
舞華「?」
楔「自分が良いと思った店に、
長く関わる理由が欲しかっただけです」
舞華さんは、一瞬、言葉を失った。
舞華「……あなた、変わってるわね」
楔「よく言われます」
舞華「バカね。褒めてるのよ?」
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帰り道、夜風が少し強かった。
舞華「ねえ楔。
あなたって、“儲かる”より“納得”を大事にしてる?」
楔「納得できない儲けって、後で怖くなるんで。
特に、儲けが大きすぎると」
舞華「……それ、すごく銀行員向きの考え方ね」
楔「え?」
舞華「私の周り、数字は見るけど、人を見ない人が多いの」
その声は、ほんの少しだけ弱かった。
舞華「今日は……ありがとう。
正直、もっと“見せるデート”だと思ってた」
楔「人気とか実績だけで、決めてると思いました?」
舞華「いいえ。
静かで、ちゃんと考えられる時間だった」
別れたあと、スマホに通知が届く。
舞華
「今日は誘ってくれてありがとう。
また、こういうの……いい?」
楔
「はい。理由があれば、いくらでも。
次は、都会じゃないところも案内させてください」
舞華
「……ありがと♪ 楔君のそういうところ、好きよ」
……好き!?
可愛すぎるだろ。
僕はそのまま、食品スーパー系の株価を確認した。
数日前より、少しずつ上がっている。
「よし。このまま様子を見よう」
なだらかな上り坂を描く、安定したチャートだった。
(この人……
私を“財閥の娘”じゃなく、
“一人の人間”として見てる)
この日、何かが決まったわけじゃない。
でも、同じテーブルで、同じ価値観を探せる人だとは思った。
その日の出来事は、
私の中で――ゆっくりと「長期保有」されていく気がした。




