第10話 美玲やきもき!?株投資サークルの門を今、叩く
※本話は【美玲視点/初めての株投資サークル】の回です
夕方。友だちと帰っている途中、私は――楔とばったり出くわした。
「く、楔!? どうしたの、こんなとこで」
「久しぶりだな、美玲。家に忘れ物して取りに戻るとこなんだけど」
「へ、へぇ……」
友だちが私の顔と楔の顔を交互に見て、にやっと笑う。
「じゃあ先帰るね〜美玲、バイバイ〜」
「あ、うん、また明日〜」
取り残されたのは、私と楔。
……久しぶりに会った楔は、なんだかイキイキしていた。
いや、いつも株の話をするときはイキイキしてるけど、今日はそれ以上というか――肌がつやつやしてる。なにそれ。
「? どうした、美玲。うつむいて」
落ち着きすぎてて、気にしてた私がなんかバカみたいじゃない……。
(ここから楔視点)
そろそろ半袖でもいいくらい暑くなってきた神流大学。
俺は槙原、川合とカフェテリアで昼飯を食べていた。
俺は和風きのこのパスタ。槙原は味噌ラーメン。川合は豚丼。
「槙原。ラーメン頼んだのに、なんでそんな残念そうなんだよ。うまそうだぞ」
「大盛り欲しいんだよ。ないの分かってるけど」
「大学出た大通りのラーメン屋で大盛り頼めばいいだろ」
「そうだぞ槙原。味はうまいんだから、不満な顔すんなって」
どうにも会話が広がらず、話題はゼミに移った。
「いや〜ダメだわ。政治行動のゼミ、眠くなる……」
「俺も。最近の政治だからついていけるかなと思ったけどさ」
「楔は、聞くまでもなく熱心に聞いてたみたいだな」
「えっ、お前あれで眠くならないの? 鉄人だな〜」
「昔からああいうのは読んでたから、眠くならないんだよ」
そこへ槙原と川合の友だちが、どやどやと混ざってきた。
「けどあれだな。今日ゼミで言ってた、証券会社登録すると商品券やお金がもらえる法案、うまいよな〜」
「そうそう。もらえるものだけもらって、やらなければいいんだろ」
「株なんて意識高い系がやるもんだろ」
「そんなこともないんじゃない?」
「ていうか、周りじゃ株で負けたって話しか聞かないよな。株ってギャンブルだろ」
「おい、それは言い過ぎ……」
槙原が止めたのに、俺の口が先に動いた。
「……ギャンブルに見えるのは、分かる気もする。確かに深みにハマって抜けられない人もいるし」
「だろ〜?」
「でも、投資って見る人もいる。結局、見方次第でいくらでも変わるんだよ」
「……」
空気が一瞬、固まった。
「“株で負けた”って言うけど、正確には、株の旨味を偶然知って――そのままリスク高いほうに流れたのかもしれないし」
「おい楔……」
槙原の声が低くなる。
それでも、俺は止まれなかった。
「そりゃ老若男女が株をやる世の中なんだから、“意識高い系”の人も当然いる……って、誰か言ってたな」
言い過ぎたか?
「あっ……あっちの席空いてるな。向こう行くわ」
「俺も〜」
二人は逃げるように席を移した。
「……やっちまったな、楔。まあ予想はしてたけど」
「そうだな。株知らない人にペラペラと……父さんみたいにはいかないな」
「気をつけろよ。血の気の多い奴が聞いたら、口喧嘩になるぞ」
「すまん槙原。お前の友だちもいたのに」
「俺はお前が株を真剣にやってること知ってる。でもあれは……言い過ぎだとは俺も思う」
「川合もすまん。友だちの気持ち害したかもしれない」
「大丈夫だろ、多分。……てかさ、楔。お前、株詳しいの?」
「まあ、やってない人よりは」
「ホントか!? 今度、儲かる株教えてくれよ〜」
「そのパターンも正直苦手なんだが……」
株の話をするたびに、俺は説明しすぎる。
誰かを救いたい気持ちと、距離を置かれる現実は、どうやら別物らしい。
株をやってる人と、やってない人。その間には“格差”みたいなものが生まれるのかもしれない。
夕方でも日が長い季節。
今日は夕方から、神流ゆるゆる株投資サークルに参加する。
……長いな。ここからは「ゆるゆるサークル」でいいか。
俺は舞華さんと、サークルの入っている建物の前で待ち合わせしていた。
「楔くん、ごめん待った?」
「いえ、今来たとこです。行きましょう、舞華さん」
「えぇ、楔くん」
部屋に入ると、名前の通り、ゆるい空気が漂っていた。
……けっこう人、多いな。
「おう、収益出てる〜?」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「この前も“どの株が上がるか教えてくれ”って言われたよ。俺ら予言者にでも見えるんかな?」
「間違いない。俺も聞かれたもん」
入り口付近でもじもじしている俺たちに、前のほうから声が飛んだ。
「ほらお前ら〜。新入部員も来てるんだし始めるぞ。早速だが、部長からお話があるらしい」
「そろそろ部長を交代してほしいんだけど」
「君島部長、長くやってましたもんね。お疲れ様です」
「次の部長、天竜くんお願いできる?」
「え? 俺ですか〜? いいですよ」
「なら副部長は平林! 頼めるか!?」
「頼まれました」
「じゃあ今日はこれで解散! 新歓いつものとこで18時からな。無理して来なくて大丈夫だぞ〜」
流れが早い。ほんとにゆるい。
「新歓か……舞華さん、どうしますか?」
舞華さんは一瞬だけ迷うように視線を落とし、
それから小さく、でもはっきりと頷いた。
「ちょっとだけなら、いいよ」
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美玲視点
株の話をしている楔の背中は、
前よりずっと遠くに見えた。
(私……待ってるだけだったのかな)
「好きかどうか」を聞く勇気はあった。
でも、楔の“世界”を知ろうとする勇気は、
持っていなかった気がする。
(分からないからって、逃げてたのは……私?)
その日、美玲はまだ答えを出せないまま、
でも一つだけ、はっきりと心に決めた。
──このまま、何も知らないままじゃ、嫌だ。




